第14話 シンプルで単純明快で最強の理由

「ふう……やはり、スマホだと書きづらいな」


 小説を書くために使っていたスマホから顔を上げ、息をはく。

 俺は基本的に小説を書く時にはパソコンを使っていて、プロットやネタを書き溜めるのはスマホを使っていることが多いが、たまにこうしてスマホでも本文を書く訓練をしている。

 

 何気なくあたりを見回すと、明日から二週間のテスト週間に入るせいか、この図書室にはそこそこ人が多いように見えた。


「――ん?」


 この静かな図書室ではよほどの小声じゃない限り、話し声はかなり聞こえやすい。

 今も友達同士で勉強しているのか、分からないことを質問したりしている声があちこちから聞こえてきているが……。


 今、俺の耳はこの図書室からではない声を捉えた。

 一瞬だけ聞こえて消えていった声を探して、視線を少し動かすと、窓が少し開いていることに気が付いた。


 椅子を少しだけずらして、窓に近づけると、


「急に呼び出してごめん」


「いえ。それで、お話ってなんですか?」


 男女の会話が聞こえてきた。

 

 これ、もしかして告白の現場か……? 俺が聞くのはマズいだろうが、女の方の声って……聞き間違いじゃなければ神奈、だよな。


 幸い、この窓際付近に座っているのは俺一人。

 聞くのはあれだろうが……もしかしたら小説のネタに使えるかもしれない……。


「……すまん、神奈と知らない男」


 小さく聞こえもしない謝罪の言葉をはき、そっと耳を澄ます。


「えっと、こうして二人きりになれる場所へ呼び出してる時点で、なんの話か検討はついてると思うけどさ……俺、神奈さんのことが好きだ。俺と付き合ってください」


 やはり告白の現場だったか。

 さて、神奈はどう答えるんだ?


「ごめんなさい。お気持ちは嬉しいですが……私はあなたと付き合うことは出来ません」


 まるで最初からそう答えると決めていたような声のトーン。

 迷う余地などないという神奈の意思が感じられる。


「そっか……理由を聞いてもいいのかな?」


 しつこく食い下がるでもなく、男の方も最初からなんとなく察していたかのような雰囲気で力なく問うている。

 

「今は誰ともお付き合いする気がないんです。だから、ごめんなさい」


 淡々とした神奈の声に、男の方が僅かに息を吐き出したのが分かった。

 

「分かった。時間を取らせちゃってごめん、それじゃ」


 男が俺のいる窓の傍を通って去って行く。

 なんだ、かなりイケメンじゃないか。


 去り際に少しだけ顔が見えたが、声に違わず爽やか系なイケメンだった。

 ……帰るか。このまま執筆という気分じゃなくなったしな。


 鞄を持って立ち上がると、スマホがブッと短く振動した。

 この短さはLAINEの通知だな。

 画面を見ると、予想通りメッセージが届いたという通知だったが、メッセージを送ってきた相手に、俺は少し眉をひそめた。


〈用事が終わって今から買い物して帰るので、少し遅くなりそうです〉


 神奈からだ。

 俺は少しだけなんと返信するか迷った末に、


〈俺もまだ学校にいる。図書室でスマホ使って執筆してた。というかすまん。告白の現場聞いてた〉


「えっ!?」


 窓の外から、神奈の大声が響いたのは、俺がLAINEの返信をした数秒後のことだった。



「だから悪かったって。窓開いててたまたまお前らの声が聞こえてきただけだ」


「……嘘です。どうせ師匠のことですし、小説のネタにとか思って途中からしっかり聞いていたに決まってます」


 おっとこいつさてはエスパーか?


「まあその通りだ」


「ほらやっぱり! そういうとこですよ師匠!」


「で、前から気になっていたんだが、お前なんで誰とも付き合わないんだ?」


「続けるんですか、この話……それは聞いていた通りですよ。今は誰とも付き合う気はないんです」


「ふーん。俺も恋愛には今のところ興味ないから共感出来るが、お前のそれは興味がない、とかそういうのじゃない気がする」


 その理由も多分本当なんだろうが、それだけじゃない気がするんだよな。あくまで勘でしかないけども。


「……師匠になら話してもいいかもしれませんね」


 俺の何気ない問いかけに、困った顔で笑った神奈が、口を開いた。


「なんというかですね……心が動かないんですよ」


「心が動かない?」


「はい。確かに私はモテます。色々な人から告白だってされてきました」


 こいつ言い切りやがった。

 それなのに全く嫌味に聞こえないのがすごい。

 

「大企業のご子息だったりとか、海外のスポーツ選手だったりだとか、日本の有名俳優だったりだとか、大物アイドルグループの方とか、それはもうありとあらゆるイケメンお金持ちから声をかけられましたよ」


「お、おう……そうか……」


 そりゃそれだけのラインナップの奴らから告白されてて、今更同い年のイケメンってだけの奴になびくわけないな。


「でも、やっぱり心が動かなくて……全てこれじゃないって感じだったんです。ときめかなかったんです」


 神奈は胸を押さえて、鼓動を確かめるようにしている。

 

 ――心が動かない、か。

 これほどまでに、シンプルで単純明快で最強の理由なんてないかもしれない。

 そう思えるほどに、その言葉は俺の心にストンと落ちてきた。


「そんなこと言ったって、相手からしたら意味が分からないじゃないですか。心が動かないとか、ときめかないとか……だから付き合う気はないって言葉を言い換えてるんですよ」


「なるほどな。お前の心が動くものってたとえばどういうものなんだ?」


 今までどんな好条件の男から告白されて、心から動かないなんて、一体どういうものならこいつの心が動くのか。

 単純に興味がある。


「そうですね……たとえば……師匠の作品、とか?」


「俺の……作品……?」


「はい。――まるで……」


「まるで? どうした?」


「なんでもありません。早く買い物行かないとタイムセール終わってしまいますよ」


 まるで……誰かを示唆しているような言葉だが……今聞いたところではぐらかされるのがオチか。


 誤魔化されてしまったが、これでどうして神奈が俺の家に押しかけてきてまで、弟子入りをしようとしたのかがこれでようやく分かった。

 俺の作品に心が動かされた、から。

 それは作家にとっての究極の殺し文句の一つだろう。


 いやもうそう言われて嬉しくないわけがないんだが、そういうこと不意打ちで言われるとこっちも困るから本当に勘弁してほしい。


「師匠? どうしました?」


「悪い、考え事してただけだ」


 俺たちは歩調を早め、スーパーへ向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る