第12話 女装と感想
「――じゃあ、あとでな」
通話を切って、スマホをソファに軽く放る。
「出かけるんですか?」
「ああ。ちょっと水鳥と服を見にな」
「服ですか?」
「小説のキャラの服装の参考にしたいんだよ。あいつ服に関しても結構詳しいから、こうやって取材に付き合ってもらうことが多いんだ」
「なるほど……それなら私も付いて行っていいですか?」
「あー……まあ……別にいいが……」
歯切れの悪い返事をする俺を見て、神奈が小首を傾げた。
真意を探るような青い目か逃れるように、視線を逸らすと、
「どうして目を逸らすんです? こっちを見てください」
むっとした神奈が俺の正面に回り込んできた。
俺は負けじと再び視線を逸らす。
「しーしょーうー? 一体なにを隠しているんですか」
「別に隠してるってわけじゃないが……口で言っても多分信じないと思うぞ」
「信じる信じないは聞いた私が決めます」
こ、こいつ面倒くせえ。
これだから行動力があって頑固な奴は……。
向けられた瞳からは話すまで逃がさないという断固とした意思を感じる。
俺はふっと息を吐き出した。
「いいから、付いてくるならいずれ分かるから。百聞は一見にしかずって言うだろ」
「……そうですね。分かりました」
納得がいっていないのか、まだこっちを見続けている神奈から逃れるために、俺は着替える体を装い、自室に戻った。
「やっ、旭。……あれ? 神奈さんも一緒なの?」
「悪いな、話したら付いてくるって言うから。断る理由もなかったし」
「あはは、全然いいよー」
「…………」
俺と水鳥が会話を交わす中、話題に上がった神奈は絶句していた。
まあ気持ちは分かる。俺も最初はそうだったから。
「あれ? 神奈さーん?」
「水鳥、お前の格好に驚いて声が出ないんだよ」
「え? 似合ってない?」
「毎度おっそろしいほど似合っているが、そういう問題じゃなくてだな……」
俺はもう慣れたが、初見だとインパクトが強い。
さて、神奈がなにを見て絶句しているのかと言うと――。
「ど、どうして水鳥くんは女の子の格好をしているんですか!?」
ようやく言葉を発した神奈が水鳥の格好について触れた。
そう、女装だ。
薄いピンク色のカーディガンを羽織り、下はロングの白いスカート。靴は茶色いショートブーツ。
それが今日の水鳥雫玖の格好だった。
「どうしてもなにも……ボク、旭と遊ぶ時は大体女装してるよ?」
「男の格好してても女に間違われるからな。それなら女の格好をしていても別にいいだろって話らしい」
「へ、へえ……そうなんですか」
「お陰で女性ものの服を見てても変な目で見られないから、割と重宝しているんだがな」
こいつが女装して服を見たりしていると、店員からは可愛い彼女ですねと言われるせいで、俺としては内心かなり複雑だ。
何度こいつに彼女面されないといけないんだか。
「時間ももったいないし、そろそろ行くぞ」
「そうだね。あ、腕でも組む?」
「なんでだよ組まねえよ」
「そうだよね。今日は二人きりじゃないもんね」
「いつも組んでるみたいな言い方はやめろ!」
水鳥が喋る度に神奈が俺たちの関係を疑っているような眼差しになっていやがる。
おいやめろ、こいつらまさかみたいな目で見るな。デキてねえよ。
その後もなにかとからかってくる水鳥を適当にいなし、その度に神奈からのホモ疑惑の視線を交わしながら、分からないことや必要なことは二人に聞き、時にメモをとりながら服を見て回った。
数時間後――。
「ひとまず今日はこんなものか」
「そうだね。新しい服もいっぱい買っちゃったし」
「いい取材になりました。このあとはどうするんですか?」
「とりあえずどこかで適当に飯でも食って解散ってとこだろ」
時刻は昼。
今はどこも多いだろうから、もう少し時間を潰してからがいいだろう。
「その前に少し本屋に寄ってもいい?」
「いいぞ。ちょうどどこかで時間潰そうって言うつもりだったし」
「本屋、ですか?」
水鳥の提案を聞いた神奈がこてんと首を傾げた。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ。水鳥くんのお家って本屋さんなのに、別の本屋さんに行ったりするんだなあって思って」
「店内の配置だったり、色々と勉強になるんだよ? ボク、本を買う時は自分の家じゃなくて他の本屋で買ったりすること多いし」
「そうなんですか。てっきり自分の家の商品を読んでいるのかと。読み放題ですし」
「ボク自分の家でもちゃんと商品を買ってから読むんだよ? だから読める本も限られてるし、読み放題じゃないんだ」
「こいつ自分の家なのに割り引きもせずに定額で買うんだぞ」
「だってそうやって少しでも作家さんの収益に繋がるのなら、ちゃんとお金は払うべきだよ。作家さんは面白いものを書いて世に出してるんだし、ボクたちはその面白いものに対して対価払う。これって当たり前のことでしょ?」
水鳥はこういう奴だ。
自分が絵を少しかじっている立場だからなのか知らないが、とにかくものを作るクリエイターに敬意を払っている。
ただの女装野郎じゃなくて、芯の通った女装野郎なわけだ。
そのあともとりとめのない話をしながら、俺たちは近場の本屋へと足を運んだ。
さて――。
「くぅっ……! あまり、売れていない……」
ライトノベルコーナーの新刊が平積みされてある棚の前で、俺は膝から崩れ落ちた。
実は俺は現代ファンタジーの方のシリーズを先月刊行したばかり。
ラノベ作家に限らず、作家なら誰でもそうだと思うのだが、自分の本が発売されたら店に出向き、本が売れているのか確認する習性がある。
俺も例に漏れず、自分の本が売れているかどうかを確認して、一喜一憂することが多い。
「私は当然買いました! 今回も面白かったです!」
「えー、そう? 今回はちょっとテンプレが多すぎて先が読めすぎるからボクは微妙だったかなー」
意見が割れた二人は、俺の現代ファンタジーものについて激しく討論を始めた。
熱心に読んでくれていることが分かるぐらい、細かいシーンについても語っている。
「お買い上げありがとう二人とも。だが左右で違う感想を言い始めるのはやめてくれ」
神奈は基本的には全肯定の人間で、水鳥は厳しいことは言うが、褒めるところもしっかり抑えてくる派。
既に慧眼を評価されている水鳥とは違って、神奈はまだなにも実績のない素人だが、こいつは頭の回転も早く、地頭がいい。
よくそこまで褒めるべきポイントをまとめて話せるものだな。素直に感心する。
しかし、だからこそ余計に解せない。
――どうしてこいつはここまで俺の作品が好きなんだ?
当然俺は書き上げる作品の一つ一つを常に最高傑作を書き上げるつもりで書いているし、実際に面白いものが書けていると自分では思っている。
言いたくはないが、俺の作品よりも面白い作品なんて今はまだ山ほどある。
創太の小説も、いなりの小説も俺のより受け入れられたから売れているわけで。
読みもせずに売り上げだけで小説の面白さを決めてしまうのはナンセンスだが、それが読者にとっての一つのファクターになっていることも間違いのない事実だ。
デビューしてから三年程度だが、俺の今の立ち位置は悔しいが、まあまあの中堅どころだと言ってしまっても過言ではないだろう。
そんな俺の小説よりも面白い小説があるっていうのに、こいつは俺を選び、認めたわけじゃないが弟子になりにきた。
実績はないが、見る目は間違いなくある。
頭の回転は早く、地頭もいいが、書く作品は微妙。
よく分からない奴だが……いずれちゃんと理由を聞いた方がいいかもしれないな。
こいつがわざわざ俺を選んだ理由とやらを。
それはそれとして、
「お前らいつまでやってんだ。他の客に迷惑だろうが」
俺は考え事している間もずっと感想を言い合っていた二人を止めた。
周りの視線も集まってきているし、店の中ですることでもないだろう。
「さすがですね、水鳥くん……! 師匠の作品についてここまで語り合えたのは初めてですよ……」
「ボクもここまでちゃんと作品のことについて話せる人は久しぶりだよ……ふふふ」
なんか二人の間に奇妙な友情が芽生えてしまったらしい。
そのあとも飯を食いながら、二人は延々とラノベのことについて語り合っていたし、夜になってもチャットやら通話やらで盛り上がって寝不足だということを、翌日になって水鳥から聞いて知ることになった。
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