第5話 自称弟子の実力

「おいふざけんな! 剥ぎ取るの邪魔すんじゃねえよ!」


「私はただ素振りしてるだけだけど」


「よそでやれや! お前ほんとそういうとこだぞ!」


「……いなり、その辺にしておいてやれ」


 創太の剥ぎ取りを邪魔するいなりを止める振りをしながら、俺はいなりに向かってアイコンタクトで訴えかける。

 ――タル爆弾を置け、と。


「アサヒがそう言うなら仕方ないからやめてあげる」


「なんか釈然としねえけど最初からするんじゃねえ……ってお前爆弾置いてんじゃねえよ!」

 

 アイコンタクトで伝わるかは微妙だったが上手く意図が伝わっていたらしい。

 いなりのキャラが倒れたモンスターの傍に大型のタル爆弾を設置して、離れた。


「任務完了。アサヒ、あのタル……打ち抜いて」


「――了解」


 俺はキャラを操作して、ボウガンの照準を爆弾に合わせて、ボタンを押した。

 モンスターの剥ぎ取りをしていた創太のキャラが、爆発に巻き込まれて吹っ飛んだ。

 

「おし、クエスト完了だな」


「うん。やっぱここまでやってクエストみたいなところあるよね」


「ねえよ!? なにちょっとロマンティックな感じに演出してんだ!? 邪魔する過程をただただ壮大にしただけだろうが! こういうシーン有名な海賊マンガで見たことあるぞ! お前らこれがやりたかっただけだろ!?」


 怒りなのか喋りなのかは分からないが、創太は息を荒くしていた。

 間違いなく両方だと思うが。


「創太。ツッコミがくどくて長い」


「ああ。作家なら文章を短くしても的確に鋭いツッコミを入れられるだろ。まだまだだな」


「なんでオレが責められる流れになってんだよ! マジふざけんなよ!?」


 まあひと悶着があったが、今日はGW最終日。

 いつも通り暇を潰しにきた創太といなりと共に狩りに興じたり、創太の邪魔をしたりをしていた。


 というか、いなりは締め切りやばいはずなのにここにいて大丈夫なんだろうか。

 いなりの担当さんから頼むからちゃんと仕事させてくれと頼まれているんだが……。


 ま、なんだかんだ、こいつは締め切りを破ったことがないし、そこは信用して本人の意思を尊重させておいてやるか。

 締め切り間際になって追い詰められた時の苦しみは作家なら誰でも味わったことがあるしな。


「そう言えば、コハクちゃんは部屋で何してんだ? 狩りに誘っても来ないなんて」


「あいつなら今小説書いてるぞ」


「へえ。どっかの根暗にも見習ってほしい……待て、流石にゲーム機を叩きつけようとするのはやめろ! オレが悪かった!」


 どこかの根暗という言葉に素早く反応してみせたいなりが、創太のゲーム機を掴んで立ち上がって、叩き付けようとし始めた。

 創太が慌てて止めようとしていると、神奈の部屋の扉が開いて、ラフな格好をした神奈が中から出てきた。


「お、書けたのか?」


「はい。書き終わったので、読んでもらえますか?」


 作り物めいた神奈の顔に、真剣な表情が浮かんでいる。

 その手にはUSBメモリーがあって、差し出されたそれを俺は受け取った。


「とりあえず読んでおく。お前は今から友達と遊びに行くんだったな」


「はい。本当はもう少し推敲しておきたかったんですが、誘われてしまったので……」


「人気者は大変だな。帰るまでには読んでおく」


「ありがとうございます。では、行ってきます」


 あのラフな格好出掛けられる服装だったのか……女のオシャレというのはよく分らんな。

 まあ、あいつ基準でそう判断したのなら、あれはオシャレなんだろう。

 ……さて、と。


「とりあえず読んでみるか」


「私も読む。アサヒ、印刷して」


「オレもオレも」


「分かった、少し待ってろ」


 俺はパソコンにUSBメモリーを差し込み、プリンターで人数分の原稿を印刷した。

 ガーガーという音が鳴り、紙がどんどん吐き出されてくるのを三人で見守る。


「で、実際コハクちゃんの実力はどうなんだよ、師匠?」


「それやめろ。……読んでみれば分かる」


 にやにやとしながら師匠と呼んできた創太の脇腹を肘で強めにどつき、俺は決して表情には出さないようにしながら、今まで読んだ神奈が書いた作品を頭の中で思い浮かべた。


 やがて、プリントという仕事を終えたプリンターが沈黙して、印刷が終わった。

 出てきた紙の束をまとめ、二人に渡す。


 しばらくは無言で原稿に目を落とし、部屋には紙を捲る音だけが響き続ける。

 創太もいなりも、真剣に原稿を読んでいて、その姿からは普段の態度など微塵も想像が出来ない。


「――ふう……」


 いなりの吐息を合図にして、俺たちは同時に顔を上げる。

 目を瞑っていたり、何を言うか考えていたり、俺たちは三者三様、それぞれが違う顔をしていたが、難しい顔をしてるということは共通していた。


「どうだった?」


 意を決して、俺は二人に問うた。

 

「まあ……なんというか、だな……」


「悪くはない、と思う……けど……」


「やっぱりお前らもそう思うか……」


 大体予想通りの反応が返ってきて、俺は重苦しく息を一つ吐いた。

 

 ――神奈琥珀の小説は、悪くはないが……どこまでいっても平凡極まりないものだった。


 どこかで見たことがある個性的なキャラが、どこかで見たことがある掛け合いをし、どこかで見たことがある展開がバランスよく書かれている。


 要するに、凡庸。

 絶賛するほど面白くはなく、酷評されるほど面白くなくはない。

 

「言ってしまえば、光るものがない」


 俺の言葉に創太もいなりも、反論の言葉を探したみたいだが……やがて諦めたように渋々と頷いた。


「突出したものがないが、書けていないわけじゃないのがなんとも言えん」


「多分だけど、これを仮に新人賞に応募したとして、だ。ある程度まではいけると思う……けど、その先は……」


「仮に出版されたとして、すぐに埋もれる……よね……」


「で、こう言われるわけだ。『あの作品のパクリ』とな。文章の出来自体は悪くないのに、これを読んだ奴らから心無い言葉を掛けられることになるぞ」


 沈黙が訪れた。

 俺たちは、売れないことの苦しみや、叩かれることに対しての辛さをよく知っている。

 それで心が折れて去っていった作家だって知っている。

 ハッキリ言ってしまえば、作家業界というのは夢のような話よりも、暗い話の方が多い。


 本を出しても売れないと生活は出来ないし、自分が魂を注いで完成させた原稿が顔も知らない多数の人間から酷評を受け、叩かれる。

 創太もいなりも、もちろん俺も、出版するたびに悪意に晒されている。


 作家として活動を続けられていて、比較的に順調にいっている俺たちはそこそこ稀なケースだ。


「琥珀ちゃんに、なんて言うの?」


「……隠していても仕方ないだろ。そもそも、あいつだって今言った欠点には気が付いてるんだよ。自分から言ってきたし」


 それでも、それを俺の口から直接あいつに言わないといけないのは、荷と気が重い。

 再び黙り込んだ二人に俺は向き直った。


「あれこれ考えていても仕方がないだろ。嘘を言うわけにはいかないし、問題点を見つめて改善しないと、前にすら進めないんだからな。とりあえず、もう一狩り行くか」


 創太といなりは、頷いてゲーム機を持った。

 

 この世界は努力したって上手くいくとは限らないし、前に進んでいるのかすらも分かりづらい、まるでどこまで行っても砂しかない、広大な砂漠のような世界だ。

 読者からの応援というオアシスで心が救われながら、前に向かってあがいてもがく。


 俺たちだってこの先どうなってるかは分からない。


 ――だけど、努力を続けて前に向かう奴らが報われてほしい。


 努力が報われるとは限らないのなんて、分かっているが、それでもいつか……自分自身だとか、他人に胸を張って幸せだと言える場所に辿り着いてほしい。

 

 当然、ライバルのこいつらにも……これから先、この世界に足を踏み入れるかもしれない、あいつにも。


「……モンスターを倒すぐらい、現実も簡単ならいいのにな」


「カッコつけてるとこ悪いけど、落ちてるのは誤魔化せないからな?」


「正直すまん」


 知ってる奴らや、顔も知らない誰かの成功を祈りながら、俺は華麗に二落ちを決めた。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る