第3話 同業者と書いて友でもありライバル

「――しょう? しーしょーおー?」


 一ヶ月前のことを思い出していると、間延びした声が聞こえ、肩を揺さぶられていることに気が付いた。


「……っと、すまん。ちょっと考え事してた」


「それはいいんですけど……剥ぎ取り時間もう終わりますよ?」


「ああっ!? ちょっと待て! だあーっ、クソッ! 間に合わん!」


 クソッ! 剥ぎ取りは出来ないし、クリア報酬も全然いいのがない!


「あ、逆鱗」


「ふんっ……クソゲーが」


 ゲーム機をやや乱暴にソファの誰もいないところに向かって放り、立ち上がった。

 そのままローテーブルに置いてあった企画書と習作を手に取り、リビングに置かれている箱――通称ボツ作ボックスに丁寧に入れた。


「……なんだよ?」


 ボツ作をしまって、元の場所に戻ろうと振り返ると、なんかすごく温かい目をしいいた神奈と目が合ってしまった。


「いえ。そうやってボツ作でも大事に扱う師匠はすごいなと。私もその姿勢は見習わせてもらおうと観察していた次第です」


「自分の書いた作品を大事に出来ないでなにが作家だ。当然のことだろ」


 しかし、改めてそう言われると気恥ずかしさが込み上げてきて仕方がない。

 なにか話題を変えるための話題はないかと、思考を巡らせていると、


 ――ピンポーン。


 と来客を知らせるインターフォンが鳴り響いた。

 ちょうどいいな。

 

「私が出ます。はーい」


 とたた、と小走りで駆けていく神奈を横目で眺めながら、放ったゲーム機を拾い上げた。

 俺は別に学校でぼっちというわけじゃないが、家を訪ねてくるような友達はいない。

 従って、同棲している神奈が来客に対応したところで、学校の奴らに俺と神奈のことがバレる心配なんてないわけだ。


「うぃーっす、来たぞー」


 誰かと思えば……。


「なんで来たんだ、お前」


「なんでって、チャリでだけど」


「そういう意味のなんでじゃねえよ。何しに来たのかって聞いてるんだ」


 俺の住んでいるこのマンションは、LF文庫の出版社から徒歩で十分圏内の場所にあるため、出版社で打ち合わせをした俺の知り合いがよく、こういった感じで用もないのに訪ねてくることが多い。


 こいつの本名は知らないが、ペンネームは神創太かみそうた

 俺より僅かに低い身長に、いかにも遊んでます的な感じで明るめの茶髪に染めた髪の毛をワックスで整えている男だ。

 俺と同じ出版社で俺と同時期にラブコメのラノベでデビューした同期作家で、学校は違うが、俺と同い年。


 最近は学生作家なんて珍しくもなんともないからな。

 むしろ、ウェブ小説が普及してきたことにより、どんどん若手が増えてきているぐらいだしな。

 面白いものを書くのに、年齢は全く関係ないのが、この業界の特徴でもあると思う。


「なんでって……打ち合わせ終わって暇だったから? あと今GWで学校休みだし、時間あるし」


 言いながら、創太はソファに腰を下ろして足を組んだ。

 そして、ため息をつきながら、


「あー、声優さんと結婚してえー」


 天井を見上げながら、声も上げた。

 

「お前そればっかだな」


「だってよー。オレ、そのために作家になったんだし」


「そんな動機で大賞掻っ攫われた他の応募者の気分を考えてみろ。あと他の受賞者の気持ちも」


 そう。こいつは俺が応募した、第13回LF文庫新人賞の大賞受賞者だ。

 創太が小説を書き始めたのは、アニメ化して声優と知り合い、結婚したいからというふざけた動機だ。


 しかし、その動機で実際大賞を取り、売れている。

 言動こそガキっぽく、バカみたいな創太が書いている作品はドタバタ学園ラブコメで、悔しいが面白い。

 売上部数も俺とこいつじゃ十万部ぐらいは離れている。


「うるせー、美少女と同棲真っ最中でラノベ主人公ムーブを現在進行形できめてる奴に言われたくねーんだよ。男の敵め」


「好きで同棲してるわけじゃない。お前も同棲すれば分かる……毎日いろんなことで気を遣ってばかりだぞ」


 学校で他の奴らにバレないかとか、風呂とかトイレとか鉢合わせないかとか、家の中でも気が抜ける時間がない。

 そのために色々とルールは決めているが、いつボロが出るか……。


「あぁん!? 出来るならやってみてえよ! 俺だってなあ! 煽ってんのかてめえ!」


「はあ!? お前から売ってきたケンカだろうが!」


「上等だバカ野郎! 大乱戦で白黒ハッキリしてやらあ!」


「望むところだカスが! ボロボロに負かして二度とデカい口叩けないようにしてやる!」


「あ、私も混ぜてください」


 ヒートアップする俺と創太の前にコトリと飲み物が入ったコップを置いた神奈が、あくまでもマイペースにコントローラーを握った。


「というか、三人じゃ人数もイマイチだな。アサヒ、いなりも呼ぶか?」


「あいつ今締め切り間近で修羅場じゃなかったか?」


「いや、呼ばなかったらそっちの方が拗ねて面倒になりそうじゃね?」


「あー……あいつ、大人ぶってるくせに自分だけ仲間外れにされたら拗ねるからなー……一応声だけかけておけばいいんじゃないか?」


「じゃあ私がいなりちゃんに連絡入れておきますね。わ、もう既読が付いた。……え?」


 俺と創太の会話を聞いていた神奈が、スマホを触りながら怪訝な声を漏らした。


「どうした?」


「いなりちゃん、もうマンションの前にいるって」


「「はあ?」」


 神奈のスマホの画面を見ると、SNSのアイコンをキツネに設定した人物がそう返信してきていた。

 仕事しろよ……。


「とりあえず私が迎えに行ってきます。師匠と神先生はその間に二人でプレイしてたらどうですか?」


「そうすっか。おーし、どっちが上か、今日こそ分からせてやる」


「それは俺のセリフだ。絶対負けん」


 好戦的な笑みを浮かべた創太に、俺も片側の口角を上げながら、コントローラーを握りしめる。


「おいハメコンはずるだろ!?」


「ふはははは! 勝負の世界に情けなど無用! 貴様に嫌がらせするためだけに練習したこのコンボのお味はいかがかな?」


「なんて器の小せえ野郎だ……! あークッソ、負けたぁ!」


「ふはははははは!」


「楽しそうだね、アサヒと創太。私が大変なのに」


 微塵の遠慮もなく勝ち誇っていると、静かだが芯のある声が耳朶を打った。

 声に釣られて、創太と二人で振り返って見上げると、声と同じように静かな無表情でこっちを見下ろす黒髪ロングの女がいた。


「大変なのはお前の自業自得だろ。というかお前が静かに後ろに立ってるとぶっちゃけ背後霊みたいでこわ――」


「ふん」


「イッテ!? ちょっ、やめ! すんませんした! 自分調子こいてましたァ!」


 黒髪ロングの女は、ストッキングで包んだ足で、創太の背中をひたすら蹴り始める。

 お前その程度で謝るなよ……弱いし、情けない。


 創太に三下ムーブを始めさせた、この女は涼風いなり。可愛い寄りの和風美人で俺と創太と同じレーベルの同期で俺たちの代の優秀賞受賞者。本名は知らん。

 青春群像劇の作品を書いていて、何を考えているのか分かりづらいデフォルト無表情。

 推定一六〇前半程度の身長に、前述の通り黒髪ロング。


 驚くべきことに、こいつも俺と創太と同い年。

 俺の代は5人ほど受賞者がいたのだが、五人中三人、つまり俺たち三人が中学三年だった。


 授賞式で話して以来、俺たちはこうしてつるむようになったわけだ。


「さあさあいなりちゃんも来たことですし、大乱戦を始めましょう」


「そうだね。原稿で溜まったストレスをあなたたちで解消させてもらうから」


「い、いつまでも負けてばかりだと思うなよ? なあ、アサヒ」


「逆にストレス溜まっても知らないからな。かかってこい、いなりぃ!」


 結果、俺と創太はボロ負けした。

 締め切り間近の修羅場の身なくせして、こいつさては原稿サボって大乱戦ばかりしてやがったな?


「やっぱりいなりちゃんは強いですねー」


「あーくそっ、もう一回だ!」


「いいけど、何度やっても結果は同じ。琥珀にすら負けてるし」


 ああ、どうでもいいかもしれないが、神奈が俺と創太を先生と呼ぶのに対し、いなりのことをちゃん付けで呼ぶのは、単に本人がそう呼べと言ったから。


「うっせえ、次は勝つ! 今のだってタッチの差だったとこあるだろ!」


「はいはい。アサヒは次、どうする?」


「まあ企画も思いついてないし、誰かさんとは違って締め切りにはまだ余裕あるからな。やる」


「むっ……その挑発、受けて立つ」


 やっぱ無表情ぶってるけど、子供っぽい。

 それが俺からいなりに対する評価だが、あまり煽るとあとが怖いので、ここらで止めておいた方が無難だ。


 隣から向けられる鋭い眼光から逃げるように、俺はテレビ画面に視線を戻した。

 それと同時に、ある強い想いを胸の内側で描き始める。


 ――こいつらにだけは、絶対負けん。


 創太もいなりも、俺より先にいるし、作品も売れている。

 今はまだ、こいつら二人に、俺は負けているが……いつか必ず小説で勝つ。


 この二人は俺にとって、同期で友人で、いつか越えたい壁で、ライバルなのだから。

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