第7話 シロ…君は良い人?
人影を追うとそこには、灰色の髪をした、トーリやリングくらいの年頃の男性がうずくまっている。
その男性が顔をあげて、僕に話しかける。
「旅の人かい? 魔物に襲われてしまって、助けて欲しいんだ」
その男性が僕の方へ手を伸ばす。
怪我をしているから、うずくまってるのかと、僕は察して、駆けつけて手を差し出す。
近くでみる男性の顔は、綺麗だけど、冷ややかさを感じる。とても、冷たく、うつろな目。
僕は思わず、手を引っ込めてしまう。
今までに感じたことがないくらいの………これは、何だろう……。彼から感じるこの彼の感情。
男性は、うっすら、笑みを浮かべて、悲しそうにいう。
「どうしたの? ひどいな。……勇者なのに」
男性の声色から確信する。
これは……、悪意だ。
僕に対する、強い悪意。
それに何故、僕のことを、そう思うんだ。トーリだって、リングだって、剣を見ただけでは、勇者の剣だって思わない。
「どうして、そう思うの?」
男性は答えない。男性の片方の目が赤い。僕が竜を切りつけた方の目。僕は感じ取ったことを男性に問いかける。
「もしかして、君が竜を操ってた?」
少し驚いた表情をしたあとに、男性が僕と同じ言葉を返す。
「どうして、そう思うの?」
「そう……感じたんだ」
男性が、また小さく笑う。僕は問いかける。
「君は、誰?」
「僕? 僕の名前はシロ。僕は立場的には君の味方かもしれないね。そう、あの竜は僕が操っていたんだよ。僕は竜使いなんだよ……ソイ」
名前を突然呼ばれて僕はドキッとする。僕の名前を知っている。
それに言っていることが真逆で、分からない。不気味だ。
「味方なのに、シロは竜を使って僕達を襲ったの? 村が竜に襲われた時にもいたよね?」
「君を消しても、君を生かしても、僕にはメリットがあるんだ。でも、前者を選んだよ。討伐一家も似たようなものかもしれないね」
討伐一家が同じ? トーリ達が? そんなわけあるはずがない。トーリや、リングが……。
「トーリや、リングがそんな風にはみえないかい? 彼らはまだ全部を知らないんだ。討伐一家をまとめているのは、まだ彼らの親世代だから」
見透かされた。それにトーリとリングの名前まで……。
話が断片的すぎて、何を言っているか分からない。
でもシロから感じるのは悪意……だけじゃない。それだけじゃない。
「シロ……。僕に何か、とても大切な事を伝えようとしてくれているの?」
今度はシロが、とことん驚いた顔をする。僕より多くのことを知っているに違いなくて、全てを見透かしたようにしていたシロが驚いている。
「君は僕を分かろうとしてくれるの? 君で二人目だよ……」
シロは少し考え込む。そして、僕に手をまた伸ばす。
「一緒にくるかい? 僕と一緒に。気が変ったんだ。君は王都には行ってはいけないよ。討伐一家は僕らの敵だ。君は僕と一緒にいた方がいい。本当だよ? ソイ」
シロが奇麗な顔で優しく微笑む。
優しい奇麗な顔なのに……怖い。
自分を殺そうとした人間の誘いにのるはずがない。普通、人はそう思うはずなのに、そう思うと分かるはずなのに、躊躇なく、そんな言葉を発するシロが怖い。
でもシロは「人」というものを知り尽くしていると感じる。
シロには少しのおべっかも、適当な言葉も一切通用しない。シロには本当の言葉しか通用しない。
シロの冷やかな目は、きっと全てを見透かすことが出来てしまうんだ。
だから、僕は素直な言葉をシロにぶつける。
「断片的すぎて、何を言ってるのか分からないよ、シロ。僕は君とは一緒に行かない」
僕の否定する言葉を聞くと、酷く残念そうな顔をして、シロが伸ばした手を気味悪く、ダラリと下げる。
そして鋭い眼差しを僕に向ける。
怖い。
誘いに乗らなかったことで、シロの気分をひどく害したんだ。
だけど、僕はもう一つ本当の言葉をシロにぶつける。
「それに、シロは僕のこと嫌いだよね? それも、……すごく嫌いだ」
僕のその言葉にシロは驚きと、喜びに満ちた顔をする。
反応が普通と違いすぎる。一人で、この場にいることを、ひどく後悔する。トーリとリングに声をかけて、一緒にくれば良かったんだ。
人食い竜よりもシロがずっと怖い。
シロが満面の笑みで語りかける。
「君は能力だけじゃなくて、環境にも恵まれたんだね。だから、素直に人と向き合えるんだ。そう……、僕は君が嫌いだ。凄く嫌いだよ。でも……」
タツコが僕の方へ飛んできて僕の肩に乗る。僕に頬ずりするので、撫でてやる。
タツコがいることで、心底ホッとする。これで、シロに心を持っていかれてしまうことはない。
シロは僕とタツコの様子を見て近づいてくる。
「可愛いね」
タツコがシロに牙を剝いてうなる。トーリや、リングに見せたものとは違う。ひどく警戒してる。
「待って、シロ、噛みつくよ」
僕の言葉に構わずシロの手がタツコに伸びる。
タツコは牙を剝いていたものの、警戒しつつも、シロに頭を撫でさせている。
タツコの反応は僕と同じ。全く同じだ。
シロが少し微笑んで、聞こえるか、聞こえないか程度の小さな言葉を発する。
「良かった。僕は大嘘つきって訳じゃないみたいだ」
タツコを見るシロの顔は優しい。
そう……、シロをただ突き放してはいけない気がする。
僕はシロに問いかける。
「シロ……。君は良い人なの?」
トーリが僕を呼ぶ声がする。良かった。僕を見つけてくれた。
また、シロが笑う。
「フフッ。僕が良い人? 違うよ、ソイ。全然違う。君自身、トーリの声を聞いて心底安心してるじゃないか。ソイは面白いね」
トーリの声が更に大きくなって、シロが駆け出す。でも少ししてシロが振り返る。
「僕を分かろうとしてくれる人はいない。君はたくさんいるんだろうけど、君と違って僕にはいないんだよ、ソイ。だから君が嫌い。だけど、僕を分かろうとしたのは、ソイ、君くらいのもの。僕は、君が嫌いだけど、それが本当に嬉しい。また会おうね、ソイ。約束だよ。その頃には、君をさらってでも一緒にいたくなってるかもしれない。なるべく早く会いに行くからね! 待ってて、ソイ! 必ず迎えにくるからね、ソイ! 少しの間だけ、じゃあね! 僕を受け入れてくれた可愛い、タツコもじゃあね! とってもとっても可愛い、僕のソイとタツコ! じゃあね!!!」
小さな子供のように興奮して、僕の「ソイ」という名と、「また会おう」という意味合いの言葉を繰り返して、シロは走り去って行った。
何か……、妙に気に入られてしまったような。
トーリや、リングの声が近くなってきて、僕は、次第にいつもの自分の感覚を取り戻す。
いやッ! コッワイ!!! 怖いわッ!!! ゴメン、シロ!!! コッワイわ! しかも、終盤おなじようなことを、やたら喋ったな!
迎えに……くるの!? なんの迎え!? さらう!? 物騒なこともいってなかった!? 何か、妙に気に入られた感!?
約束だよって! 約束してねー!!!
しかも、何よりシロは、僕のことを勘違いしている! かいかぶっている!
シロの空気に乗っちゃって、「繊細で、思慮深い子」みたいに、なっちゃってなかった!? 違うしッ!!!
てか、コレ! そう、この感じが僕!
違うよ! シロ! 自分でいうのもアレだけど、僕は結構、バカなんだ! 迎えにこないで! 申し訳ないけど、僕は会いたくない!
誰かが僕の肩を叩く。
「ギャアッ!」
「何!? どうしたの!?」
振り返るとトーリだ。そうだ、トーリに決まってる。声が近づいてたんだから。
「その間抜けな顔! 落ち着く!」
「失礼すぎない!?」
「いや、だって、何かシロって人がいて、その人が竜使いで、僕のことを迎えにくるって!!! さらうって!!!」
リングがあたりを見回す。
「誰もいないけど?」
「いたんだよ! さっきまで! そこで一緒に話したんだ」
「竜使いなんて聞いたことないぞ」
「竜使い!? 私が世界初の竜使いになるのに!? 先越された感」
リングが僕の額に手を当てて、首をかしげる。
「疲れて熱でも出たんじゃないか? 色々あって疲れたんだよ。うーん、熱はないな」
僕はそんなリングの手を払う。
「急に子供扱いしないで! 大人ぶらないで! 僕の影に隠れて怯えてたくせに!」
「あー! それいう? それいっちゃう? やっとトラウマを乗り越えた人に、それはナシじゃね?」
「いや、だって! そうなんだもん! 僕のこと嫌いなのに、妙に気に入ったみたいで、迎えにくるんだって! でも嫌いなんだよ!? 怖くない!? 信じて! いたの! ここに!!!」
僕はシロのいた場所を身振り手振りで表す。
リングが僕の叫びをスルーして、間抜けな声を出す。
「なー、早く次の町に行って、ご飯にしよ? もうすぐじゃん?」
「ちょっと! スルーしないでよ! このビビリーゼント!!!」
「あっ! 変なあだ名つけんなよー!」
喧嘩が始まってしまいそうな僕とリングの間にトーリが割って入る。
「はいはい、そこまで。ソイ君もご飯食べたら落ち着くよ。タツコもお野菜食べたいでしょ?」
「キュッ」
タツコが珍しく、トーリに素直に頷く。そんなにお腹が空いてたのかな、可哀想に……。いや、でもッ!!!
「タツコまで!!! そうだ、タツコも見たんだよ! タツコも気に入られちゃってたじゃん!」
あー、どうしたら伝わるんだー!!! そんな僕に構わず、トーリがいつもの飄々とした感じで聞いてくる。
「ソイ君って何好きなの?」
「……、えっと……ハンバーグだけど……」
「それなら、来る時その町で食べたんだけど美味しいお店あったよ! 仕事柄、いろいろな店で食べるけど、あそこは一番かも!」
「本当に!?」
へー、そんなに美味しいだ。
ち、違う! シロってヤバイ人が!
あ、でも、そういえば僕も、めちゃくちゃお腹すいたかも……。
なんか、とりあえず、シロもどっか行っちゃったし。そのうち僕がバカそうって気付いてくれるかもしれないし……。
そうだね! とりあえず、ご飯食べてから、心配しよ!
第2章「竜を操るもの」終わり
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