第4話 竜使いのシロ

 僕は、勇者だ。

 そう……勇者なんだ。


 あのソイという子供を消せば、剣は僕を選んでくれるだろうか。


 多分、あの子供は僕とは違う。僕と比べ物にならないくらい血が濃いのだろう。恐らく、直系の血。


 またか。まあ、そうか。


 笑える。


 僕はいつだってそうなんだ。


 僕はシロ。19才。


 僕は何一つ持っていない。

 金も、能力も、何も持っていっていない。


 人から貰った優しさも、人に分けるべき優しさも、何も持っていないんだ。


 あるのは、あらゆるものへの羨望だけ。


 欲しくて、欲しくて、欲しくて!!! それらは、目が潰れてしまいそうに眩しいんだ。


 そんな僕に射した一筋の光。


 僕はみんなのために、勇者でありたい。僕を分かろうとしてくれた、あの人のために。


 会長に言われて剣を抜きに来たら、既に剣はなかった。


 剣を抜いた子供には討伐一家の護衛までついてしまった。それも赤の家でも優秀と名高いトーリ。

 恵まれている人間は、そういう星の下にいるものだ。


 組織は喉から手が出るほどに僕ではなく、あの子供を手に入れたがるだろう。討伐一家に渡る前に。


 討伐一家はあの子供をどうするつもりだろう。どっちで使う道を考えているのか。


 別にあの子供の心配などしていない。


 とにかく勇者は僕だ。

 

 今、仕掛けてみて損はない。


 村に竜を襲わせた時、赤の家のトーリの力は見た。


 竜討伐一家は良くも悪くも、ただの魔物としての竜に特化した技術だ。かつては互角に戦ったとしても、長い時間がそうさせてしまった。それは、天才といわれるトーリも例外ではないようだった。


 竜の力はそんなもんじゃない。人が加わってこそ、本当の力が発揮される。


 この深い森ならば、僕のしたことは組織にはバレない。あの子供を消せば僕が勇者。


 だけど、あの子供を生かして、組織に渡しても僕にはメリットがある。剣が選んだということは、あの強い血筋は唯一無二だ。巨大竜に対応する可能性は極めて高い。大きな功績だ。あの子供と一緒に組織でやっていく道もある。


 もしかしたら、討伐一家に渡るより、組織に渡った方があの子供にとっても良いのかもしれない。

 利用の仕方次第といっても、討伐一家にとって、あの子供は因縁の敵なのだから。


 トーリはまだ頭首ではない。子供に対する対応を見ると全ては知らされていない。

 研究熱心なトーリは勇者について何処まで知っているのだろう。




 何で……迷うんだ。




 遠くはあっても、僕にとって血縁だから? 


 血縁? 彼は直系で、僕は? 本当に笑える。


 そんな感傷的なものはいらない。僕は全てを手にいれるんだ。欲しいものを全て。


 だから、この深い森で、あの子供の存在はなかったことにしよう。それでいい。


 僕が勇者なんだから。


 眩しくて触れることを願うことすら、おこがましいと思ってたものを、全て手にいれるんだ。



 ソイ……、君をなかったことにして、僕が君になる。



 今やっと、僕は僕を生きていると思えるんだ。やっと地に足がついて、やっと、歩いている気がするんだ。


 誰かに間違っていると言われてもそうなんだ。


 僕は何かに許されるために生きてるんじゃない。



 許されなくていい。

 


 僕はこれでも努力してきたんだ。


 レジスタンスのみんなが僕を見つけたときは、武力の。


 組織が僕を見つけたときは、術の。


 もう、昔の僕じゃない。


 

 力試しをしたい好奇心もある。



 さあ! 討伐一家、赤の家のトーリ! 勝負だ! 



 竜使いの僕と!


ーーー


 僕とリングは、竜を目の前にして叫び声をあげる。


 「ソイのバカ! 竜だよ! 竜!!!」


 リングが僕を非難したので隣を見ると、既にリングがいない。ちょっと先を見ると、走って逃げていく、リングの背中が見える。


 逃げ足速くないッ!? てか、トーリの側にいた方が安全じゃない!?


 魔物恐怖症で、反射で逃げてしまったんだな……。


 トーリも逃げてたっていうけど、リングの話からしても、トーリは最強みたいだ。

 この程度の竜を倒すことは容易いだろう。


「トーリ! 村の時みたいに、カッコ良く倒しちゃって!」

「嫌だッ! こんな奇麗な竜みたことない! 仲良くなりたいッ! 僕は竜使いになるんだ!」


 そうか……。最強でもこのくだりがあったか……。

 確かに、黄色というか、ゴールドな色合いのカッコイイ竜だけども……。はっ! 僕までトーリの影響を!


「そうかもしれないけど! リングもどっか行っちゃったし! リングだけじゃ、捕食系の魔物に食べられちゃうよ! 早く倒してリングを探さないと!」

「いや! 大丈夫! 倒すよりすぐ終わるかも! 今度はなんか意思疎通できる気がする! 竜と目線が合うっていうか!!!」


 この人、一回食べられないと、竜倒さないのかな!?

 トーリがまた語り出す。


「敵意がないことを示せば、竜は頭がいいから、攻撃しない!」


 トーリが竜の前で両手を広げて、またお馴染みの慈悲深い顔をしている。

 そんなトーリに僕は叫ぶ。


「いや、この前、それで食べられたじゃん!」


 研究してるって割に、あきらかに良策ではないんだよなー。

 それで仲良くなれたら、人類苦労してないよ!

 トーリが僕に説明を加える。


「いや、1000匹くらいこの対応をして、一匹くらいはいけるかも! そしてこの対応をした時の竜の反応の統計をとっているんだ!竜の種類と、場所、繁殖期か否か、子育て中か否かなどなど!」


 うーん、少しは、ちゃんとしてるのかな!? でも、この感じじゃ、この前みたいに食べられないと気が済まないんだな。

 相当なこだわりっぽいから何を言っても無駄か! 


 ああ、リング……、どうか、それまで無事でいて……。


 そんなふうにトーリと押し問答をしていると、トーリの頭上に、突然、大きな魔法陣が、無数に出現する。


 やたらにデカイ魔法陣だ……。その魔法陣はトーリに向けられている。


 トーリが出した魔法陣じゃない……?何!?


 そして、魔法陣から雷のようなものが出てきて、一気にトーリに降りかかる。

 凄い威力の魔法で、眩しくてトーリを見失う。


 何コレ……。竜が……やったの???


 竜が魔法を使うって聞いてたけど、こんなに!? こんなに凄いの!? この前のトーリの魔法より凄くない!?


 でも、当然トーリは大丈夫……だよね? 赤の家でも……天才……だもんね!?


 竜の魔法が止まると、トーリの姿が見える。


 トーリが……倒れてる!!! 魔法で防御したのか、無傷みたいだけど、動く気配がない。


 気を失ったのかな……ま、マジで!!!


 そして竜がこっちに向かってくる。


 マジでぇ!!! トーリのバカ!!! だから早く倒してっていったのに!!!


 ど、どうしよう。さすがに、キノコの魔物みたいにはいかない。

 とりあえず、タツコを逃さないと。


「タツコ! 逃げて! 捕食対象の人が狙いだから! タツコは逃げられるから!!!」


 タツコはそういっても僕の側を離れようとはしない。勇敢にも、また竜を睨みつけている。あー! もうッ! カワイイけども!



 僕は自然と背中の剣に手が伸びる。

 使いものにならない剣に。


 鞘から抜けないんだよ、このバッタもんの勇者の剣! 


 村で一番の力自慢の、昔ちょっと僕に剣の稽古を付けてくれた隣のオジサンも抜けなかったんだから!


 でも、今、自然に剣に手が伸びる。


 剣に呼ばれた? フフッ……そんなもんじゃない! みくびらないで欲しいな。


 何故ならぁッ! 昨晩、油を差しておいたからぁッ!!!


 旅に出る前に、隣のオジサンが、これで抜けるかも!っていって、油を差してくれたからぁ!!! 


 スプレー型で隅っこの方にも差せて、オジサンの家の、ギギギッと嫌な音をたてる重たかったドアが、驚く程に軽くスルスルと開くようになった、良い油をねッ!!!


 オジサンの油! 頼む!!! オジサンの油っていうと、なんかアレだね。


 僕は背中の剣を握る。そして少し力を入れる。


 剣が……抜ける!


 ありがとう!!! オジサンの油!!!

 凄いよ!!!

 

 やっと抜けた剣を期待を込めて見る。


 バッタもんでも、錆びてても、なんやかんや、村で大切に守ってきたわけでしょ? バッタもんでも、少しは良い剣なんじゃない?


 まあまあ鋭利なら、投げたり、トーリが目が覚めるまでの時間稼ぎくらいには使えっ……



 ……刃こぼれがすごいな……。


 てか、ボロボロじゃない?



 僕は絶体絶命感が更に増して、叫ばすにはいられない。


「なまくらっ!!! なまくらぁーッ!!! これぞ、なまくらって感じの、なまくらぁーッッッ!!!」


ーーー


 トーリに魔法を仕掛けたが、あれだけ油断してたのに、防御されたか。

 普通なら間に合わない。


 それに剣の加護……。本当に、あの子供で確定だ……。あの子供が本物だ。


 でも、確かに今僕は赤の家の、あのトーリとやりあえている。この僕がだ。


 これだけでも満足できる。今までの血のにじむ努力が報われた気分だ。


 いや、まだだ。これで満足するな……。満足してしまえば、もうこれ以上、成長はない。


 いけるかもしれない。僕はトーリより強いのかもしれない。


 ワクワクして、手が震える。


 こんなに楽しいと思えるのは初めてだ。これが「楽しい」という気持ち……。


 もっと、もっと試したい。




 

 






 





 




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