第3話 勇者の子供

 トーリが、人食い竜の唾液でベタベタになったので、家の風呂を使わせる。


 その前に川でいったん、洗ってきてもらったけど。


 風呂上がりのトーリが、また僕と、タツコを研究したいって言ってくる。

 トーリはスゴイけど、あまり関わりたくないなぁー。また断るけど、トーリが譲らない。


「だって、君、勇者かもしれないじゃん!」

「だから、これはバッタもんだって」


 トーリが自分のカバンから、何やら紙を取り出す。

「勇者らしきものは、王都に拘引こういんしてもいいって令状」

「拘引?」

「無理矢理、連れて行っていいってこと」

「えええ!!!! 怖すぎるんだけど! だから劣化で抜けただけだし、どうせバッタもんだし! 研究したいからって!」


 一緒にトーリの話を聞いていた母さんが、口を、挟む。


「いいなー。王都。母さんも行きたいー!」

「じゃあ、竜好きのお母さんと!!!」

「トーリさんッ!!!」


 母さんの目が、またキラキラしている。

「ちょっと、母さん!!! 父さんに言いつけるよ!」

「母さん、父さんが単身赴任で、男日照りなのよ! こんなイケメンに誘われたらクラクラしちゃう!」

「なんつー、生々しいことを!!! 分かったよ! 行くよ! 行けばいいんでしょ!」


 もう、何だかなー。この流れ。はあ、王都かー。どんだけ遠いんだっけ?


ーーー


 私は竜討伐一家「赤の家」に生まれた。名前はトーリ。

 巨大竜討伐の実践訓練と、勇者探しを兼ねて旅をしていると、偶然、勇者らしき少年と出会う。


 ソイ君。13歳。クルクルした栗色のクセ毛が印象的な、ごくごく普通の子供。とても勇者には見えない。


 だけど、勇者の剣は抜いたみたいだし、タツコが異常に懐いたりと、それらしき要素は多い。


 ソイ君が家の庭でタツコと遊んでいる間に、ソイ君の母親であるリタさんと、いろいろと話した。


 ちなみにリタさんは、スゴイ美人だ。こんな片田舎にこんな美女がいるなんて。今年で20歳になる私より大分年上に違いないけど、本当に綺麗だ!


 いやいや、私は硬派なイケメンです。はい、すみません、自分で言いました。


 リタさんは私に教えてくれる。


「ソイは、私達夫婦の子供じゃないんです」 

 

 その事実を聞いて、私は慎重に言葉を選ぶ。


「そうですか。……。ソイ君は知っているんですか?」


 リタさんは、ゆっくり首を横に振る。


 綺麗な髪も一緒に揺れて、そんな姿も美しい! ち、違う! 話に集中しなくちゃ!


「ソイは、やたらに身体能力が高くて。畑に出た魔物を踏んづけて倒しちゃうし、あげく勇者の剣抜いちゃうし」

「勇者の剣は、ソイ君が劣化で抜けたって」


「あの子は、そうやってとぼけたことを言うんですが、村長が国から来た通達を見て、そうかもしれないって。トーリさん……、そうなんですか?」

「実は私も、そこまで詳しいことは知らされてなくて。祠も各地に何個かありますし。でも令状の要素には一致します」


 リタさんは、小さくため息をつく。

「たまたま養子にした子が、そんなことある!?って自分でもビックリですよ……。でも、あの子のいるべき場所があるなら、縛り付けるわけにはいきません」


 リタさんが続ける。まっすぐ私の方を見る。


「大切に育ててきた子なんです」

「はい。あの優しい性格をみれば、大切に育てられてきた子なんだろうってことは、容易に察しがつきます」


 庭でタツコとじゃれ合うソイ君を見る。何だか分からないが、笑い転げている。


 リタさんが、また真剣に、少し睨み付けるように私を見る。

 私はリタさんの想いを察する。


「リタさん……。私、こう見えて優秀なんです。『超』がつくほどに」

「自分で言っちゃいましたね」

「自分で言っちゃいました」


 私は右手で拳を握り左胸につけて、リタさんに敬礼する。

「竜討伐御三家が赤の家、次期頭首であるトーリ、命にかえてもご子息をお守りします」


 リタさんが、やっと笑顔になる。


「あの子を見つけたのが、トーリさんで本当に良かった」


 なんて可憐な笑顔……。


 綺麗だ……。じゃなくて! お母さんとの約束。しっかり勤めを果たさなくては。とりあえず、安全にソイ君を王都へ!!!


ーーー


 村の人に見送られながら、僕は旅立つことになる。あーあー、面倒なことになったもんだなー。

 学校のみんなにはズルいって言われるし、先生は課題いっぱい作っておくっていうし。


 母さんが僕に向かって両手を広げてくる。

「ほら! ギューッ」


 みんなが見てるのに、そんなこと出来るはずがないじゃないか。


 いつも思うけど、大人って子供だったわけでしょ? そういう子供心、何で分からないかな!


 僕は怒っていう。

「嫌だよ! 恥ずかしいじゃん! じゃあね!」


 少し先で待っているトーリとタツコの方へ走っていく。


 だけど、だんだん、なんだか胸がいっぱいになって、苦しくなってきて、母さんのところへ駆け戻る。


 母さんが両手を広げたので、そこへ飛びこむ。


 ギューッと抱きつく。


 それから、母さんからパッと離れて、また走る。


 振り返って大きく手を振ると、村のみんなも、手を振ってくれる。母さんも笑顔だ。



 待っていてくれたトーリのところへ辿り着く。

「じゃあ、行こうか」

「うん」


 トーリと暫く一緒に歩いても、トーリは何も言わない。

 母さんに抱きついたことを、てっきり、からかわれるかと思ったのに。


 気まずくて、僕から聞いてしまう。


「トーリ」

「うん?」


「からかわないんだね」


 トーリが、ニヤッと笑う。


「あんなに綺麗なお母さんだったら当然でしょう! 私も抱きつきたい!」


 僕はトーリの足を思い切り踏んづける。僕の気持ちを察したタツコも、トーリに火を吹く。


 僕もタツコも、手加減したのにトーリは大げさに痛い振りをする。


 分かる。トーリは多分、良い奴だ。


 王都かー! 長い旅になりそうだけど まあ、少しは楽しみになってきた!





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