第2話 竜討伐一家 赤の家

 仕方ないので、お兄さんを家に招いてあげる。

 母さんに事情を話すと、昨日の残りのカレーをお兄さんに出してくれる。


 それをお兄さんがガツガツと食べる。


 父さんが単身赴任で、一度カレーだと、二人ではなかなか食べきれなくて、ずっとカレーの無限ループが始まるから、ありがたいっちゃー、ありがたいけど。


 一度、母さんに「少なめに作ったら?」

って言ったことがあるんだけど、そうしたら「大きい鍋で、たくさん作るから美味しいんじゃないッ!!!」と、結構な剣幕で言われたので、それからは、言ってない……。父さんも料理について、何か言って、その後1ヶ月もの間、口を聞いて貰えなかったのを思いだしたからだ。


 竜の子供が、またお兄さんに齧りつく。今度は頭だ!


 さすが、子供といっても、人食い竜!!!喰らい方がすごい!


「あ、すみません。本当に恐縮なんですけど、この子にも何か食べ物を……」


 母さんと、僕はギョッとする。


 いや、厚かましいの域を超えてるよ!!!人をよこせってこと!?


 そういえば、身なりもいいし、貴族!? こんな小さな村の田舎者は、ペットの人食い竜のご飯ってこと!? とんでもない奴を家に招き入れてしまった。


 お兄さんが、慌てて付け加える。


「タツコは大丈夫なんです! この竜の子供は大丈夫です。草食なんです!」


 タツコ!? そんな名前なの!!! いやいや、違う!!! 草食!!!???


ーーー


 竜の子、タツコに畑のキャベツをあげる。こっちも、今年は採れすぎて、採れすぎるいうことは、他の家でも一緒。おすそ分けってわけにもいかなくて、こっちも、ありがたいっちゃー、ありがたいけど。


 お皿にキャベツを盛ってやると、お行儀よく座って、小さな両手で器用にキャベツを掴んで、ムシャムシャ食べる。


 とても、とても、可愛い……。


 カレーを食べ終わったお兄さんが、あらたまってお辞儀をする。


「ごちそうさまでした。超、美味しかったです!」


 お兄さんの言葉に母さんが嬉しそうにする。


「いい食べっぷりで、気持ちが良かったわー。この子なんて、カレーっていうと嫌な顔するんですよ」

「え! こんなに、美味しいのに!? 信じられないな!」

「あらッ! 本当に嬉しい!!!」


 母さん、やっぱり根に持って……。そして、お兄さんも、タツコのことを根に持って……。なぜに僕が悪役にッ!!!


 母さんが、タツコの方を見る。

「可愛いわねー」


 お兄さんが、目を丸くする。

「お母さんも、可愛いと思いますか!?」

「ええ! とっても!」


 お前のお母さんではない。母さんも、目がキラキラしちゃってるし!


 お兄さんがタツコの説明を始める。


「ダンジョンで、うろうろ迷子になってるのを見つけたんです。そうしたら、不思議なことに、草食で。他の竜とは違うみたいで。研究しようと。ちゃんと国からの許可はとってまして」


 研究? 許可? ピンクの髪に、緑の目、やっぱりそうか。


「申しおくれました。竜討伐御三家が赤の家、トーリです」


 なんか、自信ありげに胸はってるけど、まー、なんとなくは、そうかなと、思ってた。

 帽子からピンク色の髪見えてるし。赤の家の人が、ピンクの髪で、緑の目っていうのは、みんな良く知ってるし。


 トーリは、驚いたか!と、言わんばかりに、まだ胸をはっている。


「え!!! トーリさん、そうなんですか! ? スゴーイ!!!」


 いた。分かってなかった人が。


「ですが、私は大の竜好きなんです!!!」


 僕は驚いて、トーリに聞き返す。


「討伐隊なのに!? なんで!?」

「話せば長くなるんだけど……」

「……。じゃあいいや」

「ええッ!!!」


 母さんが身を乗り出す。

「聞きたいです!!!」

「では!」


 もう母さんは。

 トーリは意気揚々と、自分のことについて語りだした。


「初めて竜討伐の訓練のために、ダンジョン入ったのは、3歳の時。しかも、一人で」


 3歳!? なんて、スパルタ教育。


「もう魔物が、わんさか、わんさか、容赦なく、襲ってきて。極めつけに竜。デカイし、魔法まで使うし!!! なんとか逃げ帰ったけど、生きてたのが、不思議なくらい。もう、トラウマ。次、またダンジョンに行くなんてムリ!!!」


 そりゃ、トラウマだわ。竜討伐一家なんて、ただのセレブだと思ってたけど、大変なんだな。


「もう竜討伐なんて行きたくない。親に実戦に行けって言われたら、竜の研究するっていって、勉強するっていって、なんやかんや理由を付けて。ちゃんとやってないと、行かされるから、来る日も、来る日も、竜の資料を読み込み続けた。人がどんな風に食われちゃうとか!!!」


 うん? この流れで好きになるの???


「もう、本当に怖くて、眠れなくなった日もよくあった。それで………気付いたら、好きに、なってた!!!」


 ドMなのかな!?


「僕は、竜と人が共存できないかと考えているんだ!!!」


  また飛躍したなー!!!


「だって、竜は人だけじゃなくて魔物も食べるでしょ!? で、竜を味方にしたら魔物退治できるじゃない!!!」


 トーリが突然、立ち上がる。


「そんなわけで、僕は世界初の竜使いになりますッ!!!」


 なんだか、トーリの気迫に圧倒されて、母さんと二人でパチパチ手を叩く。


 キャベツを食べ終わったタツコが、僕の膝の上にちょこんとすわる。

 僕はタツコの頭をなでる。


 そしてトーリが、僕を指差す。

「そのために、君とタツコを研究したい!」

「ええッ!!! 何の話!?」


「タツコは人食い竜じゃないものの、全然、懐かないんだ!!! こんなに可愛いのに!!! それがどうだ! 君へのタツコの態度!」

「そんなこと、言われても」


「私と一緒に来てくれないか!?」

「やだよ」

「即答!?」


 トーリが考え込む。何か思い出したのか、当然、大声をあげる。


「てか、この村に勇者いる?」


 話が飛ぶなー。


「こんな片田舎に、勇者なんて、たいそうなもんいないよ」

「なんで、私がここにいるかといえば、巨大竜の討伐に向けての訓練と、勇者探し」

「巨大竜の討伐に勇者いるの? だって竜討伐御三家が勇者みたいなもんじゃない?」

「そうなんだけど……」


 トーリが僕の背中にある剣に目をやる。

「君? それは?」

「え? これ?」


 何だか母さんが、少し曇った顔をした気がした。さっきまで上機嫌だったし気のせいかな。


 トーリに、このバッタもんの剣をどう説明したものか少し考えていると、突然外から大きな音がする。


ーーー


 音が広場の方からしたので、トーリと慌てて広場の方へ向かう。

 

 広場には大きな人食い竜がいる。今まで見たことのない竜だ。人なんて軽く何人も飲み込んでしまいそうな程に大きい。


 「駐在している討伐隊を呼べ!」とか、叫び声とか、とにかく騒然としている。


 無理もない。人食い竜なんて自分とは関係のない、遠い世界の話だと思ってたんだ。

 他でもない僕も恐怖でいっぱいになる。


 そして、一人、のんびりした人間がいる。トーリだ。

 

「みなさん! 落ち着いてください! 人と竜は共存すべきなんですッ!!!」


 えっ! 今、それいう!? それだけいう!? 僕は経緯を聞いたから分かるけど、他の村の人には無理だよ!


「寛容さを持って竜と接すれば、きっと分かってくれます」


 すごい慈悲深い顔を浮かべている。


 村の人々は安心するどころか、憤りに溢れてしまう。みんなトーリを睨みつける。


 当然だ。普通、人食い竜を目の前にして、そんなこと思う方が無理だ。


 トーリが、カッコよく帽子を取る。


 ピンクの髪が、サラサラと美しく、風になびく。「決まった」というような顔をして、トーリが叫ぶ。


「私は竜討伐御三家が赤の家、トーリです!」


 村人の一人が怒りの声を上げる。


「知ってるよ! 帽子とらなくても、ピンクの髪見えてるし!!! カッコつけてないで、早く倒してくれよ!」


 村人の反応にトーリが、残念そうにする。


「え……。なんか、当たりが強いな……。なんで、いつも、いつも、みんなこんな態度なのかな」


 いつもなんだ……。トーリがやりたかったことは、分かるよ、うん。


 トーリのせいで、危機感が薄れてしまって、そんなことを考えていると、人食い竜が僕の前に飛んでくる。


 僕の目の前に、デカイ人食い竜。


 竜は頭がいい。


 剣を持っている僕を力のある生物、攻撃してくる生物とみなしたのかもしれない。


 クソー、こんな剣持ってるばっかりに! 「一応、持ち歩いて」って言った村長になんだか、腹が立ってしまう。


 村の人達の「ソイ、逃げろ!」って、叫ぶ声が次から次へと、僕に飛びかかる。


 逃げるって、言っても、逃げ切れるもの?


 剣を投げ捨てるか? それも今更!? そんな風に思考だけが巡って体が働かない。


 そんな僕の前に緑の生き物が飛んでくる。


 タツコだ。


 竜の前に、小さな翼をパタパタさせながら立ちはだかる。


 タツコは、自分より何倍も、何倍も大きな竜に向かって、僕を守ろうと、小さな炎を吐き出す。


 本当に、小さいし、全然、人食い竜に届いてない。


 そんな姿がいじらしくて、僕はタツコを抱きかかえ、かばうようにして、そのまま、うずくまる。


 あー、短い人生だったな。人食い竜なんて遠い世界の話なんて思ってたから、こんなことになったのかな。


 いろいろと覚悟したものの、何も起きない。体を起こして、恐る恐る見ると、トーリが竜に立ちはだかっている。


 さすが、竜討伐御三家!!! カッコイイ!


 トーリが僕に話しかける。


「君はお友達を嫌いになってしまったことはないかい?」


 えええ!!! この人はまだ語るの!? この状況でぇ!?

 驚きすぎて、僕は普通に質問に答えてしまう。


「そりゃ……、あるけど」


 トーリが、続ける。


「それはきっとパーツが足りてないからだ。相手の事情をよくしらなくて、理解できなくなってしまう。竜のこともよく知れば戦わなくたって、分かりあえ……」


 そんなトーリを、人食い竜がパクリッと、食べてしまう。


 ……たッ!!!食べられたッ!!!! 僕は叫ぶ!


「食べられちゃったぁー!!!」


 しばらくすると、竜の尾の上空に魔法陣が出現する。そこから、炎の矢がでてきて、それが、いくつも竜の尾に刺そる。


 竜が苦痛の叫び声をあげる。


 竜がトーリを吐き出す。


 で、出てきたぁッ!!!! トーリは唾液でベタベタだ!!!


 ベタベタのトーリが説明する。


「丸呑みするタイプの竜だからね。万が一食べられても、大丈夫だと思ったんだ。良い子は真似しちゃだめだよ」


 絶対真似しないし! 何だろう? 豪語したことに対しての照れ隠しなのか?


 竜は尾が地面に刺さっていて、身動きがとれない。


 トーリは竜の周辺を、指差し確認する。


「右よーし、左よーし、側面よーし」


 竜が口を大きく開く。炎を吐く気だ。


 それにも、動じることなく、トーリは地面に手を付く。


 竜の上に、いくつもの魔法陣が現れる。


 トーリが少し真剣な顔付きになる。


「竜討伐御三家が赤の家、トーリ!!! 赤の印!!!」


 そう叫ぶと、魔法陣からいくつもの炎の矢が、竜に降りかかる。


 雄叫びを上げると、竜はその場にバタッと倒れる。


 デカイ竜を本当に倒しちゃった。駐在している討伐隊の人達ではみたことのない、魔法で!!!


 スゴイ! スゴイよ!!!


 しばらくすると、村の人達からの拍手喝采が起きる!


 トーリがまた何か話し出す。


「竜はすばやい上に、飛ぶので、まず動きを封じましょう。そして周りに人などがいないか危険の有無を確認後、一気に仕留めましょう」

「普通に強いじゃん! すごいよ! トーリ!!!」


 トーリはまだ、説明を続ける。


「動きを封じると炎を吐いたり、魔法を使おうとしますが、ギリ間に合うので、慌てずに安全確認は怠らないようにしましょう。人命第一です」

「本当に、スゲェ!!!!」


 村人達の喜びの声は更に大きくなる。だけど、トーリは浮かない表情だ。


「討伐に関しては、幼少の頃から死ぬほど叩き込まれてるからね……。また、また倒してしまったぁ!!!」


 そうか。竜に使いになりたいんだった。


「それより、タツコは君をかばったね」

「あ、うん」

「君もタツコをかばったね」

「あんな姿、いじらしくて。いても立ってもいられなかったっていうか」


 トーリが真剣な表情になる。おろ? またお父さん気分なのかな?


 タツコをトーリに引き渡す。


「ほら。あんたのことも、嫌いじゃないみたいだよ。お父さんは、ちゃんと、あんただと思ってる」


 タツコがトーリに「キュッ」と、甘えた声を出す。


 トーリが涙目でタツコに抱きつこうとすると、タツコはまた、ソイの後ろに隠れてしまう。


「人食い竜で、ベタベタだから嫌だってさ」

「ううッ! タツコ!!! てか、君分かるの? タツコの思ってること」

「うん? なんとなく、そう思っただけ」


 タツコがまた頬ずりするので、僕はタツコを撫でてやる。


 そんな時、こちらを見つめるフード付きの長いローブのようなものを着ている男性が目に入った気がした。


 気のせいかもしれないけど。


 


 








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