第7話 妄執
「惚れ薬か」
魔女は男の爪先から頭のてっぺんまでをじっくり値踏みするように眺めたあと、
「良かろう、連いて来い」
そう言って魔女が杖をひと振りすると、何もなかった城跡に突如家が現れた。
「えっ? これって...」
「魔法で隠してあるんじゃよ。さあ、中へ」
相変わらず薬屋のような室内である。以前より更に散らかっているようで、テーブルの上には隙間が無いほど物が溢れている。一体どこで作業しているのか不思議に思うくらいだ。
床にも様々な物が乱雑に置かれていて、足の踏み場もない。男が戸惑っていると、
「ホイッと! ほら、これで通れるじゃろ」
魔女が杖をひと振りして物を移動させる。ついでにテーブルの上も多少キレイにした。男が中に入ると、
「惚れ薬には二種類ある。一つは不特定多数の人物に対して効果を発揮するもの、もう一つが特定の人物に対してのみ効果を発揮するもの、どちらが欲しい?」
「特定の人物に対してのみの方だ」
「ふむ、意中の者が居て、その心を掴みたいという訳か。相手の体の一部が必要となるが、手に入れられるかの?」
「体の一部というと?」
「一般的なのは髪の毛じゃな。爪の先でもいいが、手に入れるのは難しいじゃろ?」
男は少し考えてから、
「何とかやってみよう」
「良かろう。ではこの紙にお主の名前と相手の名前を書け」
そう言って魔女が手渡したのは、人の形に切り取った二枚の紙だった。
「分かった...これでいいか?」
魔女は男の書いた紙を受け取ってしばし眺めたあと、
「あぁ、これで良い。髪が手に入ったらまたここに来い。それと前金でこれだけ払って貰おうかの」
「た、高いな...」
「イヤならいいんじゃ。無理にとは言わん」
「わ、分かったよ...払えばいいんだろ...」
男は渋々といった感じで支払った。
「毎度ありぃ~」
男が帰ったあと、名前の書かれた二枚の紙を見詰めながら、魔女は怪しく微笑んだ。
「面白くなってきたの♪」
その紙には一枚に「ルイス」もう一枚に「エミリ」と書いてあった。
◇◇◇
「なぁ、頼むよ。どうしても何か記念になる物を持っていたいんだ」
「そう言われましても困ります...」
今、ルイスはエミリの家で働いている侍女を捕まえて交渉している。エミリの屋敷に出入り禁止を食らっているので、仕方なく屋敷の前で張り込みをして、侍女が買い物に出たところを捕まえたという訳だ。
「エミリの使っている物が何か欲しいんだ。具体的には櫛とか。思い出として大事に取っておきたいんだよ。分かるだろ?」
「で、でもルイス様はもう...」
「だからこそだよ。もう会えないなら、せめて物だけでもって気持ち分かってくれるだろ?」
分からないし、普通に気持ち悪い。だがそれを口にすると、逆上されそうで怖い。侍女が何も言えないでいると、それを了承と受け取ったルイスは、
「これは前金だ。櫛を持って来てくれたら、この倍払おう。頼んだよ?」
「あ、ちょ、まっ、」
侍女の手に金を押しつけるようにして、ルイスは帰って行った。
天望の魔女 真理亜 @maria-mina
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