第4話 覚悟
「おい、マスター! 腹が減った! 肉じゃ! 肉を出せ!」
「へいっ! 喜んで!」
「まだ食べるのね...」
さっきから酒をがぶ呑みし、ツマミを散々パクついておきながら、今度は骨付き肉にかぶり付く魔女を、エミリは冷めた目で見詰めた。
「かかか、良く食い良く呑み良く眠る。これが健康の秘訣じゃよ」
「はいはい...」
「なんじゃ、ノリの悪いヤツじゃのう」
「...さっき、マスターからあなたのことを聞いたわ。孤児院に寄付したり、町のみんなに薬をタダで配ったりしてるって。ちょっと意外だった」
「お主が持ってる魔女のイメージと違ったか?」
「えぇ、違ったわ。魔女はもっと悪い人だと思ってたもの。きっとあなたは良い魔女なのね」
「かかか、良い魔女か。まぁ、確かにそう見えるのかも知れんな」
「えっ!? 違うの!?」
すると魔女は居住いを正して、
「なぁ、お主。魔女の死因の第1位がなんだか知っとるか?」
いきなり問われたエミリはビックリした。
「死因って...そもそも魔女は不老不死だって言ってなかった?」
「確かに不老不死じゃが不死身という訳じゃない」
「じゃあ...なにかしら...病死?」
「自殺じゃ」
エミリは思わず息を呑んだ。
「魔女の生きる時間と人の生きる時間は違い過ぎる。人の一生など魔女にとっては一瞬でしかない。とんなに仲良くなっても人は先に死に、魔女は生き続ける。出会いの分だけ別れがある。別れには悲しみが付き纏う。その悲しみが積もり積もって魔女の心を蝕み、やがて自ら命を絶つ。そうやって魔女は次第に数を減らして行った。今じゃこの辺りに住む魔女は妾だけになってしもうた」
そこで魔女は一度言葉を切って酒を呷った。
「妾もいずれそうなるじゃろう。だからと言って、人と関わらないで生きていくのは寂し過ぎる。孤独に生きていくには魔女の生きる時間はあまりにも長過ぎる。人と寄り添い、出会いと別れを繰り返しつつ、何世代にも渡って人々の記憶に残っていくことが出来れば、妾の生きている意味が少しはあるのではないか? そう思うようにしておる」
エミリは言葉が出なかった。この魔女は、ちゃらんぽらんに生きているように見えて、孤独と苦悩を抱えながら、それでも常に明るく前向きに振る舞っている。それに比べて自分はどうだろう?
確かに酷い裏切りを受けた。親友だと思っていた女友達に婚約者を取られた。悔しかった。許せないと思った。だから復讐を決意した。別れさせてやると誓った。だから魔女の元を訪れた。
今思い返せば、なんて後ろ向きな考えなんだろう...本当は分かっていた。あの二人を別れさせても、元婚約者が自分の元に戻って来ることはないって。
それでも良いと思っていた。あの二人が仲良く寄り添う姿を見るのは耐えられない。自分のプライドが許さない。そう思っていたのだが、ここに来てその覚悟がグラついているのを感じ始めていた。
(私、本当はどうしたいんだろう...)
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