第18話 過去⑤
これは私がゼノン=スカーレットと出会う200年前の話──。
ワァァァァ───!!!
「魔族を殺せー!!!!」
「人間を許すな!!!焼き払え!!!!」
当時は魔族と人間の戦争が今よりも最も酷かった。多分この頃が最も酷かったと思うわ。
この頃の私は既に勇者の手によって人間側に移り住んでいたわ。でもその勇者も100年ほど前に姿をくらましたのだけれど。人間の寿命から考えれば恐らく勇者はどこかで野たれ死んだだろう。けどその姿を誰にも見られたくなかったからどこかに雲隠れしたんだと思ったわ。
当時の私は荒れていた。多分過去最高に。思い出すのが恥ずかしいぐらいだわ。だから語りたくないのだけれど。
勇者の死なんて私にはどうでもよかった。
強くなった私はすぐに魔族との争いに参加した。……この言い方は正しくないわね。私は魔族を片っ端から殺していた。
だから人間に味方したわけじゃなかったわ。私が勝手に攻撃を仕掛けていただけ。
そんなつもりで1人で戦っていたらいつの間にか人間の英雄などと呼ばれるようになっていた。
だけど誤解のないように伝えておくわ。私は人間が好きじゃない。いや、それどころか嫌いだ。元々魔王の娘なのよね。人間を好きになれるはずがなかった。だから魔族に私の味方がいたら直ぐにそちらに向かうつもりだったわ。
当時の私から見れば人間なんて路傍の石に過ぎない。寿命は短いし、弱いし、脆い。こんな脆弱な生き物ごときに魔族が苦戦してることにも腹が立つ。勝手に私を担ぐことにもムカつく。教えを乞う姿には吐き気と今すぐ殺したいという衝動に襲われた。
私を襲おうというものや女として迫ってくるものは実際に殺したわ。
何年も何年も私は戦い続けた。人間ごときどうでもいい。そう、どうでもよかった。私の一生からすれば人間なんて存在したことにもならない。すぐに死ぬんだもの。
だから……………。
そんなある日の事だった。その日、たまたま……本当にたまたま街をぶらつくことにした。適当な酒を飲みたかったの。
………人間なんてゴミみたいなものだと思ってばかりいたけれどこの料理と酒だけは認めてあげてもいいわ。
適当な店に入っては上等な酒を注文する。人間の味方をしていて良かったと思うのは人間の金を貰ってこんなふうに酒を飲める事ね。
その日も同じ店で同じ酒を同じ料理を注文していた。
………この店だけは魔族の進行から守ってあげてもいいと思うわ。ただし、料理を作り続ける限りだけど。最近見つけたお気に入りなのよね。
モグモグと料理を堪能していた時のことだ。
「僕を弟子にしてください!!」
ゴミの雑音が私の酒を遮った。
その事に店が急にザワつく。
ここでは私の料理中は私に話しかけないのがマナーになっていた。この前ここで私をナンパしに来たバカを半殺しにしてやったからだ。命を取らなかっただけで感謝して欲しいものだわ。
私は少年を無視して再び酒をグイッと気持ちよく一気飲みする。
「…マスター」
「は、はい」
いつもは朗らかな顔を浮かべて注文を聞くマスターもこの時ばかりは顔を青ざめていた。私の存在を知っているからまた店の心配をしているのだろう。
「ご馳走様…。お代金はここに置いていくわ」
「あ、ありがとうございました…。またのお越しを……」
土下座しているゴミを無視して私は店をゆっくりと出た。
「あ、ま、待ってください」
「お、お願いします!弟子にしてください!!」
「戦い方を教えてください!」
「ゆ、夢があるんです!!」
「お願いします!!!!」
私の歩く先で土下座を繰り返すゴミに辟易とする。ここまでしつこいタイプは久方ぶりね。もうゴキブリかしら?って思っちゃうわ。
「弟子にしてください!!お願いします!!!!」
そして私はとうとう
「ふん!」
「グハッ!」
土下座するゴミの腹に蹴りを入れた。もちろん死なない程度には調整している。
吹っ飛ばされたゴミは本物のゴミが集まる場所にシュートされた。我ながらナイスシュートだわ。
「ここまでついてきたらそれはもうストーカーよ。変質者」
ピクピクとしているゴミにそう言い放ち、その場を後にする。
ここまですればもう私に弟子入りをすることは無いだろうと意気込んで。
ゴミが私につきまっとった次の日…。私はこの日も魔族の群れを倒していた。
「"夢幻"のファナだー!!!!」
「黙りなさい」
ざしゅ!!
「ハァ!!!"死突"!!」
「バ、化け物か…!」
何百、何千の魔族を私は狩る。同族を探して。仇敵を探して。
「ファナ様の凱旋だー!!!」
「「「うぉぉぉ!!!!」」」
別にコイツらゴミの味方をしてやったつもりは無いのに。敵の敵は味方という関係性だと言うのに都合がいいと
あぁ、イライラするわ。
こんな時は酒を飲もう。そう思って私はいつもの店に、いつもの席に足を運ぶ。
「いらっしゃいませ」
「マスターいつものを」
「かしこまりました」
この店は完璧だわ。先ず騒がしくない。料理と酒は美味しい。この際この店は私が買って私の専門にしましょうかと考えてしまうほどには。
そんな最高な雰囲気な私を邪魔するものが現れた。
「弟子にしてください!」
………この時の気持ちは生涯忘れないだろうと思ったわ。200年後の今でも覚えてる。苛立ちがMAXまで募り本当に殺してやろうかと思ったわ。それでも踏みとどまったのはこのお店とお酒で調子が良かったから。
何故このゴミがいるのかしら?昨日死なない程度とは言えかなりの威力の蹴りをお見舞いしたはずだと言うのに。
マスターも私の不機嫌を察したのだろう。すごく脅えているのが分かったわ。ほかのお客も思わずお会計を急ぐほどに。
「ファナ様!!弟子にしてください!お願いします!!!!」
またも土下座をして私に頼み込むゴミに苛立つけど、ここで黙らせてもきっと彼は明日も現れるでしょう。ならいっそ…
「無理よ。面倒臭い。人間のくせに生意気。殺すわよ?」
全力で魔力を放ち威圧する。答えるつもりもなかったのに私に口を開かせただけ大したことあるわ。英雄なんて呼ばれてからこういうことは少なくなかったけどここまでのものは初めてよ。
この威圧は普通の人間ならすぐに気絶する。たとえ魔族との戦いに参加している兵士でも。明確な死の気配が見えるんだから当然よね。
ここまで拒絶すれば引くだろう。そう思ってた。
だけど……
「……ハァハァハァ……」
何故かゴミは過呼吸に陥るだけで気絶しなかった。……おかしいわね……?そこまで強くも見えないゴミがここまでこれに耐えるの?
しかし程なくしてゴミが気絶した。これ程までに耐えるとは予想外ね。前に私を犯そうとした変態のゴミ騎士は一瞬で気絶したのに。
「ふぅ…。マスター、お会計………を…」
そこまで言って気づいた。現在私の周りにたっている人間は誰一人いない。全員が私の威圧にやられて気絶していた。
………これはさすがにやりすぎたわね。私はかなり多めの料金を店において出た。
これでゴミに付きまとわれることもないだろう。ここまでされたら誰だって諦めるわ。
だけど………
「弟子にしてください!!!」
「師匠!!」
「お願いします!!!!」
「夢があるんです!!」
「このとうりです!!!」
私が行く先々に現れた。思わず街の騎士に「この人、ストーカーです!」と通報してやりたいわ!
結局先に折れたのは私だった。
「師匠、弟子にしてください!!!俺にはどうしても叶えなくちゃならない夢があるんです!!」
「はぁ…………。何なのよ。その夢というものは…………」
あまりに鬱陶しすぎたので会話に応じることにした。これで諦めさせる、もしくはいい所の妥協点を見つけるつもりだった。それに応じるつもりもないなら殺す気だった。
「……え?聞いてくれるんですか?」
「早くしなさい。私の時間を奪っているという自覚をしなさい」
「は、はい。俺約束したんです。死んだ幼馴染と家族に。『世界一の冒険者になる』って。だから俺は強くならなきゃいけないんです!」
はぁ……つまらない。とてもありきたりな理由。少しも意外性も面白みもない。
「そう言ってた者は全員戦争で死んだわ。あなたも無駄死にすることになるわよ?分かったらそんな夢や幼馴染のことなんて忘れて生き残ったことを幸運に思って生きるべきよ」
彼の加護は見る限り上等なものじゃない。加護の判別は苦手だから確かとは言えないけど『剣士』ね。ありふれた職業のひとつだわ。しかも彼が首から下げているのは冒険者のプレート。白は1番下のFランクね。
「!!!それでも俺は夢を叶えたいんです!!例え死ぬとしても!!」
「ハァ………。じゃあチャンスをあげるわ」
「ほ、本当ですか!?」
「1分以内に私を1歩でも動かすもしくは私に攻撃を与えることが出来たら弟子にしてあげるわ。私は1歩も動かない。貴方は何をしてもOKよ。はい、スタート」
私は彼に背中を向けたまま立ち止まる。
「え?何をしても…」
「もう始まっているわよ。せっかくの私の時間を無駄にしないでくれるかしら?」
私は手を広げて如何にもかかってこいと言わんばかりのポーズをとる。
「で、では!」
私の背中に向けて彼が拳を振るおうとしているのが気配感知でわかる。ハァ。本当にムカつくわ。
「舐めてるのかしら?」
私は体をねじり彼の拳を掴むと回転の勢いで彼を投げ飛ばした。1歩も動かないとは言っても反撃をしないとは言ってないもの。ゴミに反撃するぐらいなら動かずともできるわ。
「おぅわぁぁぁ!!!」
ドゴォォン!!
彼は勢いのままに壁に衝突する。あの様子じゃ上手く受け身だけはとれたのね。
「あなたの加護を生かさない。状況を使わない。魔法を使わない。剣も使わない。私に怪我させたくないから?それがあなたの全力なの?ふざけてるつもりなら今すぐ消えなさい。殺すわよ?」
私の苛立ちがその日のピークに達した。周囲のゴミには申し訳ないけど殺気が溢れているのが分かったわ。
「う、うわぁぁ!!」
私の言葉に意識を改めたのかゴミはしっかりと加護と武器を活かして私を剣で後ろから刺そうとしているのがわかる。
けど…、
「残念ね…」
「え?」
彼の剣を左腕を後ろにまわし指と指の間で挟み込む。それだけで彼の剣はもうピクリとも動かない。それほどまでに
グイッと腕を引っ張って剣をこちらに引き寄せる。剣を手放さかった彼ごとこちらに引きつられる。
私はくっついたゴミを
「1分を超えたわ」
後ろ回し蹴りでぶっ飛ばした。
「剣が愚直すぎる。周りの
既に気絶しているだろうゴミにそう言い放ち私はその場を去った。これでようやく解放されたわ。
スッキリとしたその日は月が満月で綺麗だった。
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