第15話 修行②

「さて、教えることは一応一通り教えたわ。これだけじゃないけどそれはまたその都度教えましょう。─ここからは実践よ。強くなるための本格的な修行を始めるわ」


ファナによりしばらくの間、血袋にされていた。


その30分後、ゼノンはまだ顔が少し青い状態で、ファナは美肌がツヤッツヤの状態で2人はファナの屋敷の庭にいた。


そしてゼノンの手にはファナから貸してもらった武器が握られている。


左手には短剣を右手には長剣を握っている。


「……その前に何か言うことはありませんか?誰かさんのせいで俺は失血死寸前だったんですけど?」


「…きっと大きな蚊に血を吸われたのね…。可哀想に」


ファナはよよっと泣き真似まで加えてきた。もし周りに男がいたらその姿に心を撃ち抜かれていただろう。それぐらい自然かつ美しかった。


しかし、ゼノンはそんな感情を抱かない。心の中にあるのは…


(そんなでかい蚊がいてたまるか!!そんなもんいたら人類の5割は失血死するぞ!)


ファナへの怒りに溢れていた。


動けるほどには血が戻ってきたものの未だにその足取りは少し重い。


「……戦う前に聞きたいことがあるわ…」


「なんですか?」


「あなたはどうして剣を握らなかったの?その姿を見るに拳が本来の武器ってことはないでしょう?負けると分かってどうして最後まで抜かなかったのかしら?」


…。そう言われてゼノンはファナとの戦いを思い出す。


「師匠で言うところの自分のポリシーを守るためってことですよ。」


「へぇ…」


ゼノンのその答えにファナは感嘆の声を漏らす。


「俺が戦う時は修行の時か…、敵であると判断した時のみです。それ以外は剣を抜かないと決めています」


「命より大事なことなの?」


下手したらゼノンはあの時、ファナに殺されていた。……いや、ミオの治療がなかったら確実にゼノンは今、ここに立っていないだろう。


「当然です」


「ふふ、やっぱり私の目に狂いはなかったようね…。あなた面白いわよ」


己の命よりも己の信念の方が大事だとゼノンをファナは面白いと言う。聞く人が聞けば狂っているとしか思えないだろう。


「けれど、今回は遠慮は無用よ。文字通りで来なさい。ここは私の結界が張ってあるから街に被害は及ばないわ」


「…は、はぁ……。いや、その……」


獰猛な笑みを浮かべ、早く戦いたいからなのか若干早口になるファナに対してゼノンの言葉はどこかたどたどしい。


「あら、まさか血液魔法を使ったぐらいで私に勝てるとでも?思い上がりも甚だしいわね。安心なさい。あなたが血液魔法を使ったところで私には勝てないわ。──これでも英雄なの」


「いや、そうではないんですけど……」


ゼノンの言葉がたどたどしい理由をゼノンの傲慢から来るものだと予測したファナだが、それは外れていた。


「はっきりしないわね。早く言いなさい」


「いや、実は俺…………………血液魔法を使えないんです」


「………………………………は?」


「…どういうことかしら?さっきと同じく冗談としたら笑えないわね。今度こそ破門にするわよ」


「いや、こんなとこで冗談なんて言いませんって。マジなやつです。血液魔法には条件があるんですよ」


「それは?」


「え?いやー…それはそのぉ…」


「……心臓…」


「ヴ…」


ファナは吸血鬼としての最大の弱点心臓のことをゼノンに迫られて教えた。自分の最大の弱点を晒したのにゼノンが晒さないのは不公平だろうとファナは訴えているのだ。


最もゼノンが心臓のことを知りたかったのはファナをいつか相手するからという理由ではない訳だが。


「はぁ…。血液魔法を使う時は『守る』っていう気持ちがないと使えないんですよ」


(正確には大切な人を守るっていう気持ちだがな)


それはゼノンが魔王になると決めた時の誓いであった。それはゼノンの血液魔法にも影響を及ぼしたのだ。


ファナには言わなかったが、血液魔法の強さはゼノンのその時の気持ちの強さに依存する。つまりゼノンが大切な人を守りたいと思えば思うほど血液魔法は強力になる。


「なるほど…。それがあなたの………。はぁ。それでは仕方ないわね。今回は剣技のみということにしましょう」


「あれ?意外とあっさりですね」


もっとごねるものだとゼノンは思っていた。もしくはもっと試す。例えば…ゼノンに「ミオを殺す」と言ってくるぐらいはするものだと思っていた。


「そんな凡愚なことはしないわ。使いたくないならともかく使えないなら仕方ないわね。あなたに嫌われれば使わせることも出来るでしょうけど、それはまだ早いわ。こんなところであなたに嫌われて面白いものを見れないのはごめんよ。これでも女の子なの。好意のある男の子に嫌われるのが嫌なのは当然でしょ?」


(好意って…)


俺のことを面白い観察対象もしくはモルモットとしか見ていないと思っていないだろうに…。


ゼノンは口には出さないがそう思った。今のゼノンはファナの実験動物か血袋程度しか見られていないということはここ数日で理解していた。


「嘘じゃないわ。本当よ?もし今すぐ誰かと結婚しろと言われたら間違いなくあなたを選ぶでしょうね」


(血袋としてな。そりゃ上手い食料置いときたいわな)


「はぁ。これ以上の問答は無用ね。始めましょう」


ファナのその言葉を合図にお互いの雰囲気が変わる


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