はちゃめちゃ

 数分続いた二人の言い合いはコバちゃんの

「なんだお前ら、仲良いなら席は横だな」

 という無理やりな言葉で終わった。

 当然、その言葉に二人は反論はしていたものの「朝礼終わり」と言い、コバちゃんは教室を去っていった。本当に自由人だ。

 一番後ろの席で横に並ぶ二人を眺めるとまた言い合いを始め出したらしい。

「こっから近づくの禁止ね!」

「誰も近づかねーよ!リンゴジュースが」

 小学生か、と思わせるようなケンカにまだみんな呆然としている。

 普通は転校生が来たら次の休み時間は席にみんなが集まると思うが誰も近づけずにいる。

 女子は話しに行こうとしてるが近づけない。

 男子は気絶しているため近づけない。ていうか、こいつら可愛い子見て気絶ってなんだよ。

「ねぇ、どうすんの?」

 鹿野が少し不安そうに問いかけてくる。

「どうするも何も、放置だろ」

 俺には二人の間に入りに行く勇気はない。

「葵を見てもそれが言える?」

 伊佐町は顔を机にふせ、耳を塞いでいた。

 まるでお化け屋敷に入った子供のみたいだ。

「なんであんな自分に自信がないんだ」

 伊佐町を見るといつもそう思ってしまう。

「簡単でしょ」

「ん?」

 鹿野は俺の独り言を聞き逃さずに反応した。

「葵は自分の良いところなんて分からない。悪いところは自分でも分かるらしいけど」

「どういう意味?」

「自分の心のままに生きてる。葵の良いところは葵の中では普通でしかないの」

 まさに善人、ということだろうか。

 他者からの評価は高いが自己評価は低い、そこでみんなとの考え方に差があるのだろう。

「無意識に自分のハードルを上げてるってことか」

「そういうこと」

「なるほどね」

 淡々と告げているが、本当に伊佐町のことを考えているのだと分かる。「別にあんたのことを考えてた訳じゃないんだからね!」と言うようなキャラではないが、似たようなものだろう。なんか、笑える。

「ニヤニヤしてる途中で申し訳ないけど、あの二人どうするの?」

 顔が無意識に笑っていたらしい。

「分かった。ちょっと行ってくるわ」

 そう言って席を立つ。

 まだ言い合いを続けている翠たちの後ろまで行き、二人の間に手を挟み、言い合いを遮る。

「はい、そこまで」

 二人が同時にこっちを見つめる。

 翠は何か言いたげだが俺は続ける。

「二人とも周り見てみ」

 二人にそう言うと我に返ったように周りを見渡す。女子たちは口をぽかんと開けてこちらを眺めていて、男子はまだ気絶している。

 あわわ、と合田紅は顔を赤くして下を向いた。

 翠はあさっての方向を見て頬を赤くする。

「仲良くとは言わないけど、静かにな」

「「すみません」」

 二人は同時に謝った。

 そこでちょうど一時間目が始まるチャイムがなった。

 一時間目は現代国語、入ってきた教師は男子の気絶に驚いていた。



 一時間目が終わると男子はみんな目が覚めており、クラスのほとんどは合田紅の周りに集まっていた。

 翠との言い合いが逆にクラスメイトが彼女と接しやすい空気を作ったのだろうか。

「もみってすごい名前だね」「どこ住んでるの?」「双葉くんとどんな関係?」「どこからきたの?」などと言った質問攻めを一つ一つ丁寧に返していた。

 この調子だと友達もすぐにできるだろう。

 伊佐町も翠とは何も関係がないことを知り、いつもの感じに戻っていた。

 一方、翠はまだふてくされているのか一人で黙ってノートをまとめている。

「良かったね、葵がいつも通りになって」

 鹿野のその言葉に「うん」とだけ返した。



 その日の学校は朝礼後以上に荒れた感じは無く、いつも通り無事に終わった。

 いつもと違うのは翠と一緒に帰ろうとした時に

「私も一緒に帰っていい?」

 と伊佐町が言ってきたことだ。少しでも翠と距離を近づけたいのだろう。

「あ、俺は用事あるから先に帰るわ」

 そう言って教室を出ようとするがそんな俺を止めたのは翠でも伊佐町でもなく鹿野。

「美空も出来れば一緒帰ってあげて。そして色々と助けてあげて」

 伊佐町を見ると、ものすごいスピードで頷いている。

 伊佐町が一緒に帰ろ?、と言ったのは鹿野のアドバイスなのだろう。

 俺はそれを承諾して三人で帰ることになった。


 特にこれと言った会話は無く、黙々と三人で歩く。

 これはすごく気まずい。いつもなら翠が何かしら話題を出すが色々あって疲れているのか、今日はそれがない。

「双葉くん、もみちゃんと仲良くしてあげてね」

 いきなり切り出したのはもちろん伊佐町。

 何か話題を出そうと捻り出したのだろう。

「わざとじゃないのに責めたのは俺が悪いけど、あの人とは合わない」

 リンゴジュースがかかったのは合田紅は知らなかったらしい。

 誤解は双方、解けていたらしい。

 俺が知らない間に色々と進んでいた。

「でもなんだかんだでいい人って感じするけどな」

「うん!話したら紅ちゃん本当に優しいよ!」

 悪い空気に持っていかないために言っておくと伊佐町が共感してくれた。 

 俺が知らない間で仲良くなったらしい。

「優しい?あれが?」

「うん!もみちゃん、優しいよ」

「消しゴム落とした時、『しっかりしてよ、邪魔になるでしょ』って言ってたぞ」

 俺が知らない間にそんな出来事があったのか。

「えぇ、でもその後にちゃんと拾ってあげてたから許してあげて?」

「余計な一言だったけどな」

「その後も双葉くんがありがとうって言った時に小さい声で『うん』って言ってたよ。本当は仲良くしたいんだと思うよ」

 それも俺知らない。

 などと思っていると、クラクションが横にある車から聞こえた。

 何度も見たことのある車、翠の父親の車だ。

 窓が開き、助手席の翠父が顔を出した。

 翠父は病院の院長をしているというのは聞いたことがある。

 まさか運転手までいるとは思わなかった。

「ちょうどよかった、話があったんだ」

 翠にそう言った翠父に会釈すると「久しぶり」と笑顔で返してくれた。

「どーしたの?」

「明日って創立記念日だったよね?」

 連休が明け、またその次の日が休みとなる。

「そうだけど」

「ちょっとお願いがあるんだ」

 翠父は昔は急に頼み事をしているイメージがあったが今も変わらないらしい。

 翠の返事を待たずに翠父は口を開き、続ける。

「最近この街に引っ越してきた知り合いがいてね、その人の娘さんに街を案内してあげてほしいんだ」

「えぇ、いつもだけど、もっと早く言ってよ」

「ごめんごめん」

 翠父は笑いながら謝った。

「あー、明日は……」

 翠が何か言おうとするがそれを遮って俺が言う。

「翠は明日用事ないらしいんで大丈夫ですよ」

「あ、おい裏切んなよ!」

 俺がいたずらに笑い、翠父に伝える。

 俺が言わないと適当に理由をつけてバックれるつもりだったのだろう。

「そっか、ありがとう海。じゃあ翠は明日九時に駅前で」

 翠父がそう伝えて立ち去ろうとしたが翠がそれを止める。

「おい、ちょっと待て。名前とか特徴教えろよ」

「おっと危ない、忘れてた」

 本当にこの人は昔から重要なことを言わずに嵐のように去っていこうとする。それで昔から嫁さんと翠によく怒られていた覚えがある。

「名前は確か、合田紅。学校は同じはずだから会話には困らないと思うよ」

 翠父は固まる三人に見向きもせず「それじゃあね」と去っていった。

 その車を俺たち三人は口をぽかんと開けて見つめた。


 止まっていた俺たちを通り越した中学生が話しているのが聞こえた。

「やっぱ、時代はラブコメっしょ!」

 

 


 







  







 

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