美空海

 連休明け最初の学校登校日。

 俺はスマホを片手にフェンスに体重を預け、友達を待っていた。

 スマホを見るとクラスの男子だけで作られている会話グループは盛り上がっていた。今日は転校生が来るらしく、クラスの男どもは楽しそうに話している。

 転校生だけではここまで盛り上がったりはしない。理由はクラスの担任が言った一言。

「転校生は女の子、めちゃくちゃ可愛かったよ」

 この言葉を聞き、男どもは浮かれまくっている。「俺がもらう」「いや俺がもらうぞ」「お前には渡さん」といった会話がここではされていた。

 高校二年でも男子はバカと勘違いやろうのダブルパンチである。

 このバカにはもちろん俺も含まれている。理由は最初に「俺がもらう」と言ったのは俺だからだ。

 それにしても、集合していた時間が過ぎても友達である双葉翠が姿を見せない。

 翠とは昔から家が近く、親同士も仲が良いため昔から仲良くしていた。今は親友と呼べる関係でもある。

 そんな翠は数分たってから姿を見せたがその姿はなぜかびしょびしょに濡れていた。

「なんで濡れてんの?」

 今日は雨などは降っておらず、打ち水をする気温でもないだろう。

「通り魔リンゴジュースにやられた」

「俺は梨の方が好きだな」

 聞いたこともない言葉で返してきたため、とりあえず俺の好みを教えてあげた。

「リンゴジュースを持った女子高生とぶつかったってわけ」

「街角で?」

「そう街角で」

 街角でぶつかるとはロマンチックな話だと思うが、テンションが低いのはリンゴジュースが原因だろう。

「女子高生が翠に覆い被さった形になってリンゴジュースが頭にかかったってことか」

 憶測で言ってみると翠が頷いたので当たっているらしい。

「ごめんね、わたし急いでるからって言い残して消えていった」

「それは災難だったな」

 俺はケラケラと笑ってしまう。

「まぁ、今日は可愛い転校生が来るらしいし、全部忘れちゃえ」

 無理やり話を変えると、翠はため息をつき

「静かな子なら大歓迎」

 と言った。

「もしかしたら通り魔リンゴジュースかもよ?」

 いじるように言うと翠は「それはないだろ」と苦笑をもらしていた。それに対して俺も「まぁ、そうだな」と笑い返した。

 ん?なんかフラグってやつじゃね?とはこの時は気が付かない。


 学校の門を通ると後ろから話しかけられた。

 振り返ると一人の女子高生が小走りで向かって来るのがわかった。

 彼女は伊佐町葵。俺と翠とは中学から同級生。髪は肩ぐらいまであり身長はごく普通。容姿は恵まれており、とても優しく、気配りができるため男女ともに人気がある。

 そんな彼女が声をかけてくれたが嬉しいとは思ったりしない。

「おはよう美空くん」

「おはよう」

 俺となにげない普通の挨拶をした後に伊佐町は気合を入れるように深呼吸をしてから口を開く。

「おはよう!双葉くん!」

 遠くにいる翠にも挨拶をする。その姿を見て頑張れ、と思ってしまう。

「おはよう、伊佐町。今日もげんきだな」

「そ、そうかなぁ。あはは」

 言い終えた伊佐町は小声で「よし!」と手を握り喜んでいた。

 伊佐町は翠に好意を寄せているのはずっと前から知っている。二年近くの片想いだ。

 中学のときに何かあったのだろうけど陰から応援している身として理由は聞かないようにしている。

「ところで双葉くんはなんで頭濡れてるの?」

 


 教室に入るとクラスの男子は分かりやすくそわそわしていた。髪をワックスでしっかりと決めたり、くしで髪を整えている。

 変わんねえだろ、と思いながら席に着く。

「男子って本当にすごいね」

 そう言ったのは前の席に座る鹿野栞だ。

「頑張るところを間違えてるって言うかなんていうか」

 憐れむ眼差しで呆れたように口にしている。

「直接言ったらどうだ?0は1にならないぞって」

「やだよ、だるいし。そしてそこまでは思ってない」

「まぁ、そうだよな」

 鹿野は物事をはっきり言う性格が買われ、女子からの相談が殺到するほど。なんだかんだで、性格は良い。

「美空はいつも通りなんだね」

 俺の見た目がいつも同じことを確認してから鹿野が言う。

「俺の場合、変えても意味ないしな」

 そう言うと鹿野は「まだ諦め切れないんだ」と呟いた。

「そういや、伊佐町はなんか言ってた?」

 鹿野は伊佐町からも相談を受けているらしく途中経過をいつも教えてくれる。

「告白しないと、とは思ってるらしいよ」

「それは良かった」

「双葉くんはどうなの?」

「あいつとはそんな話はしない」

 実際、長年一緒にいると恋愛話など恥ずかしくなって出来ないものだ。

 などと考えていると、チャイムが鳴り、急に教室がうるさくなる。

 理由は簡単、担任の小林先生が入ってきたからだ。みんなからはコバちゃんと呼ばれているアラサー女性。

「コバちゃん転校生は?」

 生徒の一人がコバちゃんに問いかけると

「まぁまぁ後で紹介するから」

 そう言うと「えぇー、今じゃだめなの?」「はやく知りたいよぉ」「そうやって後回しにするから結婚出来ないんだぞ」などと言ったブーイングが起こった。

「はぁ、分かったから静かにね」

 子供のようなブーイングと結婚に触れられたからか先生は折れてしまう。

 先生は教室の外に出て、数秒後にまた入ってきた。

 先生が入ってから数秒後に転校生と思われる女子生徒が教室に入ってくる。長い髪に大きな目をしている。可愛いというより綺麗系だ。

「えぇ、やば。可愛すぎ」「脚長、顔綺麗」「髪さらさら」などと言った言葉が女子から聞こえてくる。

 男子の多くは目を見開き、口を鯉のようにパクパクさせている。言葉に出来ないらしい。

「こんにちは!合田紅といいます。皆さんよろしくお願いします!」

 にっこりと笑う彼女に男子はとうとう顔を伏せてしまう。俺ともう一人を除いて。

 翠が驚いたように目を見開き口をうごかす。

「通り魔リンゴジュースじゃん」

 そんな言葉に彼女は反応して翠に向かって指をさした。

「あぁー!あんたのせいでジュース無くなった!」

 さっきのおしとやかな感じと違って大きな声で言い返した。

「お前がぶつかってきたんだろうが!」

「あなたが避けてくれたらあたってませんでしたー!」

「それはお前もだろ!」

「いーや!あなた!」

 などと言った言い合いが繰り広げられていた。

 クラスメイトは状況についていけず呆然としているだけだった。

 おそらくさっき言っていた通り魔リンゴジュースは彼女のことだろう。

「なに、どういうこと?」

 鹿野が体ごとこちらに向けてきた。状況を確認したいのだろう。

「簡単に言うと顔見知り」

「もう少し掘り下げたら?」

「朝ぶつかった関係」

 なるほど、と納得した様子だった。二人の会話を聞いてある程度予想は出来ていたのだろう。

「面白いことになりそう」

 そう言うと鹿野は俺に後ろを向くようにジェスチャーしてきた。

「あれを見てもそれが言える?」

 後ろにはまるで地蔵の様に固まった伊佐町がいた。

「前言撤回」

 なんか申し訳ない気持ちになる。

「街角でぶつかった、なんて少女漫画みたいだね!」

 クラスの女子がそう言ったのが聞こえた。

 

 

 










 

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