第1話

「佐久間くーん」


僕が教室に戻ると、女の子が手を振りながら近付いてきた。

 少し小走りだったからか、後ろで結っていた髪が左右に揺れていた。


「どうしたの? 高じゃなくて美桜」


「あー! また苗字で呼ぼうとしてたー! 名前で呼んでって何回も言ってるのにー」


彼女が「もう!」と頬を膨らませながら言った。とても可愛い。


彼女の名前は高野 美桜。俺の彼女になった女の子だ。ちなみに付き合ったのは今日である。



 ──これは数分前。


僕は屋上に呼び出されていた。

美桜は僕が来たことに気が付くと、僕に近付いて手を握ってきた。


「私、あなたのことが好き」

「え、えええええ⁉」


突然の告白で僕は叫んでしまった。


「何? その、嘘だろって言いたげた目は」

「いいえ、なんでもないです……」


 彼女が僕を少し睨みつけてきた。僕は美桜の圧に負け、つい怖気付いてしまった。


「そう、ならいいんだけど」

「は、はあ。それでこの告白は、何かのイタズラとかですか?」

「はあ? そんな訳ないでしょ。本気よ、本気」

「は、はあ」

「それで、付き合うの? 付き合わないの?」


僕は少し待って、と言ってこの場を逃げ出したかった。


しかし僕も男だ。逃げ出す訳にはいなかった。

 憧れていた人から告白される機会など、二度とないかもしれない。

 例え、この告白が嘘だとしても、断る理由などないのだった。


「わかった。付き合おう」


 僕が真っ直ぐと見て返事をすると、美桜は顔を真っ赤に染めた。


「あ、ありがとう。今日からよろしくね! 私のことは美桜って呼んでね。私も佐久間くんって呼ぶから」


彼女は微笑むと、小走りで僕の目の前から立ち去った。



そんなことがあり、僕たちは付き合い始めた。


「それで、何かあった?」

「ううん、一緒に帰ろうかなって」


美桜は髪を弄りながら、恥ずかしそうに言う。


「ヒューヒュー! お熱いね!」

「お似合いだよ! いいねぇ!」


クラスメイトの数人が冷やかしてきたからか、美桜は僕の手を引いて教室の外に出ようとする。

彼女の柔らかい手で、不覚にも異性だと意識してしまう。


「佐久間くん、帰ろ! あんな奴らのことは無視していいから!」


僕は美桜に連れられるまま、教室を立ち去った。


そのとき、ふと僕は思ってしまった。


やはり、この告白は嘘なのかもしれない。

恥ずかしいから、こう言っているのだろう。


──だったら、なんで彼女は。


彼女に手を引っ張られながら考えてみたが、僕にはまるでわからなかった。

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