7 よりみち

 今日は一本目のワープを終え、二本目のワープに移る日だ。スウから配信された今日の日程によると昼前にワープアウトがあり、その時はブリッジに集合するとのことらしい。起きてからしばらくは船内ネットのアーカイブで私に役立ちそうな資料探しをして過ごした。ラボでの仕事に関係しそうなもの、温室に生えている草花の図鑑、複雑系に関する入門書、このペンサコラの船体に関する資料などを読んだり自分用のあんちょこをまとめてみた。大きな船長室のデスクは勉強に丁度いいし、物が少ない部屋は寂しいけれど集中しやすい利点があった。

 アーカイブの中にはユニーの所蔵する収集物の目録もあり、収集時期からそれに関する様々な分析が詳細に書かれている。所蔵点数も膨大だが、一件あたりの記述内容も充実しており綺麗な写真や成分解析の図表なども添付されていた。

 それから簡単に掃除と洗濯を済ませた。服が一着しかないので洗濯中は医務室で借りたシャツ一枚で過ごすしかない。洗濯機が船長室の水場に備え付けられていて助かったけれど、こういうタイミングで何か非常事態が起きたら困るな、と思った。次の寄港地では出来ることなら着替えも調達したい。



 時間には早いがブリッジに入ると既にくるみとネム、それにユニーがいた。二匹のイルカも泳いでいる。三人はお茶か何かを飲みながら談笑している。私はネムに手招きされるまま隣に腰掛けた。

「セイラ、ラボのログを見たよ。お仕事ご苦労様。しっかりやってるみたいだね」

 くるみの白い髪は少し寝癖がついている。

「もっと色々な事を覚えたいから何でもやらせて! 頑張るからさ」

「そんなに根を詰めなくてもいいんじゃない? 二本目のワープに入ったら診察だし、今日はゆっくりしていたら?」

 ネムはたしなめるようにそう言ってカップの飲み物を一口飲んだ。

「ところでネムの身体で飲み物とか飲めるの?」

「ああ、これ?これは人間用の飲み物じゃなくてただのポリエチレングリコールP E Gの水割りだよ。ナノマシンの潤滑剤に使うの。まあ普通の飲み物だって体の中に胃のような空間を作って無理やり流しこむこともできるけど、それだけナノマシンに不純物を混ぜることになるからあんまり良くないんだよね」

「なるほど……」

 “ただのポリエチレングリコール”がどんなものかは知らないけれど、言っていることはなんとなく分かった気がする。

「ヒトの肉体を失って何世紀経っても、一度身体で覚えた行動が抜けないのって我ながら不思議」

 ネムはお酒に酔ったような目をしている。

「ユニーはオイルか何かを飲んでいるの?」

『出た! ロボはオイル飲む発言。それは人間の偏見だよ〜』

『オイルは摺動部に注すんだよ』

 スウとジョウからすかさずツッコミが入った。なんかごめんなさい。でも顎の潤滑とか、あるんじゃない?

「これもポリエチレングリコールですよ。私の場合は飲んでも飲まなくても関係ないですが」

 ポリエチレングリコール、人気だ。美味しいのかな。

「さ、セイラは私とお茶でも飲みましょう」

 そう言ってくるみはポットを手に、紫色の花が浮いたお茶を注いでくれた。透明なポットの中で小さな花びらがくるくる回っている。くるみは猫舌なのかひと口が小さいし、頻繁に息で冷まそうとしていた。


「ところでカワサキはどうしてるの?」

 そういえば最初にこのブリッジで会って以来、一度も姿を見ていない。

「今はコールドスリープ中です。緊急事態があれば起こして良いことになっていますが、予定では二本目のワープ終了前まで寝ています」

 なるほどあの筋肉を観察する機会はしばらくおあずけ。この船のクルーはみんなよく眠る印象がある。

「あいつは寝起きが悪いから放っておいたほうが良いのよ」

 くるみはカワサキにちょっと厳しいのかな。仲はどうなんだろう。

「カワサキは元々普通の人間だから身体を機械に置き換えただけだといずれ脳に寿命が来るの。もちろん、脳だけならコンディションの管理がしやすいから普通の人間よりずっと長生きできるけど、それでも150年程度が限界だし晩年は認知機能の低下が著しくなる。だから普通の睡眠の代わりに脳だけコールドスリープさせるんだよ」

 ネムは船医だからカワサキの脳のことも診ているんだろうけど、コールドスリープの技術もこの船にはあるのだろうか。

 そんな私の疑問を見透かすようにくるみが話を引き継ぐ。

「全身のコールドスリープは設備が大掛かりになりがちだし解凍も確実に成功する保証は無いけど、脳だけなら比較的カンタン。それと睡眠も脳の活動の一種だから、全ての活動を停止させる普通のコールドスリープだと睡眠の代わりにはならないの。だから、凍結の深度をくらいに調節すると脳の寿命をうん伸ばしながら睡眠もとれるというわけ。カワサキは半生コールドスリープで夢でも見てる最中だと思うよ」

 なぜか脳みそのシャーベットを想像して怖くなってしまったが、どのみちやはり普通の人間とはかけ離れた世界らしい。ユニーとイルカたちはAIだから寿命は関係無さそうだし、いよいよ普通の脳と身体でいることが少し不安になりそうだ。でも自分が機械化手術を受けることの方がよっぽど怖いのも確かだった。


 皆が一堂に会する機会がなかったので、こうやって話をしている時間は楽しい。ブリッジのインテリアが船っぽくないことも手伝って、どこかの家の客間か小さな喫茶店にでもいるような雰囲気だ。だから宇宙にいるということを忘れてしまいそうになる。

 そんな時だった。突如ブリッジにアラーム音が鳴り、テーブルの上に警告を示すマークと幾つかの情報パネルが展開された。

『緊急! 電波で救難信号受信』

『ワープアウト宙域至近からのもので間違い無さそうだよ』

『いま判っている概要は船名が“大型恒星間移民船マザーシップテチューヘ”。信号は三年から五年程度前のものと推測できる』

 スウとジョウが矢継ぎ早に警告する。ワープ中は星の光があてにならないように、電波で送られる情報もノイズが多く曖昧らしい。

「ならひとまずその時点での危機はもう去っている、と考えるのが筋ね」

「と、いうことは?」

「危機を回避したか全滅したかその中間か。まあ、現場を見てみないことには分からない」

 緊急事態の中でも、くるみはどこかマイペースにお茶を飲んでいる。温度がちょうど良いくらいに冷めたらしい。

「とりあえずワープアウトへの危険が無さそうなら予定通り航行して、ワープアウト後に改めてデータ収集、ということで良いんじゃない?」

『OK、ワープアウトまであと五分』

『航行はスケジュール通り』

「特に私は何もしなくて良いの?」

「今回は何もしなくていいよ。条件次第では揺れが来ることもあるから、その時は注意しないといけないけどね」

「航行に関してはすべてスウとジョウがやってくれるので、私達はいつも基本的に受け身で大丈夫ですよ」

 そう言うとユニーは航行時の各種の情報を表示するコンソールの出し方を教えてくれた。船長室のそれと同じようにブリッジのテーブルもよく似た操作方法だった。表示されている数字の意味は、ワープアウトまでの時間を指すもの以外はよく理解できなかった。

 花の蜜のような香りのお茶を飲みながら、昂ぶる気持ちを抑えて長い長い五分を待った。



『ワープアウト完了! 全て異常なし』

 目も耳も何の変化も感じ取れないまま、ワープアウトの瞬間をスウの声で知った。いま窓から外を見れば元の白い天の川が見れるだろうか。ブリッジから見える真正面の空間には淡黄色の惑星が小さく浮かんでいる。

『早速データ収集を開始するよ』

『軌道変更の猶予はあと1時間37分』

『受かった! これを見て』

 ジョウの言葉とともにテーブルの上には星系儀が投影された。大小二つの主星の周囲にはいくつも惑星が回っている。今まさに観測が行われているためか、リアルタイムでの天体の追加や修正が高速に行われている。

『僕らが変針スイングバイを予定していたのがこの連星系、仮に“タイシェトA・B”と呼ぶよ』

『救難信号は恐らくこのタイシェト星系の第五周連星惑星軌道付近で発せられた可能性が高いね。一先ずこの惑星の呼称は “タイシェト・エコー”とするよ』

 テーブル上の恒星と惑星の脇に名前が表示された。

『航法カメラで撮影した画像がこれ』

 更にタイシェト・エコーを撮影した画像がいくつも表示された。情報が早すぎて頭が追いつかない。イルカは普段子供っぽいくせに仕事となると有能にしか見えなくなるから少し悔しい。

「これ、マザーシップ?」

 うす黄色い地面に黒っぽい線がのたくっている。所々途切れている箇所がある。

『サイズから考えて間違いないと思う。たまたまこちら側を向いていて良かった〜。救難信号はここに落ちるちょっと前だったんだね』

『タイシェト・エコーは電波でごく小規模ながら都市活動の兆候あり。光学観測ではまだ何も分からない』

『対宙開港の反応はなし。ディセンダー星だね』

 少し、どきっとした。

「何らかのアクシデントで不時着、わずかな生存者がマザーシップ資源で生活しているという感じかな」

 くるみは平然とおやつを食べながら状況を整理しているようだ。自らコンソールを操作して何かを確認している。

『スノーラインから少し外れてるね、マザーシップが生きてないと持たないんじゃないかな』

 そうこうしている間にもテーブル上の立体映像には次々と新しい情報が追加されていく。

「でも推定軌道半径やアルベドから考えても随分温暖な気候に見える、テラフォーミングは実行できたということかな」

 ネムが表示しているのは赤外線で観測したデータのパネルだ。

『確かにそうかも、温度分布や主星の輻射から逆算した推定大気モデルからするとテラフォーミングはやってある可能性大だね〜』

「タイシェトAは主系列から外れかけてるしタイシェトBはK型星。タイシェト・エコーの公転軌道面はほぼ主星と伴星のそれと一致してる。普通はこんなところ住むつもりでは選ばないはず」

 くるみがぶつぶつと独り言のようにつぶやく。

「それって二つの太陽がお互いに蝕を起こして見えるってこと?」

「そう。そうなると太陽が二つ見えるときと重なっているときとで輻射の量に差があるから気候の変動幅が大きくなる。だから選んだんじゃなくて、ここにせざるを得ない状況だった、と考えたほうが良さそうね」

 やっと会話に入れたのでちょっとうれしい。

『最新の写真がとれたよ。ごく小さな都市の姿がある』

 ジョウが新しい撮影画像を追加した。これまでよりずっと倍率が高く、地表の状態がよく見える。起伏の激しい地形らしい。マザーシップの残骸と思われる模様のすぐそばに小さな街がいくつかある。私の星もマザーシップに寄り添うように街をつくっていたからすぐに分かった。ここには生き残った人々が暮らしているんだ。

『これ、人はいるのかな。どうもおかしな点があるよ』

「それはどういうこと?」

『街はあるけど農地らしきものがない』

「マザーシップが生きてるならプラントで栽培できるんじゃない?」

『そうだけど、十分土地があるなら設備に依存しないほうが持続性が高いからね。土壌や気候的にダメなのかあるいは……』

 常にハキハキとしゃべるジョウが珍しく悩んでいる。

「降りてみなければ分からないところが多そうですね」

「そうね、私はどちらでも構わないけど」

「私は降りないけどお留守番なら任せてー」

 ネムは髪の毛を指でくるくる弄っている。


 くるみがカップをテーブルに置いてこちらを向く。

「さて、じゃあセイラ、あなたが決めて。このペンサコラはタイシェト・エコーに寄り道をする? それとも予定通りここで変針スイングバイの後に二本目のワープに移る?」

 私? えっ、どうしよう。急に意見を求められて面食らってしまった。どうするべきかなんで考えていなかった。船乗りなら救難を迷うべきじゃない。でもすでに都市が形成されているなら一応の暮らしがそこにはあって、当座の危機は去っている。ここで寄り道をしていいのかな。多分タイシェト・エコーの周回軌道に行けば、本来のコースからかなり外れることになる。そうすると復帰には時間がかかるだろうし、そもそもこの船の推進機関がどういうものなのかも知らない。だから寄り道のコストが見積もれない。なら予定通りに航行すれば何も問題はないわけで、でもすでに暮らしがジリ貧だとしたらディセンダー星だしここでの自力回復の見込みが無い。私達が見捨てたらここの人たちは……


「あまり難しく考えなくていいの。セイラの気持ちを聞いているだけだから。タイシェト・エコーに行きたい? それとも行きたくない?」

 私の狼狽をよそに、くるみの表情は温和で優しかった。ネムとユニーも同様だ。

 たしかにそうだ。この場できちんと通用する意見を組み立てようとしたけれど、救難信号を分析する会話にだって殆どついていけなかった私が理屈で考えて何がどうなると言うのだろう。素直に気持ちを言葉にすれば良かっただけなのだ。少し空回りをしている自分が恥ずかしい。

「私は……行きたい。タイシェト・エコーに降りたい」



『そうと決まれば軌道変更』

『はい変更完了〜』

『周回軌道への投入経路、出すよ〜』

『都市部への降下ウィンドウはこれね!』

『テンダーの自己診断モード起動しておいた』

『ネムはハンガーの隔壁チェックをお願いね〜』

「はい了解しましたー」

『カワサキはどうするの』

「機関に異常があるわけじゃないし、寝かせておいてあげましょ」

『降下メンバーは? ユニーとセイラが降りるとして、じゃあくるみは?』

「環境は悪く無さそうだし私も降りようかな」

「私、楽しみです!」


 ついこの間見たような展開で私はまた話に置いて行かれている。ここのクルーは決まると早い、というか平行して協働する技術が異様に高い。あとは頭の回転が早い。突然めまぐるしいスピードで話がまとまり方針が固まる。ついていけないことで感じる疎外感と、それでもこの輪の隅に座っていられることの誇らしさのような感情とが混ざり合って色違いの二重星のように廻っている。私がこの船でちゃんと役に立てるようになるのはまだまだ先になりそうだ。




 各自準備が済んだらハンガーに集合という話になっている。私はそれほど準備するものもないのですぐに済み、一番早く来てしまった。使えるかもしれないと思い、スクーターも持ってきた。

 船体下部のハンガーまで降りてきたのは初めてだ。実際には私が救助されたときに意識不明の状態でここを通ったのだろうけど、未だ知らない空間だ。

 ここはペンサコラ本船が惑星には直接降下できないことから、地上との連絡に使うテンダー降下船を収容するスペースで、整備ドックと発着場を兼ねている。テンダーは大小二種類あるほか、小型で方形のゴンドラのようなものが三機停まっている。管制のための簡易設備もあるが、イルカがやってくれるので人間の出番はない。整備や修理を担当するカワサキが使う作業部屋もあるが、居室ではないので今は無人だ。

 ハンガーの隣は物資搬入用の格納庫になっている。一級隔壁が設備されていて、天然病原体やナノ汚染を船内に持ち込まないよう検疫することが出来る。とはいえナノ汚染の場合は僅かな傷やゴミの挟み込みでも漏れる可能性があるらしく、ネムがナノマシンを使って漏れ検査をしているらしい。


「おまたせー」

 二人がフローターに乗って降りてきた。ユニーは運動着のような服装だが、いつもと違うポケットがたくさん付いている服だった。背中には大きなリュックを背負っている。くるみも着替えたようだけれど、こちらはいつもとあまり変わらないヒラヒラのついたワンピース姿だ。小さなポーチのような黒い箱を肩から掛けているが、私以上に軽装だ。

 今回私達が乗り込むテンダーは二機あるうちの小さい方。機体外板には私に読めない文字で何か書かれている。

「エアロビスタ、それがこのの名前なんです」

 そう言うとユニーは子供を撫でるような手つきで外板に触れた。


 開いているハッチから乗り込むと、着陸地点を探したり通信を行なうための簡単なコンソールが用意されている。すでに起動していて、何らかのプログラムが動作していた。地表付近までは基本的に自動なので乗員は何もしなくて良いらしい。搭乗定員は四名。あまり広くはないのでカワサキが乗っていたら多分すごく狭くなっていただろうな、と思った。とりあえず座席の脇にあるプレートの注意書きの通りにシートベルトを締めた。スクーターは座席の下のカゴになんとか収まった。

「じゃあ出発前に必要事項の確認から。今回の目的は単なる実態調査。マザーシップ付近に形成されている市街地とおぼしきエリアに降りて人の生存状況や生活実態を調べること。友好的なら聞き取りを、そうでなければ即時撤退ね。

 ディセンダー星は基本的に治安が悪いことが多いから、テンダーも私達もすべて略奪の対象になり得る。そういうわけで、セイラはユニーからあまり離れないでいてね。ユニーなら大抵の事態には対処できるから」

 当のユニーは先程からずっとニコニコしている。惑星に降りるのが好きなのか、それともができるから嬉しいのか。

「ユニーってそんなに強いの?」

「そうよ。ユニーこと正式名“スーパーユニバースII型”は警護目的で使われることもあるくらいだから」

「ちょ、ちょっとくるみ! その呼び方はやめてくださいって言ったじゃないですか!!」

 急にユニーがうろたえてくるみの肩を揺さぶる。さすがに赤面する機能までは無いのだろうけど、表情や仕草からどことなく頬を赤らめているように錯覚してしまう。

「とまあ、こんな感じでユニー的にはすごくダサくて嫌だから正式名で呼ぶのはNGなの」

「何を考えてこんな名前にしたのかメーカーにクレームを言いたいくらいですよ……」

 私はかっこいいと思ってしまったけれど、このことは黙っておいたほうが良さそうだ。


『こちらブリッジ。エアロビスタ、聞こえる?』

 コンソールからネムの声がした。

「こちらエアロビスタ、聞こえてるよ」

『そちらのナビはジョウが担当するからね』

 すると、目の前にいつもより小さなサイズのピンクのイルカが現れた。

『それじゃあ出発するよ〜! みんなシートベルトは締めたかな。じゃあエアロビスタ発進〜』

 いよいよだ。子供の遠足のように間延びしたジョウの合図で搭乗口のハッチが閉まり、機関の作動音がうるうると聞こえ始めた。エアロビスタ用のドック周辺は隔壁が降りてハンガーから隔離される。機体の外から来る音は聞こえなくなってきているから、ドック内は今空気を抜いて大きなエアロックになっている最中だと思う。ガコッという振動でドックが前に傾き機体前方にある扉がゆっくり開くと、間近に迫るタイシェト・エコーが姿を現した。眩しくて淡黄色に光っている。滑るように前進して数瞬の後、おなかにふわっとくる感じがあった。


 ……もう宇宙に投げ出されている。瞬きする間に音もなくペンサコラが離れていく。もう少しじっくり見ていたかったが、既に点にしか見えないほど遠い。眼下のタイシェト・エコーを眺めると、沢山の細長く伸びた雲が地表すれすれを這っている。まだ地表から雲までの距離よりも遥かに高いところにいるからそう見えるのだろう。こんなに近くで宇宙から惑星を見下ろすのは初めてだ。昼と夜の境界線は連星系のためか思ったよりもぼやけている。エアロビスタは一気に高度を落とし、夜の側の静かな闇の中でプラズマ化した大気の光に包まれた。

 地上から見れば、私たちはいま流星の中にいるんだ。


 夜の側を周り込んで再び昼側に出ると、雲の向こうに黒いマザーシップの長大な残骸があった。資源として採り尽くされたのではなく、殆ど墜落に近い形で地面に衝突したように見える。山を切り裂き、地面に半ば埋もれ、原型を留めず破裂したように砕け散っている部分が多い。周囲には無数の小さなクレーターがあり、中に水が溜まっている。


「街だ!」

 マザーシップの比較的健全な部分の近く、小さな街の幾つかが道路で繋がっている様子が判った。周辺の植物相は貧弱で、砂漠のような荒れ地が広がっている。どこか既視感のある光景だ。

「恒星間移民のスタートアップ時にはありふれた状況なんだけど、やっぱりマザーシップの損傷がひどいし建物がある割には農地が見えてこない」

 くるみは既にコンソールを操作して情報を収集しているように見えた。ユニーは黙ったままそわそわしている。

『大気成分の分析完了。予想通り生身で問題ないよ』


 当初の予定とはかなり違う展開になったけれど、こうして私は星の海を渡り、最初の惑星に降り立った。




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