6 ナノマニアとモノマニア
これは満天の星、ではなく全天の星だ。
船長室の机から表示できるコンソールで船の機能にアクセスできることがわかった。今は正式な船長ではないので権限の関係から操作できることは少ないけれど、AIイルカのジョウが航法カメラのいくつかを使えるようにしてくれた。広角から望遠まで、複数種類のカメラが船体による死角の無いように配置されている。地面のない宇宙空間では星の見えない方向がない。
ちなみにジョウはピンクの方で、スウは水色。ようやく区別がついてきた。声は一緒でも性格には違いがあって、スウは少しそっけないところがある一方、ジョウは何かと気にかけてくれる印象がある。
望遠鏡はそれほど口径が大きくないとジョウは言っていたけれど、諸元を参照するとどれも40cm以上はあるようだ。家にあった小さなものとは比較にならないくらい高性能だし、何よりここは大気の底ではなく宇宙空間だから、モニターに映し出された星像は硬く澄み切っている。それに生きているカメラを使ったこと自体が初めてだった。ワープ中に見える星は位置関係が曖昧で星表が当てにならないから、マニュアルモードで適当に動かしては気になるものを見たり写真を撮ってみたりフィルターを換えてみたりという遊び方しか出来ないけれど、星の海に憧れていた頃の私は天文学に関するアーカイブを読み漁っていたから、こうやって実際の宇宙船で天測の真似事をしているだけでも気持ちが踊った。ワープ特有の、七色に妖しく歪む天の川は美しい。
『セイラ、カメラのコントロールもらうよ!』
いつもの立体映像ではなくモニター上のアニメーションのスウがそう言うと私が操作していたカメラはこちらから動かすことが出来なくなった。航法カメラとして使う必要のあるときはイルカたちが操作権限に割り込める約束になっている。ワープ中でも前方視野の僅かな領域は星の位置関係がある程度信頼できるため、定期的にワープアウト宙域のデータ収集を行うらしい。
仕方がないけど、そろそろ植物園のラボへ向かう時間だったので丁度いい。軽く朝食を済まし、支度をして船長室を出る。こうやって“出勤”をすると、やはり小さな村で一人暮らしをしているような気分だ。船内の通路でスクーターを使ったら怒られるだろうか。そうすれば通勤が随分と楽になるのに。しかし歩くことはリハビリにもなるだろうし嫌いではない。そんなことを考えながら殺風景な細長い道を歩いた。
今日の仕事は藻類プラントの面倒を見る他、土壌菌類のデータの集計と船内バイオスフィアを管理するコンソールのチュートリアルをこなすこと。自動で出来なくもないところまであえて人の手でやるのは、私がここの仕組みを覚えられるようにくるみが計らってくれているらしい。菌類についてはあまり詳しくないが、バイオスフィアの管理システムは農科の授業で経験がある。どうにか手に負える程度の難しさなのは、これももしかすると計算の内なんだろうか。
ともあれ仕事が与えられたことはとても嬉しかった。一人で過ごしていると、どうしてもあの日の記憶が悪夢のようにフラッシュバックする。生まれ育った世界がたった一日で終わってしまったのだから、そう簡単に消化できるようなものではなかった。ここでの生活が日常になっていくほど反芻する時間が増えてしまうのが少し怖い。過去を振り切らなければ心がいつまでもディセンダー星に置いてきたままになってしまう。
だから仕事のために手を動かしている時間は、それだけでもかなり気が紛れた。少しでも前に進める気がした。
船乗りに憧れて学んだはずの天文学の知識はここでは遊びにしかならない割に、好きではなかった藻類農場の仕事が役に立っているのは皮肉な話だと思う。夢に任せて学んだ宇宙のこと、船のことは全てAIがやる仕事だった。ここで通用するのは今のところ、嫌々ながらに身につけた実業科目に関することだけだ。
くるみは今日はずっと寝ているらしいので、所定の作業を終えた後は温室に出てお昼を食べることにした。この船には食堂が無いため私室のほか適当に好きな場所で食べることになる。今はちょうど温室の人工光が一番明るい時間帯。木の葉の隙間からまだらに光が落ちる円テーブルに掛けた。備蓄の食材を使って適当に作ってみた弁当、見た目はイマイチだけど味はそれほど悪くなかった。ここの空気が良いのも関係しているかもしれない。出来ればもっと色々な調味料があれば料理の幅が広がるかなと思う。寄港地で手に入れられるか、そうでなければこの温室で栽培するなど出来ないものだろうか。
食後、腹ごなしに園内を散策することにした。少し時間をかけながら観察してみると小さな花から大きな木、木から生えるヒダのようなもの、日陰の地面に貼り付いた藻に似たものまで、様々な種類の植物が交じり合って生えている。葉にも様々な形と色がある。一つの場所に多くても数種類の植物が生えているところしか見たことがなかったので、ここの生態系は信じられないくらい複雑だ。植物には詳しくないせいで何が生えているのか見ただけでは全く分からない。ラボに目録がないか今度調べてみようと思う。
更に温室の奥のほうへ歩いて行くと誰かの気配を感じ、木立の先の広場にユニーがいるのが見えた。運動着のような服を着て髪を後ろに束ねた彼女は背の低いロボット達と何か会話をしている。あのロボット達は温室の園丁で、人型ではないし会話できるような知能を持たないシンプルなものだと聞いていたが、ユニーは小さな子供の面倒を見る先生のように振舞っていた。
「……というわけで、よろしくお願いね」
ユニーの声を聞いたロボットたちは一斉にそれぞれの方向へ動き出して行った。各々にユニーから仕事が割り当てられていたのだろうか。
「こんにちは、ユニー」
「こんにちは、セイラ。もう体の具合は正常ですか?」
振り返って返事をするユニーの物腰は柔らかく、こうして見る限り脳も身体も人間だと言われたら疑いようがない。目元のホクロも人工的にそう設計されたということなのだろうか。
「うん、おかげさまですっかり良くなった。今日もこのあとネムの診察はあるけどね。それから私の事、助けてくれてありがとう。あのときは本当に死んだと思ってたから……」
ネムとは何かと話す機会が多いが、ユニーとはきちんと会えていなかったのでようやくお礼を言うことが出来た。
「それから……私のスクーターもユニーが拾ってきてくれたんだよね?」
「ええ、セイラのすぐ近くにあったので、念のため」
「ありがとう。あれはお父さんとの形見なんだ」
「カタミ? ……それは重要なものですか」
「うん、とっても大事なもの!」
「そうですか、それは良かった……。なるほど、カタミ……」
言葉の穏やかさとは裏腹に、横を向いたユニーの表情は笑顔を少しばかり通り過ぎたような緩み方をしていた。嬉しさの方向性がある感情なら良いことなのだろうけど、何らかのツボに触れたのだろうか。
「ところでユニーはここで仕事中なの?」
「いえ、大したことではありませんが個人的に無くした物を探していて……。この辺りで落としたと思うので、あの子達に探す手伝いをお願いしたところです」
園丁ロボはサンプル採取も仕事のうちだと聞いているので、探し物を頼むには最適なのかも知れない。
「そうだったんだ、じゃあ私も手伝おうかな」
「ありがとう。でもこの後診察があるのでは」
「あっ、そうだった。スクーターのお礼にでもなればなと思ったんだけどね」
「お礼はカタミという言葉で十分ですから」
嬉しそうな顔で言われるとそういうものなんだなと納得してしまいそうだが、何を言いたいのかはよく分からない。どうもユニーは形見という言葉に何か引っかかるものがあるらしい。
ユニーと別れた私は図書室へ向かった。図書室は三層に跨っていて、一番上のフロアは植物園と繋がった閲覧室になっている。ここから一番下の層に降りれば、そこの出口から医務室に直行できるということを事前に調べてある。別に通っていく必要はないけれど、移動のついでに図書室の見物も兼ねることが出来るのだ。
図書室への入口は温室を挟んでラボの反対側にあり、こちらも同じく簡易エアロックのようなドアが付いていた。温室に出入りするときは基本的にこのタイプのドアを通るようになっているらしい。
図書室は植物園の側から光を取り込めるように大きな窓がついていて、とても明るかった。内装は船内のどの部屋とも違い、見たことのない固い繊維質の素材で出来ている。合成繊維とは風合いがまるで違って見え、近づいてよく見ると複雑な模様が走っているし、不思議と落ち着く香りがした。これは多分、大きく育った木を切り出した木材というものだと思う。切り出す場所や向きで模様が違って見えるらしい。閲覧用の机や椅子も色は違うが木材で出来ていて、表面は滑らかだった。
階下に降りると先ほどまでの香りがぐっと強くなる。部屋は真っ暗だったが、私が入ると自動でぼんやりした照明が点灯した。温室の明るさに目が慣れていたのでかなり暗く感じる。大きな棚が幾つもあって、そこに本が隙間なく並んでいる。ここからが書庫なのだ。大小様々な紙の本があるけれど、私の知らない文字で書いてあるものが殆どでなので読むのは無理そうだった。ずっしりと重たいそれを何冊か開いて眺めてみると、知らない文字でも本によってそれぞれが異なる種類の言語で書かれているように感じる。くるみなら司書をしていると言っていたし、これらの言語を読むことだって出来るのかもしれない。でも、検索もできず、言語もバラバラの紙の本は情報を保管する上でどんな意味があるのだろうか。
狭い通路を歩いていると、薄暗い一隅に小さな何かが光るのが見えた。つまみ上げてみると、それは小さなガラスの円盤のようなものだった。ほぼ透明な円盤の外周には何か金属のエッチングのような精巧な模様が入っている。ユニーの落し物はこれかもしれないと思い、とりあえずポケットに入れた。
「さて、今日の調子はいかがかな?」
ネムは今日も白い。
「うん、体力はまだ完全じゃないけど仕事も出来るし歩きまわっても…問題な……い…っきしっ」
また急に鼻がむず痒くなり、開口一番くしゃみをしてしまった。
「うーん、やっぱりね」
「やっぱり?」
「実は昨日の診察の時に免疫の検査をしたんだけど、セイラはナノマシンアレルギーがあるみたいだね。だから私の近くに来るとくしゃみが出る」
「このくしゃみ、アレルギーのせいだったんだ」
アレルギーという言葉は知っていたけれど、昔の人がなる病気だと思っていた。文明病なんて言われていたっけ。
「病原化ナノマシンに感染した時に体がナノマシンを敵として記憶したの。マシンはどのようにプログラムするかで振る舞いを変えるけど、体の免疫システムはそのことを知らずに同じ病原体が来たと認識して排除しようとする。だからアレルギー体質じゃなくてもこういう場合は症状が出ることが多いの。というわけで、これを打つよ。さ、腕を出して」
ネムは銀色のペンのようなものを取り出し、その先端を私の腕に当てると、プシン! という小さな金属音と共に少し冷たい感覚が入って来た。痛みはない。
「これは?」
「セイラの身体の機能を調整するためのナノマシン。これでナノマシンアレルギーはどうにかなるはず」
「ナノマシンのアレルギーの治療のためにナノマシンを打ってもいいものなの?」
「まあ、短期的な症状を覚悟の上で無理やり打ってもどうにか出来るけど、今回はマシンの種類自体が違うから大丈夫。セイラのアレルギーは特定のマシン種に対するものだからね。ひとくちにナノマシンと言っても色々な種類があって、例えば私の身体も六種類のマシンを使って構成してるの。病原化ナノマシンも複数種類を組み合わせてる。セイラの免疫は多分、体内で特に目立った動きをしていたマシン種に
「それぞれのマシンが別々の機能を持っていて、特定のやつが実際に攻撃をしてきたということ?」
「うーん、ちょっと違うかな。万能な機械と思われがちがけど、ナノマシン単体の働きはとてもシンプルだから実はそんなに難しい事は出来ない。とてもじゃないけど一つのナノマシンだけで有益な作用を生み出すことは無理。
でも異なる種類のマシンと組み合わせたり、同じマシン種でも異なるアルゴリズムをインストールすると使い方次第では相互作用を起こして少し複雑な仕事ができるようになって、そういうユニットをさらに複数組み合わせて行くことで更に高度なことが出来るようになるの。
もちろん簡単なことではないし研究も実験も沢山しないといけない。研究者のコミュニティでは毎日新しい論文が発表されていて、読むだけでも楽しいけど膨大な試行錯誤の中から実際に有益な仕事ができるレシピを作れるかどうかはナノマシン技師の腕の見せどころかな」
いつも淡白な話し方をするネムが珍しく愉しげな口調だ。まるで何かのスイッチが入ったように、眠たげだった表情も今は明るい。ナノマシンは不可能を可能にする魔法の粉のような失われた技術と教えられていたし、私自身もどこかそんなふうに思って疑わずにいた。でも現実にそれを運用している場では専門的な技術や知識だけでなく、常にできる事の限界のライン上に立ってなお前に進む熱意が必要になる。衰退する文明と恒星間文明との間にある溝は多分こういうところに横たわっているのだろう。ネムの誇らしげな笑顔を見ていてそんなことを考えた。
「実は似たようなものはくるみにも打ってあるんだよ」
「くるみもアレルギーがあるの?」
「あの子は大丈夫。だけど生身の肉体で長い年月銀河を旅するのは負担が大きいから、健康のためのおまじないかな。もちろん今打ったものはセイラ専用に組んだレシピだけど、アレルギーの治療の他にも色々な効果があって、具体的に言うとね……」
ネムの説明によると、投与されたナノマシンは身体内部で様々な効能があるらしい。アレルギー反応の抑制のほか、気圧の急低下に少し強くなる、低酸素下での脳機能の損傷が少し抑えられる、膀胱炎に少しだけなりにくい、脈拍の乱れが少し抑えられる、眠りの質が少し上がる、筋肉痛の回復が少し早くなる、放射線障害に少し耐性がつく、急な運動でも少し脇腹が痛くなりにくくなる、少し肌荒れしにくくなる、少し鼻づまりしにくくなる、おなかを少し壊しにくくなる、目の暗順応が少し早くなる、血栓が少し出来にくくなる、生理が少し楽になるなどの効果があるらしい。
やっぱり魔法の粉かもしれない。
「す、すごいけど……なんで全部少しなの?」
「複雑系だからだよ。人間の体はどの部分をとっても他の部分と密接に関係し合ってる。だから特定の部分を都合のいいように変えてしまうと、他の部分に影響が出てくるかもしれない。その影響が悪いものかもしれないし、同時に複数箇所に起こったり、連鎖したりする。そうなると却って健康を損なったり最悪の場合は命に関わる。だから大幅に何かを変えるのは良くないの」
複雑系に関しては生態系について習った時に聞きかじった程度だけれど、物事の因果関係が予期せぬつながりを持っていたり微妙なバランスの上に成り立っているとかそういう話だった。ちょっとしたことで全体が破綻する事もあれば、大きな擾乱を吸収して何事もなかったように振る舞うこともある。バランスを保っていたものが、ある時を境に急にバラバラになることもあればどこかに収束することもあるとか何とか。
「悪い影響が出ない範囲でなるべく色々な効能を持たせようと苦労した私の自信作だよー。長年くるみで実……さまざまな経験を得られたお陰で少しずつ改良してこの形になったんだ」
いま確実に“実験”と言いかけていた。
「あまり効果は実感出来ないかもしれないけれど、どれも宇宙で生きていく上では死亡率を下げるためのもの。特に船外活動をするときは小さなリスクが致命的になることが多いし役に立つと思う」
「船外活動……私も出来るの?」
「もちろん。大事な仕事だよ。ペンサコラはクルーの人数にしては船体が大きいから、何かあった時は人手が足りなくなることもあるの。だからセイラが参加してくれるとみんな助かると思う」
ここに来て初めての宇宙っぽい仕事のオファーだ。できる事は何でもやるつもりでいたけれど、元々の憧れに近い役目が来ると分かると、途端にざわざわした興奮が身体の中を巡った。
「カーパーループではセイラ用の宇宙服を買いましょ」
ネムはこれから眠るらしいので、医務室を後にしてひとまず船長室に帰ることにした。
船外活動……宇宙服……。歩きながら宇宙服を着た自分を想像してみるが、どう頑張っても不格好な姿しか思い浮かばないのが辛い。今はどういうデザインの宇宙服が流行りなんだろうか。私の知識にある宇宙服だと数百年は前の型だろう。
そういえば宇宙服を買うと言っていたけれど、私は当然お金なんて持っていない。ペンサコラのクルーは雇われて船に乗っているわけではないから何処からか給料が支払われるわけでもない。他の皆はどうしているのだろう。それに、船を運行するにも費用がかかるはずだ。
そんなことをつらつら考えていると、通路の先にユニーが歩いている姿があった。先ほどとは違い、ヒラヒラの付いた服を着ている。よく見ると歩いている、というよりは板のようなものの上に乗って移動をしているようだった。丁度いいタイミングなので落し物を渡したいが、小走りで追いかけてみても距離が縮まらないので意外とスピードが速いらしい。今はまだ走るとすぐに息が切れてしまう。
ユニーがこちらに気付いて振り向くと、乗っている板もピタッと停まった。
「セイラ? もう診察は終ったのですか」
少し息を整えてから答える。
「うん、いまさっき終わった所。それは何?」
私はユニーの足元を指した。透明な厚みのあるガラス板のような正方形の板だ。床から少し浮いた状態で静止している。
「これですか? 通路移動用のフローターです。すぐそこが私の部屋なのでセイラも良ければ来ませんか?」そう言ってユニーは横に半歩ずれて板のスペースを空けてくれた。「こちらへどうぞ」
促されるままに恐る恐る乗ってみると、浮いていることが判らないほど安定感のあるものだった。そして滑らかに前進する。……そして5秒くらいで停止した。
「ここが私の部屋です」
本当にすぐそこだった。
私とユニーが降りた後、フローターはピンと直立し、ドアの脇にあるスリットに吸い込まれた。スリットは三本あり、今は三本ともフローターが刺さっている状態だ。考えてみれば船長室を含め、船内の大抵の部屋の前にはこれがある。歩くには少し長い廊下もこれを使って移動すれば良いだけだった。誰も教えてくれなかったけれど、宇宙では常識なのかな。
部屋に入ると滑らかに動くピンクの姿が見えた。ジョウが宙を泳いでいる。イルカたちはプロジェクターがあるところならどこにでも出てこれるようだ。
「ところで、さっき図書室でこれを拾ったんだけど……ユニーの落し物ってこれのこと?」
ガラスの円盤をユニーに見せる。
「これは私のものではないですね……。どこかで見たような気はしますが」
「ジョウは見覚えある?」
『んん〜、分からないや。ボクも……それにスウのメモリーにも無いみたい。どこかで見たような気はするんだけどね〜』
AIでも見たような気がするという曖昧な状態があるんだな、と思った。
「せっかくだからセイラ、私の部屋を案内しましょう」
船長室の何倍も大きなこの部屋は船倉をユニー用の居室に改造したものだという。突き当りがよく見えないくらい広くて背の高い棚が並び、物であふれていた。機械類や金属片、細かいジャンクパーツのようなもの、後はただの石や何かの鉱物、小瓶に入った砂などが並んでいる。無生物、ということ以外には特に共通点を見出だせない。中には化石や何かの殻のような生物由来のものもあったがジャンル的には石なのだろう。なんとなく私が小さい頃、マザーシップの遺構探検で見つけたガラクタを部屋の棚に飾っていた事を思い出した。
物の数は多いけれどよく整理されていて、ちょっとしたタグや銘板のようなものまで付けられている。ユニーにとっては一つ一つに思い入れがあるらしく、手にとって見せてはそれにまつわるエピソードの解説をしてくれた。きらきらした鉱物は綺麗だったけど、大半はどれも似たような普通の石に思えて、違いを説明されてもよく分からないものばかり。
でも、一つだけ明らかに見覚えのあるものがあった。
「これはセイラがいた星で拾った石。縞々の模様がすごくきれいなんです」
ぱっと見てすぐ分かる、確かに見慣れた石だ。赤茶けた色で、すこし薄い色の縞が入っている。というか石まで拾ってきてたんだ……。
「部屋は他にも三つあるので、見たいものがあったらいつでも言ってくださいね」
こんな調子であと三部屋もあるならちょっとした博物館を名乗れそうだ。ユニーは妙に誇らしげな顔をしている。これはナノマシンについて語るネムの表情と同じだ。
『ユニーはモノマニアなんだよ。収集癖って言うのかな、訪れた星々で色んな物を見つけてくる趣味がある。なんでも拾ってくるから困ったものなんだ』
「もう大きい物は拾わないから許して、ジョウ」
『五年前なんて、ひと抱えある岩を持ち込もうとしてエアロックの扉にぶつけて歪ませちゃって大変だったんだから』
「そ、その話はもう勘弁してよ」
黙っていると精悍な顔つきのユニーが消え入りそうな声で慌てふためいている姿はかなり可愛らしい。
ジョウは呆れ気味だけれど、この部屋の収集物はどれも実際にユニーが訪れた星で手に入れたものだ。単に量だけを考えても、ユニーは、そしてペンサコラは一体どれくらいの時間と空間を旅してきたのか。私の旅の経験値は今のところ、この小さな縞のある赤茶けた石一つ分でしかない。これから先、どんな星へ行くことになるだろう。困り物の収集癖によるものであっても、計り知れない航海の足跡だと思えば、この部屋いっぱいの物言わぬ無生物たちに激励を贈られている気分になった。
……この石、ナノマシンとか付いてないよね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます