第十夜 終わりのカタチ(お題:ゴール)

「少し二人に相談したいことがある」

 中学三年生の時から腐れ縁の旧友で、自分の人生の中でこれ以上の人間は現れないだろうと確信出来るほど、『変』な奴であるところの黒羽環くろばたまきから、珍しい内容の連絡があったのは、そろそろ夏も終わりの頃───夕暮れ時にひぐらしさみし気に鳴き、そろりと秋の気配を感じ始める頃のことだった。

 二人こと、腐れ縁の旧友その一である俺・一ノ瀬大輔は、すぐさまその二である河野瑛士かわのえいじに連絡を取った。何故なら、黒羽環ことクロの方から相談されるというのは、数年に一度あるかないかの珍事であり、相談された場合、内容がとんでもないか事態がとんでもないかの二つしかないからである。

 だから、瑛士と連絡を取り合うという行為は、同じ穴のむじな同士でぼやき合い、心の準備をする為のルーティンのようなものだ。その結果、瑛士はややブルーになりながらもふんどしを締め直し、俺は全力で開き直ることで、『黒羽環の相談』に乗る気構えを整えるのである。───それだけの準備が必要な相手なのだ。

 斯くして、三者会談は俺のマンションで行われることになった(他者の介入の可能性が少ないという理由でっ!)。



「実は、アマビエに会って、話をして来たんだが……」

 相変わらず天使の輪常駐の髪をサラサラさせながら、唐突に黒羽環は云った。

 二〇二〇年───つまり昨年のコロナ禍において、一大ブームを巻き起こした伝説の妖怪アマビエ。豊作を呼び、未来の疫病を予言したとかで、いまや神さまのように扱われている。

 そういえば、探して話をするとは云っていた。そして、『会って、話をした』というのであれば、本当にそうしたのだろう。コイツの場合は……。

「会ったの? そして話したの? アマビエ様と?」

 やや興奮気味に畳み掛ける瑛士───どちらかというとビビリに属性の瑛士ではあるが、恐怖とミーハー要素の強い好奇心を秤にかけた場合、天秤は後者の方に傾きがちなところがある。

「瑛士、話が逸れる。問題はそこじゃないだろう。クロ、それで?」

 付き合いが長くなると、変わり者達の扱いにも慣れて来るのだから、慣れというものは本当に恐ろしい。順応性が高いという一点において、人間は妖怪の部類に近いのではないだろうか。

「話はした。僕が依頼するまでもなく、アマビエ達は動いてくれている───一応……」

 どうしてだろう? コイツが口にすると、『一応』というただの副詞が、とんでもなく不穏に聞こえる。

「動いてくれているって、つまり疫病退散に? この病気が世界的に流行し始めて、もう一年以上経っているけど、もうすぐ治まるってこと? やったねっ!」

「一応ってことは、それでも祓いきれないほどの強力な疫病ってことなのか?」

 クロと瑛士に任せておくと、やがてとんでもなく話が逸れていくので、軌道修正は早期発見・早期修正が望ましい。本来は単刀直入傾向があるクロの歯切れが悪い理由を、俺は何となく察した。説明が難しいことがあるか、云い難いことがあるのだ。

「そういうわけではないんだが───時々、感染力の強い病が流行するというのは、それなりにあることなんだ。アマビエ達は、今回のケースも同じようなものだと考えている」

「えっと、それはつまり、特別なことではないと?」

「そんなぁ、世界がこんなことになっちゃっているのに?」

「人間の世界では───だ」

 クロのたどたどしい説明に、俺達が質問を挟みながら聞いたのは、こういう話だった。


 確かに世界的パンデミックが起こっていて、随分長い間、当たり前だった生活や経済活動が出来なくなり、世界中の人間は困っている。けれども困っているのは人間だけで、人間を除く世界=自然界は大して困ってはいない。

 季節は普通に巡るし、彼らは普通に暮らしている。それどころか、人間の過剰な活動が減少したので、むしろ伸び伸びと自分達が生きる為の活動をしている状態だ。実際、動植物の間にも疫病が流行ることはあるが、それで一つの種が絶滅することはまずない。ならば、何が問題なのだろうか?───と、アマビエ達は考えているのだそうだ。

 妖怪は、人間が存在しないと顕現けんげんしないモノだが、本来は自然界に属するものだ───と、かつて黒羽に何度も聞いた。つまり、必ずしも人間界を中心に置いた存在ではないのだと。

 けれども、人間が存在するからこそ、妖怪として顕現もする。だから、『一応』の役割は果たしている。だが、絶滅しなければそれで良いのではないだろうか───と。


「絶滅しなければ……って…」

「疫病を祓ってくれるんじゃあないのか?」

「だから、それはやっているんだ。ただ、人間側とあちら側との価値観の相違がある。友人・知人・隣人をも助けたいと考えるのが人間。あちら側は、まず全体のバランスを考える。総意としてのあちら側は、ずっと考えていただろう。『人類は増えすぎた。バランスを揺るがすほどに』───つまりフィードバックだ」

 それは……反論が出来ない。

 増え過ぎた人類によって何が起こっているのか、少し考えただけでも心当たりが多過ぎる。温暖化・森林の消滅・世界的な水質汚染───これだけでも、あちら側には大打撃だろう。数えれば切りがない。

「それじゃあ、タマちゃん、もう打つ手はないの? 人間がある程度減ることが前提?」

 瑛士が泣きそうな声で云った。この三人の中で、隣人を愛していることにおいては、瑛士が一番だろう。小学校の生徒達とその家族。同僚とその家族。それだけではなく、学校同士の交流で知り合った教職員と生徒とその家族。瑛士は───優しい奴なのだ。

「あちら側の理屈でいえばそうなるな。人間が自然界で無理なく生きて行けるだけの数まで減るべきだと」

 クロは、しょげる瑛士の頭を優しく撫でながら云った。クロだって、瑛士の性格は判っているのだから。

「だが、まあ、大丈夫───とまでは行かないが、僕の方で打てる手は、まだある。ここからが、相談だ。選択してほしい。僕が守りたい人間筆頭の君達に」

 『僕が守りたい人間筆頭』なんて云われるとさすがに面映おもはゆいが、そこに『人類を守る為の選択』を乗せられると、表情筋を緩めている場合ではない。

 俺と瑛士は揃って居住まいを正し、クロの───世界のの均衡を保つ役割を担った人類側の代表であるさかき一族、その御三家・黒羽家現当主の提示する選択を拝聴した。


 一:現状を静観し、人類側の努力───ワクチンや治療法───が実るのを待つ。

 二:黒羽環の持つ力と権限をフル活用し、周囲の人間だけを確実に守る。

 三:同じく黒羽環の持つ力と権限をフル活用し、全体のテコ入れを図る。


 そして、俺達は選んだ。

 クロは、「君達ならそういうと思っていたよ」と笑いながら立ち上がり、「時間がないから、早速動いて来る。まずは、ワクチンへの介入だな。しばらく連絡は取れないと思うから、緊急の時はダッシュ達を寄越して」と、姿を消した。普通に玄関を出て。

「どうするのかな……」

「さあ、聞いても俺達には判らないさ」

 残された俺達は、しばらく立ち上がる気力もなかった。

 クロは、俺達が望んだ通りに、現実的な権限も超常的な力も使って頑張ってくれるだろう。それに関しては疑う余地はない。アイツは約束を決して違えない。

 問題は、クロが俺達に残していった課題の方だ。つまり───。


 世界規模の疫病が去った後の人類が、自分達の存在の在り様とどう向き合って変えて行くのか───その結果として、あちら側とどう折り合って行くのか。


 世界全体が共有する危機など、そうそう起こり得ない事態は、一方でチャンスでもある。経済も産業も政治も民衆も行き詰った世界を、リスタートする為のチャンスだ。

 勿論、一人や二人で出来ることではないし、断じて簡単なことではない。

「さぁて、どこから手を付けるかな。こりゃ、大仕事だ」

「でも、タマちゃんが頑張ってくれるなら、僕らも頑張らないとっ! 取り敢えず、僕は子供達の洗脳から始めるよ」

「おっ、出たな、黒瑛士が」

 フォローしておくと、瑛士のいう『洗脳』は、次世代を担う子供達の意識改革をするということだ。俺達が中学三年の時に黒羽環に出会ってから、ずっと思い知らされて来たこと───この世界に生きているのは、人間だけではない───ということを、出来るだけ多くの人々に伝えて行かなければならない。

 その上で何をするのか───これは、自分の一生を賭け金にしても、そうそう終わらない課題になるだろう。

「じゃあ、やるか」

「やろう。頑張ろうね」

 俺達は、出会った少年の頃のように笑い、ハイタッチを交わした。

 俺達は俺達で頑張る。一つの古い時代を終わらせる為に。

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十夜物語 睦月 葵 @Agh2014-eiY071504

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