第二夜 緊急呼出(お題:走る)
(ああ、こういうの───結構久しぶりだよな……)
これ以上もなく焦る気持ちとは裏腹に、俺・一ノ瀬大輔は妙な感慨に
もう干支一回りは前のこと、中学三年の時に出会った編入生は、花も恥じらう美少年で、
奴を直接知らない人間には、どう変なのか説明するのが難しいほどに各方面に飛び抜けて変なので、最終的に『変な奴』としか表現しようがないのである。
その『奴』から緊急呼出が来た。そろそろ日付が変わろうかという時間に───学生の頃は結構あることだったが、今回は随分と久しぶりで、つい場違いな感慨に
そもそも、大抵の事は自分で何とか出来る相手なのだが、どうしても人間の手助けが必要な時、『奴』は独自の方法で呼出を掛ける。そして、『奴』の手に負えないことだからこそ、
それ故の、現実逃避的物思いだったのかもしれない。
目標を見失わないように愛車のSUVを飛ばしていると、スマホが鳴った。表示された相手を見なくても、誰かは判る。こういう時に巻き込まれるのは、俺ともう一人だけだからだ。
「あ、
瑛士───
事は『奴』が俺や瑛士の自宅を突然訪れ、身辺警護と緊急対策に役に立つからと、勝手に置いていった物に始まる。
一見するとゴルフボールよりやや小さい
何故なら、朱色の半透明の珠には非常に見覚えがあるからだ。知り合ったばかりの学生時代に、俺と瑛士の目の前で手懐けた妖怪か妖魔か式神か判別不明なモノが、『奴』が所持する透明な勾玉に宿り、朱色に変化するのを目撃した。そしてその後も、ソレとは何度も顔を合わせているのだ。
それ以来、件の式神モドキを象徴するのが、
かくして今夜、朱色の珠はその本性を現した。
狐を思わせるフォルムと炎のように揺らめく毛皮、黄金色の瞳をした現実的にはあり得ない獣───かつて、奴の配下に下った妖狐のミニサイズだ。ただし、奴の配下は三本の尻尾をもっていたが、ミニの尻尾は一本だった。その獣が掌に乗る大きさで突然
(だから、スマホぐらい持てっていってるんだ。GPSで場所の見当もつくし、要件も伝えられるんだからっ!)
とは、俺の心の叫び。
妖狐・大はいくらか人語を話せたが、今のところミニは言葉を発していない。小型化したからか、バージョン・ダウンしているのかもしれない。故に状況は判らない。
現実には在り得ない獣の誘導に従って移動することも、何があったか判らないまま行動することも、何年付き合っていても慣れることなどない。一応、人命救助に係わる最低限の物資は車と自宅に常備しているが、人知に基づく準備以外は俺や瑛士には出来ないのだから。
かれこれ一時間───市街地から郊外へ、郊外から山中へと五十キロばかり走ったところで、ミニは走るのを止めた。そして、俺が車から降りたのを確認して、朱い燐光を放ちながら路肩から飛び下り、斜面を駆け下りて行く。
けれど───俺もここを降りて行くのか? こんな深夜に、足元も見えない急な斜面を?
「冗談はやめてくれ……」
『奴』と出会って十数年。年間百回としても、すでに千数百回は云った台詞でぼやきながら、条件反射で斜面を降りる準備をしていた。
手近なガードレールの支柱にロープを括り付け、ライト付きヘルメットを被って、登山用品店で手に入れた安全帯を装着する。ポケットには十徳ナイフと予備のLEDペンライト、背負ったナップサックの中には、軽い毛布と最小限の水、簡易栄養食とチョコが数個と予備のロープが入っている。何故そこまで準備万端か───というのは、訊いて欲しくない。すべて、過去の経験を踏まえて買い集めて行くうちに、少々のサバイバルなら可能な装備が揃ってしまったのだ。
それもこれも、『奴』が巻き起こすなんだかんだの出来事が、事情を知らない人間を巻き込めない
そんなこんなをぼやきつつ、慎重にも慎重を期して少しずつ斜面を下りながら、先に行った朱い燐光を捜す。
『奴』からはヘルメットのライトが見える筈だし、見えればミニをもう一度道案内に寄越すだろう。
斜面を降りるロープの長さを心配するまでもなく、少し緩やかな山肌に降り立つことが出来た。ここからは、車に戻る命綱であるロープから離れる必要がある為、ペンライトの灯りを点けたままロープに括りつける。ロープの位置を見失わない為に。
そして、そこから十メートルと離れないうちに、案の定ミニが迎えに来た。ミニは、俺が見失わないだけの距離を保ちながら、ゴムボールのように跳ねて道案内をする。ここまで来れば、安否の心配も遭難の心配もない。『奴』が近くに居るからだ。
「クロ、どこだ?! 生きてるか?!」
人家の灯り一つ、通る車の一台もない気安さから、心置きなく大声で呼ぶ。応えは、意外なほど近くからあった。
「死んでいたら、返事も何もないんじゃないか?」
「お前がこれくらいで死ぬかっ! 大体、お前なら死んでいても返事をするだろーが」
「それは確かに……反論できないな」
反論しろよ───という突っ込みは賢く飲み込み、普通に会話出来るだけの距離をライトで照らして行くと、少し窪んだ枯葉溜まりの中に、『奴』こと腐れ縁の旧友・
「怪我は?」
「擦り傷程度だ。ただ、右から落ちたせいで、右腕と右足が動かない。折れてはいないと思うが。ついでに、長く転がっていたせいで、寒い」
「当たり前だ。瑛士が俺んちで風呂ぐらい沸かしているだろうから、少し我慢しろ」
折れていようがいまいが、『奴』こと黒羽環───通称クロが自力で動けない以上、俺に掛かる労力はさして変わらない。コイツを背負って、あの斜面を登らなければならないのだから。
それから小一時間掛けて、俺達は車の所まで戻った。
背負われたクロは、俺の背中でぽつりぽつりと事の成り行きを話した。
アマビエの捜索をしているうちに、ヒバの樹霊と遭遇して捕獲したこと。その過程で遭難したこと。いつもクロの護衛をしている妖狐・大は、同時に発見した
クロは、成人男子にしては細くて軽い部類だが、それでも人一人背負っている俺は、碌な返事も出来ないほど余裕がなかった。
車に到着すると、取り敢えず冷えたクロを毛布で包んで車内に放り込み、水と簡易食料を与えてから、俺は装備を回収した。ロープ一本といえど、人間二人を支えるロープとなればそれなりに高額なのだ。
後はもう、自宅に向かって帰路一直線だ。
クロとヒバの樹霊とやらとミニと装備───回収忘れはない。妖狐・大は、世界中のどこに行ったとしてもクロを目指して戻ってくるので、心配する必要はない。
昼間は普通に働き、深夜になって長距離移動と救助活動をした俺は、そろそろ気力と体力の限界だった。無事に自宅に戻りさえすれば、瑛士が温かい食べ物と温かい風呂を準備してくれているだろう。その後は、俺が潰れたとしても、瑛士が後を引き継いでくれる。瑛士もまた、判っているのだから。
そんなてんやわんやをした数日後、黒羽環が小道具を持参して現れた。
病を退ける力を持つというヒバの樹霊に協力させて作ったという御札と、いわゆる市販の神棚のセットを抱えて。
ヒバの樹霊の力が籠った御札と、半精霊の妖狐・大=
つまり、これが深夜の爆走と救助活動に対する、クロなりの俺達へのお礼ということだった。
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