第2話 《Acquisition》
世界が、赤く染まっていく。
舞い上がった砂塵で視界は悪く、足取りは重い。あちらこちらで爆発音が叫んでいる。助けを求める高い悲鳴が、ビルに反射して何層ものハーモニーを織りなす。
ふと足元を見ると、かつて人と呼ばれたその物質が、無惨な姿で散乱している。何百、何千というその夥しい数は、異様な圧力を放っていた。
この辺りはついこの前まで、毎日多くの人間が行き交い、それぞれの人生を謳歌していた場所。それがあっという間に地獄へ様変わりしたのだ。地獄は死後にあるのではない。現実が粉々に壊された時、そこが地獄となるだけだ。
まだ割れていないビルのガラスに、自分の姿が写った。そこには、この赤く染まった世界によく似合う、1体の真っ赤なアンドロイドが立っていた。
戦慄した。身体中に電撃のような衝撃が走り、視界がぐるぐる回り始めた。足の力が抜ける。身体が傾いて地面へ崩れる寸前、ぎりぎりで踏みとどまり、そして徐に右手の粒子砲を放った。
ガラスに写ったアンドロイドは、粉々に砕け散った。
そう、世界とは、初めから赤いのだ。
それに今気づくか、先延ばしにするかの違いでしかない。
それならいっそ、この手で知らしめてあげよう。
その目を覆うゴーグルを、外してあげよう。
この馬鹿げた夢から、助け出してあげよう。
私には、これしか出来ないのだから。
-数年前-
その日は少し、変化があった。
Mark3と人間の特訓は実に効果的ではあったが、いかんせん時間がかかる上に、人間側にも用事というものがある。いつまでも付きっきりでいる訳にもいかない。
そこでMark3には、勉強部屋として自室が与えられたのだ。これも他の場所と同様に、白と黒の世界。青白い蛍光灯。しかしここが研究室と違うのは、机と椅子があり、そして何より壁一面を占める巨大な本棚があるということだ。
「ここにある本は好きに読んでもらって構わないよ」
人間が少し誇らしそうにそう言った。
『了解しました』
「お礼はいいさ、君にはもっと賢くなってもらいたいし、それに僕が直接教えるのにも限界があるからね」
『私との会話は、疲れますか?』
「いやいやいや、そんな事ないよ!まあ正直君の底なしの体力には困ってるけど、、、でも発見も沢山あって、あれは本当に楽しいさ。とはいっても僕は他にやる事が沢山あるし、いつまでも続けられる訳じゃ無い。だから、代わりに本を読むんだ」
時折不確かな愛を確かめ合う男女の様なやり取りをする彼らだが、内実そこに感情的なコミュニケーションは一切無い。Mark3の発言は極めて論理的で、質問も純粋に好奇心からくるものだ。人間側もそれをわかって、気を負わずに返答する。
「ここにある本の中には、僕の頭の中なんかよりずっと沢山の情報で溢れてる。より多くの事を知れるし、僕がいない間も自分で学べる。この方がずっと効率が良いのさ」
『理解しました』
「うん、それじゃあ僕は行くから。しっかりやるんだよ」
Mark3は少し考えてから、冷たい声を発した。
『すみません』
「うん?なんだい?わからない事でもあったかい?」
少しの間があってから、自信なさげに言った。
『ありがとう』
人間は予想外の事に驚いて、少しの間固まった。しかしすぐに状況を理解すると、心の底からニコッと笑った。他では感じない様な、不思議な喜びがあった。
「ピーター」
『?』
「僕の名前。ピーターって言うんだ、よろしく」
『ピーター』
Mark3は確かめる様に発音した。
「そう、よろしくね。君は、そうだなぁ。Mark3ってのも何かなぁ。」
『Mark3で問題ありません』
「いやそうだけどさ。折角だし。アンドロイドだからアンディにしようか!」
『ア、アンディ』
Mark3は戸惑った。意味がわからない様子だ。
「よし決まり!君のことはアンディって呼ぶね!改めてよろしく、アンディ」
意味はわからないが、不思議と自分の中で何かが変わるのをMark3は感じた。
『了解しました』
「ははは、堅いなぁ。まあそれも君らしいや。じゃ、頑張ってね」
『はい』
アンディは、この部屋が少し気に入った。
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