Where The Heart Is
ぬま太郎
第1話 《Artificial Intelligence》
『標的を確認。時速約70kmで南西方向へ移動中。』
人工の合成音声の、冷たい音。
『対象を捕捉。発射準備完了。』
機械から発せられた、温かみのない声。
『発砲許可を要請。』
人の声に似た、人の声ではないもの。
「発砲を許可する。」
モニター越しの、人の声。
『了解。発射。』
その冷たい響きの直後、画面上のEnemyと表示された赤い人影はどさりと倒れた。視界の左下に表示された残弾数を示すメーターが一つ減る。ABR型アンドロイドの最新モデル - Mark3は、無駄のない動きで長距離用レーザー銃をしまった。
次の瞬間、視界が途切れるように暗転した。そしてすぐに無機質な研究所の天井が映る。白を基調とした無駄のない殺風景な一室。天井に設置された蛍光灯の不気味な青白い光。その冷たい光が、より一層その部屋を生命の営みからずっと遠い場所にさせている。
「Mark3の調子はどうかね」
「順調です。これで累計1,000回のテストをこなし、一度もミスはありません。実戦登用も十分に可能かと」
二人の人間が、Mark3の頭上で会話をしている。とてもベッドとは呼べそうにない硬い台の上に寝かされたMark3は、ただじっとしていた。特に会話を聞くでもなく、考え事をするでも無く。正確に言えば、出来ないのだ。Mark3にはそうした機能は備わっていない。考えるという行為自体が出来ないため、Mark3はただひたすらに次の命令を待つしかなかった。
「そうか。それではいよいよだな。第2フェーズへ移行しなさい」
「本当に、良いんですね。多くの科学者から、危険性を懸念する声が上がっています。私も、その、、少し、心配だとは思います」
自らが放った言葉に少し怯えながら、相手の反応を伺っている。
「君までそんな事を言うか。計画には手順というものがある。これらは全て必要な事だ。君だってわかっているだろう」
「はい、わ、わかっています。。わかりました。すぐに第2フェーズへ移行します」
そう言うと、片方の人間がMark3へ近づいた。
「すぐに、終わるからね」
Mark3の視界は、再び黒に飲み込まれた。
気がつくと、そこはまた同じ天井だった。無機質で冷たい天井。蛍光灯の青い光が刺激となって視覚へ届けられる。
「やあ、Mark3。聞こえるかい?」
人間の声。モニター越しではなく直接そこで発せられている肉声。Mark3は音の鳴った方へ目線を移す。
「お、反応あり、、と。じゃあ今度は、返事をしてもらっていいかい?Mark3?」
人間が次なる命令を与えてきた。これはつまり、自分も何かしらの音声を発すればいいのだろうか?
Mark3は少し考えてから、『あ』と小さな声を出した。機械によって発せられた冷たい音。
「おお、すごい、返答も可能。それじゃいいかいMark3。こういう時は"はい"と答えるんだ。やってごらん」
Mark3はその人間が言ったものを真似して、答えた。
『はい』
「そう!順調じゃないか。その調子じゃ会話もあっという間だな。恐ろしいことだ」
Mark3は言っている意味がよくわからなかったので、とりあえずまた『はい』と声を発してみた。
「あぁ、ごめんよ。今のは君に話しかけたんじゃないんだ。独り言というやつさ。気にしないでくれ」
"気にしない"という行為をどうやればいいのかわからないMark3は、困惑した。
「もしかして、"気にしない"をしようとしてる?いいかい、気にしないっていうのは、特に何も反応しなくていいってことだ。わかった?」
Mark3は特に反応せず待機した。
「あぁ、そうだよね。今のは僕が君に、僕の説明がちゃんと伝わったかどうかを、、、ってまあいいか。一応、基本的な言葉の意味はわかるように設定されているはず。あとはその使い方を実際に学んでいけば、きっとすぐに喋れるようになるよ」
『はい』
「よし。じゃあもう少し練習しようか」
そこから数時間ほど、1人の人間と1体のアンドロイドの個人レッスンは続いた。Mark3は意味のわからない言葉を学びつつ、それぞれの言葉の用法を確かめていった。人間と違ってアンドロイドは忘れることが無いため、練習は実に効率的に進められた。
「すごいね。もう基本的な会話なら問題なさそうだ。よし、少し休憩にしよう」
『休憩は必要ありません』
「あぁ、いや必要なのは僕のほうなんだ。少し疲れちゃってさ。そりゃそうだ、もう何時間もぶっ続けだもん」
『練習を開始してからまだ2時間46分です。このペースで休憩を挟んでいては、想定される上達速度を大幅に下回ります』
「ははは、勘弁してくれよ。。君と違って、そんなに体力無いんだから。10分後にはまたやるよ」
Mark3はよくわからなかった。
『私と貴方は、違うのですか?』
人間は笑った。
「当たり前だよ。君はアンドロイドで、僕は人間。人間はアンドロイドのように長く動けないからね、疲れると少し休まないといけない」
『なぜ違うのですか?』
「なぜ、かー。僕らが君を作った時に、僕らとは違う風に作ったからかな」
『貴方が私を作ったのですか?』
「そうだよ」
『では貴方を作ったのは誰ですか?』
人間は、少しギョッとした。意表を突かれたのだ。
「ええと、この場合は僕の両親、になるのかな」
『その人間は、なぜ貴方をこんなに面倒な仕組みに作ったのですか?』
「うーんとね、人間だけじゃなく僕ら生物は、つがいの生殖行為によって繁殖するんだ。僕は母親のお腹から産まれた。そしてその時、母親は子供を自由に設計できるわけじゃない」
『私は生物とは違うのですか?』
「うん、違うね。君は母親のお腹から生まれたわけじゃないし、そもそもつがいから産まれてない。僕らが設計して、部品を組み立てて作った。だから僕が親になるんだけど、産んだわけじゃないんだ」
Mark3は少し考え込んだ。思考回路にエネルギーを集中させるために、しばらくぴくりとも動かなかった。
『生きる物、生物』
ほとんど無意識的に発せられた、小さな言葉。
「うん?そうだね」
この時、既にアンドロイドは
『貴方は、生きていますか?』
気付き始めていた。
「うん、生きてるよ。だからこうして動いてる」
自分という存在に。
『私は、貴方とは違いますね』
人間によって作られた自分に。
「う、うん、そうだね」
人間とは違う自分に。
『では、』
人間とは違うのに人間のような自分に。
「なんだい?」
ここにいるのに、
『私は、生きていますか?』
生きていない、自分に。
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