第15話 大衆正義とエゴイズム
昔、正義の味方に憧れた少年がいた。
尊敬の的は、市の自警を担っていて、朝のゴミ出しの手伝いから銀行強盗の退治まで助けを求める声があればどこへでも駆け付けた。
その
少年は、誰よりも熱心なファンだった。
ヒーローが出ている新聞は毎回切り抜いて部屋に飾っているし、解決した事件を調べてノートに書き写し、まだヒーローが駆けつけていない事件があれば、危険を冒してでも救助に駆けつける。
正義感にに溢れ、人一倍ヒーローが大好きな少年だった。
そう、それ以外はこれと言って特筆することのない少年だった。
ある日、少年は通っている学校でいじめを目撃した。
気の強そうな上級生が、気の弱そうな下級生を壁際に追いやって何やらすごい剣幕で怒っているのだ。
少年は居てもたってもいられなくて上級生の顔に飛び蹴りをお見舞いした。
勿論、ヒーローが悪を退治するときの必殺技だ。
「俺が来たからにはもう、何もさせないぞ!」
そうヒーローが言う決め台詞を謳って、何か言いかけた上級生を全員病院送りにした。
しかし、悪をとっちめた筈の彼を称賛する声はなかった。
それどころか助けた筈の少年からも感謝の言葉はなかった。
その後、事情聴取に現れた先生方と警察に少年は正直に語った。
するとみな、口を揃えてこう言った。
「それは、【正義】という免罪符を得ただけで、暴力。いじめと変わらない卑劣な行為だ」
少年が、ヒーローの真似をしただけだというと、警察も教師陣も、果てには大慌てで駆け付けた両親さえも、落胆の表情を浮かべた。
「人様に暴力を振るったばかりか我が街の【英雄】を汚すなど…少年院で頭を冷やしてこい!」
そう父親は怒鳴り、母は息子の言動に泣いて崩れ落ちた。
少年は始めて焦り始めた。
温厚な父がああまで感情的になる姿も、気丈な母親があそこまで泣いている姿も少年は見たことがなかったからだ。
警察に連れていかれるときに、少年はもう二度と自分を正義の執行者だと勘違いしないように決心をした。
それから数年、少年は少年院に入り、特にトラブルを起こすこともなく解放され、成人した。
とある日の昼下がり、銀行を訪れていた彼はその場で銀行強盗に遭遇した。
客は全員床に伏せて無抵抗を示すことを強要され、従わない場合は射殺すると脅された。
しかし、青年は銃口を突き付けられた程度では怯みはしない。
犯人グループへと勇猛果敢に
何とか一人取り押さえることに成功したが、その際人質の一人が撃ち殺された。
このままでは人質が全員殺されてしまうと半ば興奮状態で、取り押さえた男を思い切り壁にぶつけて気絶させてからホルダーから銃を抜き取り、犯人たちを撃ち殺した。
青年の行為に感謝する者もいれば、恋人だろうかなぜ動いたと少年を詰る声もあった。
青年は人質交渉に応じた際の危険性を説き、彼女は皆が生き残るための尊い犠牲なのだと諭した。
青年は、昔こう言って犠牲者を宥めていた英雄の姿を覚えている。
一時的に現実が受け入れられないだけなのだと。
悪口を言われるくらいどうってことないと思っていた。
しかし、事態は急変する。
なんと青年の前に、憧れが現れたのだ。
青年は褒めてもらおうとことの顛末を包み隠さず伝えた。
ヒーローは彼が語り終わるまで黙って聞き続けた。
そして、聞き終わり、内容を咀嚼し、一言。
「君みたいな奴にヒーローの資格はない。犯人たちだって生きていた人だぞ」
その言葉に同調するように先ほどまで感謝を述べていた人々が口々に青年を罵る。
やれ、人殺し、ろくでなし、人の命を何とも思っていない化け物。
在りし日の少年は、今日の青年は絶望した。
豚箱で何度も自分の行いを懺悔した。
とある日、彼に面会が申し込まれた。
両親でも、学校の恩師でも、少年院の監査官でも、警察でもない。
彼が憧れたヒーローだ。
助けを必要とすればいつでもどこでも駆け付けてくれるヒーローだ。
「ジャスティス!よかった聞いてよ、僕、あの日のこと───」
「───青年、君の有罪は確定した。罪は強盗及び殺人だ」
「…え?殺人は、してしまったし正当防衛で済まされないこともしってる。でも、僕、強盗じゃないよ?」
「彼女を殺されたこの親父さんが警察関係などによく顔が利く人でね。そういうことになった。───君は、犯罪者だ」
「…そんな…じゃ、じゃあ、ジャスティスはそれで僕を助けに…?正義の、味方だもんね?ありがとう」
「青年、君は何かを勘違いしているようだね。私は正義の味方だが、君の味方じゃあない。
「なっんで…正義の味方は…困っている人を」
「不思議かい?なら教えてあげよう。正義の味方はね、大衆を味方につけているんだよ。多数派にこびているのさ。世論では君の行為には賛否が分かれている。犠牲者を出した愚か者か、それとも犠牲を一人にした英雄か、とね。でもね、私的にも息子さん的にも君に英雄になられては困るんだよ───正義の味方は、称賛を浴びるのは私だけでいい。犠牲者を出してもいいヒーローなんていてもらっても困るしね」
「どうして、……だってあなたはの尊い犠牲なのだって言って、被害者を悼んで……」
「あぁ、あれか。そんなわけないだろう。揉み消しができないから波風立たないようにしただけだよ。まったく知り合いが死んだくらいで鬱陶しい。お礼の言葉も謝礼もないってんだからうるさいったらありゃしない」
「なんで、なんで、どうして」
「なぜこんな私が正義の味方をしているかって?そりゃもちろん───」
「───」
「───気持ちいいからに決まっているじゃないか」
「───。───。───そんな。───あんたなんか、【正義の味方】なんかじゃない!」
正義の味方に憧れた少年は立ち向かう。
正義感以外何もない少年は立ち向かう
正義を騙る反吐の出る巨悪へと。
「私が来たからにはもう、何もさせないぞ!青年!」
「くそおおおおおおおおおお!」
バコンという音が一つして、扉が開いた。
「ジャスティス、すごい音がしたが…?」
「あぁ、所長。すみません悪党が暴れだしたもので。あれが本性とみて間違いないでしょう。カメラや録音装置は…?」
「ヤツの希望どうり、刺激しないために切ってあったが…このことは記録したほうがいいだろうな」
「よろしくお願いします。二度と、あのような悪が生まれる前に、芽は摘んでしまいましょう」
「そうだな」
そういって正義の味方を呼ばれる存在は拘留場を出ていく。
そののちには正義を呪う怨嗟だけが響き渡ったという。
恵まれなかった物語たちへ たまマヨ @tamamayo999
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