第13話 噓つき

こんにちは、定期健診の方ですよね?

え?違う?…あぁ、なるほど。

事情は理解しました。

それで僕に聞きたいこととは…まぁ、そうですよね。

姉、姉をどう思っているか、ですか。

姉は、馬鹿な奴だと思いますよ。

人と関わり合わなければならないこの社会に出てより一層そう思います。

姉は美人で、スタイルもよくて、どんな人とでも話せるいわば完璧人間んです。

あぁ、僕が重度のシスコンで、ただの家族贔屓に聞こえますよね。

でも違うんですよ。

ほら、あそこにトロフィーやら賞状がたくさん陳列されているでしょう?

あれは全て、姉がとったものですよ。

小学校から高校一年の夏までの、ね。

親も姉も、僕も姉くらい真面目にやればなぁなんてよく言っていました。

親からの言葉にはよく反発していましたが、姉が言うならと昔の僕はしぶしぶ姉と同じ塾に通ったこともありましたね。

昔だからかもしれませんが、生徒会長で、たくさんの友人に囲まれている姉を僕も尊敬していたんですよ。

それに、あなたも姉の写真をいやというほど見たでしょう?

立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合乙女。

なるほど、確かに姉のためにあるような言葉だ。

過去の栄華を讃えて、より一層現状とのギャップで姉を貶める言葉だ。

姉は最近は家に引きこもって部屋から出てきません。

言葉を交わすのも、夕食と風呂の交代の時くらい。

しゃべり方もおどおどしていて、自虐的、会話に差し込まれる卑屈な笑い方、どれをとっても醜い。

かつての姉はハキハキとしゃべり、自他ともに肯定的で、笑わせる人だった。

間違ってもひどい猫背のその小さい背中に後ろ指を指され、笑われるような人ではなかった。

…姉がこうなった訳ですか。

僕も直接聞いたわけではないので憶測が含まれてしまいますが、それでもよろしければ、お聞かせしますよ。

…………。

わかりました。

多分、親友に裏切られたんでしょう。

姉には小さいころから一緒にいた異性がいたんです。

性格は姉と対照的だったのですが、姉が引っ張る形でいろいろなところに行っていたんです。

姉は、品行方正というか、姉にとってのルールを他人にも自分にも厳しく課す人でした。

それも小学校低学年からそうだったと両親から聞いています。

勿論、それは道徳的規範に反しません。

それにカリスマも持ち合わせていましたから、それを率先して破ろうとする者もいなかったみたいです。

でもだからと言ってそれが人との正しいかかわり方だとは、僕は思いません。

あなたは、どう思いますか?

……そうですよね。

いつかは不満が溜まって瓦解しますよね。

嫉妬、コンプレックス、悪意、たくさんの感情の矛先にされたのでしょう。

姉は、基本何でもできましたから、それができない人との間に溝ができていたんだと思います。

姉の周りにはたくさんの人がいましたから、余計にそうだったんだと思います。

それで姉は段々と怖がられて、煙たがられていきました。

理解できない化け物、と。

たかが一中学生の範疇を超えた活躍が、その感情の揺らぎに拍車を掛けたのでしょう。

物事の機微に敏い姉にはこれから自分がどうなるのかなんとなくわかっていたんだと思います。

少しだけ、愚痴を聞きました。

「どうして、私の願いとみんなの願いは矛盾するんだろう。どうして、あいつの憧れはみんなの憧れじゃないんだろう」とね。

僕は言ったんです。

「矛盾するのが嫌なら、なんで折れないの?」と。

そしたら姉はこう言いました。

「残酷なことを言うけど、私はみんなよりもあいつの望む自分でありたい」と。

中学時代は特に表彰回数が群を抜いていました。

周りからの眼はいよいよ人を見る目ではなくなりました。

僕も、あんな姉を持つなんて辛いだろうにと同情をされましたね。

でも、そんな姉の暴走も高校一年の夏に終わります。

夏休み前日に泣いて帰ってきたと思ったら、そこからはずっと引きこもりですよ。

多分、この日に相手が姉を傷つけるようなことを言ったんでしょう。

誰が?そりゃあ、親友でしょう。

彼以外姉をあそこまで傷心させるような一言を言える人はいませんよ。

僕だって、両親だって無理でしょうね。

それほど大事だったんでしょう。

引きこもり初日あたりの夏休み中は姿を目にする機会があったんですが、いつしか部屋に鍵かけて、窓に板を打ち付けて出てこなくなりましたね。

さすがに心配だと一日後に強行突破してみれば、部屋はがらんどう。

それが姉──信濃しなの ゆい失踪の顛末です。

あ、この話をしましたが僕の友人たちには他言無用でお願いします。

姉のことを詳しく語っていたなんて知られれば立場が揺らぎますから。

……え?姉のことから学ばないのか?

そこまで僕は馬鹿じゃないですよ。

僕の取り巻く世界を嘘で塗り固めてしまえば、誰も何も気づけませんよ。


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