第16話〈みつどもえ〉

「まあ、待ちなさいな」


扉を開けて入って来たのは九重花志鶴だった。

銀鏡小綿は振り向き、自らの肉体に生まれた鉱物銃器を彼女に向けようとして、長峡仁衛はその隙を狙って彼女を後ろから抱き締めた。


「っ」


銀鏡小綿は長峡仁衛に抱き締められて体を動かすのを止める。

暫く、長峡仁衛の体温を感じて、そして能力を解いてふぅ、と息を吐いた。


「数時間ぶりね、小綿」


「どうも、志鶴さん」


長峡仁衛は銀鏡小綿が暴れない様に必死になってしがみ付いている。


「仁、良いわ。離しても」


余裕を見せつける九重花志鶴。

しかし長峡仁衛は離したらどうなるか、と危惧している。


「けど、姉弟子」


「あねでし?」


九重花志鶴は長峡仁衛を睨んだ。

その睨みに長峡仁衛は失言だと思った。

ベッドの上でのやり取りを思い出す。

艶のある喘ぎと共に名前で呼んで欲しいと告げた九重花志鶴の言葉。

それは無論、その時間のみ限定だと思っていたが。


「し、志鶴、さん?」


長峡仁衛は彼女の名前を呼び直す。すると九重花志鶴はよろしいと頷いて話を進めた。


「ねえ、小綿。貴方は何をしに此処に来たのかしら?」


「私は―――」


「皆まで言わないで、分かってるわ」


じゃあなんで聞いたんだ。

長峡仁衛はそう思った。


「仁を奪いに来たんでしょう?けど、私が仁の仁を奪ってしまったから、ご立腹なのね?」


「はい、じんさんのじんさんは幼少の頃から母が育ててきました」


「俺のナニの話するのやめてくれない?」


長峡仁衛は恥ずかしそうに顔を赤くしながら言った。


「まあ、分かるわ。初恋の人のはじめてを奪われたもの、怒ってしまうのも無理は無い」


「………?いえ、母はじんさんの母です。恋ではありません、母性ですが?」


(それはそれで問題じゃないのか?)


彼女の話に長峡仁衛は疑問符を浮かべた。


「いや、それはそれで問題だろ」


長峡仁衛の背後からそんな声が聞こえて、後ろを振り向く。

永犬丸詩游が二階から入って来た。


「別にさー、長峡が大人になったかどうかの話は置いといて良いじゃんか。銀鏡も長峡に相応しい人が居ればそれで良いって感じなんだろ?」


「……それは、そうですが」


「いえ、ダメよ詩游。そんなんじゃ、何も解決になってないわ」


九重花志鶴がそう言った。

そして、扉の方から再び誰かが入ってくる。

花徳千棘と、その二人。

駒啼涙と、道具小路薊だった。


「これで役者が揃った様ね……一度言ってみたかったわ、このセリフ」


九重花志鶴は、長峡仁衛の方に顔を向けて。


「さあ、仁、今ここで、貴方の感情を吐露して頂戴な」


そういった。

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