第15話〈黄昏〉

長峡仁衛は黄昏ていた。

既に彼の肉体には長年付き添った未熟な誇りは消え去っていた。

あるのはただ、快楽と喪失感のみであり、彼は昨日の事をまるで大昔であるかの様に考えている。


「……」


長峡仁衛は呆然と空を眺めていた。

風が心地良いとか、今日の雲は白くて早く流れているな、とか。

そんなどうでもいいことを考えて、ふと嬌声を思い浮かべて目を瞑る。


(……いろいろとすごかった)


彼女たちとの共同作業を思い浮かべる。

そうして、長峡仁衛が別荘の窓から外を眺めている時に、彼を呼ぶ声が聞こえた。


「長峡ーっ」


その声は、大切な友人の声であり、生涯忘れる事の無い声でもあった。

長峡仁衛は視線を下に向ける。其処には、永犬丸詩游と犬の式神、そして銀鏡小綿が走って来た。


「あぁ……詩游たちか、どうした?」


長峡仁衛は銀鏡小綿たちの方に顔を向けて聞く。

銀鏡小綿は、脚力で二階を一気に超えると、窓の縁に手でしがみ付いて長峡仁衛の顔を見る。


「うわ、ど、どうした?」


そう驚く長峡仁衛、銀鏡小綿は長峡仁衛の方に顔を近づけて、その口に鼻を近づけると、すんすんと匂いを嗅いだ。


「……志鶴さんの匂いがします。口だけじゃなく……様々な箇所から、女の匂いがぷんぷんと……じんさん、シたのですか?」


そう暗い表情で銀鏡小綿が告げる。

長峡仁衛は彼女の言葉に驚き、顔を歪ませた。


「いや、それは……」


「答えて下さい。母にはじんさんの性関係を知る必要があります。最後まで、やったのですか?」


問い詰められる長峡仁衛。口を紡ぐが、彼女の視線に耐え切れず、目を瞑って首を縦に振った。


「……そう、ですか。じんさん、じんさんは、卒業したのですか……」


部屋の中に入る銀鏡小綿。

ゆるりと歩いて、扉の前に立つ。


「小綿?」


長峡仁衛は彼女の様子を心配してそう聞く。

銀鏡小綿は肩を震わせて、己の感情を暴露した。


「じんさんのはじめては母がする筈だったのです……じんさんの筆おろしは、母でなければならない、それが、太古より伝承に伝わる伝統……」


「いや、そんなの知らないけどさ……」



銀鏡小綿の話など聞いたことは無い。

長峡仁衛はそういうが、それでも銀鏡小綿は納得できない様子だった。


「志鶴さんはどちらへ?」


「それを言ったら、お前、どうするんだよ」


「当然」


当然、そう言って、銀鏡小綿は長峡仁衛の方に顔を向けると。


「じんさんのはじめてを奪った代償を払っていただきます」


それは、殺意だった。

長峡仁衛は、銀鏡小綿から流れるその殺意を感じ取って、術式を開放する。


「ダメだ小綿。それは」


「じんさん、母に術式を?……反抗期ですか?生憎、母も少々ご立腹なので……手加減出来ませんよ」


唯我顕彰による武装状態。

銀鏡小綿と長峡仁衛の喧嘩が始まろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る