第5話〈ナース〉


「中はやはり薄暗いですね」


病院内部は光が灯っていない。

管理人が施設を管理している以上、電気系統などは復旧しているのだが、やはり厭穢の影響で異界化していて、電気がつかない。


「匣、開け」


長峡仁衛は自らの術式を発動すると、影から複数の匣が出現する。

その匣が開いて立体面から十字柄の様に変貌すると、クロスしている面から松明の先端や、懐中電灯の光が出てくる。


「先輩、術式は思い出したんですか?」


「使い方くらいだけどね。この術式はどうやら、色んな物を入れて、出したり出来る能力らしい」


そう長峡仁衛は自らの術式だと解釈する。

予め、色々なモノを収納していたのが幸いした。

とにかく明るい道具を中心的に術式で出すと、匣は廊下の先を照らしていく。

緑色の廊下には、紫色の葉脈の様なモノが生えている。


「気味が悪いですね……厭穢の誕生の瞬間を見ようと思ってましたが……早々に任務を終わせた方が良いのかも知れません」


「そうだな……、まて、なんだ、これ……」


長峡仁衛は胸を抑える。

段々と、前を歩く度に呼吸が荒くなって、意識が微かに薄れていく。

足を止めても不調は終わらない。それどころか、段々と体調が悪くなってくる。


「っ…」


長峡仁衛が膝を突きそうになった時。

目の前から、ひた、ひた、と足音が聞こえ出した。

駒啼涙は前を向く、夜臼ぴょんが一足先に下へ来たのか。

嫌、流石の彼女でも、異界化した場所から簡単に合流出来る筈がない。

で、あればそれは……駒啼涙は吐き気を催す。

ひたり、ひたり、と。向かって来るのは……人の姿だった。

ナース服を着込んだ、血だらけの女性の様なフォルム。

しかし、その頭部は人の皮を剥いだ肉に、改めて皮膚を張って荒く縫い付けたツギハギののっぺらぼうだ。


「既に誕生していたのか……ぐッ」


長峡仁衛は、そのナースから発せられる瘴気にあてられて気分を害する。

先程まで気分が悪かったのは、厭穢特有の生体能力である瘴気を感じ取ったからだ。


この瘴気はどれ程強い人間でも、瘴気に耐性が無いと即座に精神が崩壊してしまう。

瘴気には生まれつき耐性がある、などと言う事は無い。厭穢から発する瘴気を受け続ける事で、肉体を慣れさせる必要があるのだ。


だから、瘴気を受けても平気な人間は、それほど死線を潜り抜けた強者の証明。

長峡仁衛は記憶喪失だが、それ相応の瘴気を受けているから多少の耐性を持つ。

それでも、その耐性を無かった事にするかの様な歪んだ瘴気が長峡仁衛に通っているのだ。

厭穢は、強ければ強い程に瘴気も強くなる。

つまりその厭穢は誕生しながらも、強いと言う事になるのだ。


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