第3話〈おやすみ〉

車で移動する三人。

運転席には監督の結界師が一人、助手席には長峡仁衛、後部座席には夜臼ぴょんと駒啼涙が座っている。

長峡仁衛は事前に渡された資料を再度確認すると、二人との会話を行う。


「今回の討伐対象は人間の負の感情の集合体、所謂、感情型の厭穢だ」


そう言って今回の厭穢の状態を報告した。

その続きを口にしようとした時、駒啼涙が澄んだ声色で続きを口にする。


「感情型。厭穢には二種類存在して、人間の感情によって生まれる方と、自然界が人類に対する訴えを、世界が許諾する事で生まれる自然型の二つが存在するんですよね?」


「あ、あぁ、よくわかったな」


長峡仁衛は彼女の知識に脱帽したが、駒啼涙はさも当然かの様に威張る素振りもしない。


「いえ、これくらいは普通に、誰でも分かる事です。と言っても、先輩は記憶が無いので、最近知ったのも仕方が無い事ですが」


謙遜する様に駒啼涙は言って、多少の沈黙が流れた。

会話は二人、その輪に入らないのが一人いる。

駒啼涙と長峡仁衛は夜臼ぴょんの方に顔を向けた。


「すぴー……」


彼女は眠っていた。

ご丁寧に自分専用のアイマスクを用意していて、それを装着して睡眠を貪っている。

長峡仁衛は緊張感のない彼女を見て一瞬呆けるが、すぐに気を取り直して会話を続けた。


「………えぇと。どこまで話したっけか。そう。まだ生まれる前の状態だから、俺たちはこれからその厭穢を討伐するんだ」


「厭穢が誕生する瞬間を見られるのは、かなり貴重な事です。今回の討伐任務は参加出来て良かったと思いますよ」


厭穢が誕生する様を確認する事は滅多にない。

だから、今回の任務でそれが見られる事は幸運だった。


「むにゃむにゃ……うぅん」


しかし、夜臼ぴょんが呑気な雰囲気が伝播していて、いまいちその希少さが分からない。多分、興奮に水が差された様な感覚に似ている。


「……先輩、起こしましょうか?」


「いや…起こして体調が悪い状態で任務に挑むのはダメだからね。今回の、誕生する厭穢と相手をするにしても……万全で望むのが一番だ」


長峡仁衛は安全が一番だからと起こす様な真似はしなかった。


「……先輩は優し過ぎますね」


「そうか?まあ、記憶を失った俺とは、多分違うんだろうけどさ」


彼女の言葉に長峡仁衛は苦笑した。


「……いえ、私は、今の先輩の方が好きですよ。少なくとも……あれらよりかは」


あれら、と言う言葉を聞いた長峡仁衛は目を細めた。

何故ならば、その言葉を聞いた瞬間に長峡仁衛の脳裏にノイズが走り出して、聞こえなかったからだ。


「?なんか言ったか?さっきの言葉、なんだかノイズが走ったみたいで、聞こえなかったんだけどよ」


「……いえ、なんでもありません。この状態でのミーティングは難しいでしょうし、私たちも任務に向けて、少しだけ休みませんか?」


そう代わりの言葉を口にする駒啼涙。

それに同意した長峡仁衛は前方を向いてソファを少しだけ傾ける。


「……そう、だな。うん、じゃあ……少しだけ、眠ろうか」


「はい」


そう言って、二人は目的地に到着するまで仮眠するのだった


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