第2話〈マジマジ〉
黒髪の少女が長峡仁衛の元へと近寄る。
彼女の姿を見て、長峡仁衛は初めての頃を思い出す。
長峡仁衛の初めてとは、あの日、病室で目を覚ました時の事だ。
永犬丸詩游、銀鏡小綿、そして三人目には、彼女、鬼童五十鈴と出会った。
その日以来、彼女の姿を見ていなかった為、一瞬、長峡仁衛は彼女の名前を思い出せなかった。
「おに、おに……」
「
うろ覚えだったが、彼女の言葉でかみ合った様な感覚がした。
彼女の見た目からして、その名前が正しいと感じたのだろう。
「そう、鬼童、何か用か?」
長峡仁衛は人懐っこい子供の様な笑みを浮かべて鬼童五十鈴に聞く。
彼女は長峡仁衛の隣に座ると、じぃ、と長峡仁衛の顔を見ていた。
「どうした?」
「……、先輩、記憶、覚えてないから、きっと、私の事、覚えてない、から」
先程の、名前が思い出せなかったのが彼女を傷つけてしまったらしい。
長峡仁衛は何か、彼女に弁解すべき言葉でも掛けようとしたが、しかし彼女の視線が言葉を塞いでしまう。
「………」
彼女の視線を浴びて、長峡仁衛は口を紡ぐだけだった。
(なんなんだろうか)
取り合えず視線を外そうとしたが、彼女の白い手が長峡仁衛の頬を挟むと、無理矢理視線を鬼童五十鈴に向けられる。
「……あのさ、これ」
長峡仁衛は鬼童五十鈴に聞いた。
この行為には一体何の意味があるのだと。
鬼童五十鈴は答える。真剣な目をしたままで。
「こう、すれば……私の顔、覚えてくれる、から、……今度は、忘れない様に、覚えて貰う、の」
その言葉を聞いて長峡仁衛は彼女の真摯さに心を打たれた。
「そうか。……そうだよな」
忘れられるのは、悲しい事だから。
だから、長峡仁衛は彼女の肩に手を置いて、じっくりとその目を見つめる。
「悪かったよ、鬼童。お前の切実さ、それに応えよう」
そうして、長峡仁衛は鬼童五十鈴の顔をまっすぐに見つめた。
長い睫毛、猫の様な目線。均等に整う前髪、リップが塗られた唇は光沢を帯びている。目元に泣き黒子が二つ。頬はほんのりと赤くなって、彼女の瞳が揺れた。
「ん?」
長峡仁衛は彼女の顔を見つめる。
鬼童五十鈴は長峡仁衛にマジマジとみられて目線を外していた。
「鬼童。別に見ても良いんだぞ?」
そう長峡仁衛は言うが、鬼童五十鈴は目を瞑って恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「先輩、見過ぎ……は、恥ずか、しい」
照れた様子で鬼童五十鈴が言う。
最初は彼女から始めた事ではあるが、彼女がそういうのならば、と長峡仁衛は見るのを止めた。
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