第1話〈クレカ〉

最近の事であるが、長峡仁衛に新しい悩みが出来た。

それは明朝、何時も通り銀鏡小綿が長峡仁衛を起床させる時の事である。


「……じんさん、おはようございます」


何やら不機嫌そうな声色で、銀鏡小綿が言うと。長峡仁衛は目を覚ます。

顔を上げて、彼女の鉄仮面が見えると、おもむろに布団を引き剝がす。


「………あー」


最早驚く事さえ無かった。

パープル色のパジャマを着込んだ、黄金ヶ丘クインが添い寝をしていたのだ。

長峡仁衛は彼女を起こす為に肩を揺さぶる、ん、とか細く声を漏らすと、黄金ヶ丘クインは目を開いて眠たそうな顔を長峡仁衛に向けると、柔らかな笑みを浮かべた。


「おはようございます、兄さま」


甘えた声で長峡仁衛を兄さまと言い、か細く欠伸をする黄金ヶ丘クイン。

そんな彼女を見て、銀鏡小綿は涼やかな声色で彼女に責め立てる。


「おはようございます黄金ヶ丘さん。ところで、ここにどういったご用件でしょうか?良識的な人物だと私は認識していますが、それは改めた方が宜しいですか?確か貴方は、じんさんが卒業するまでは自由にすれば良いと言っていた筈ですが?」


「えぇ、承知してますわ。銀鏡さん。私は兄さまに自由にすれば良いと言われたので、私のしたいことをしているだけです。さあ、兄さま。今日は何をしましょうか?」


頬を染めながら、黄金ヶ丘クインは長峡仁衛に迫る。

長峡仁衛は苦笑いを浮かべながら立ち上がると彼女に向けて言う。


「今日は一人で過ごしたい気分かなー?はは、偶には自分の時間って奴が欲しいからさ」


適当な言葉を並べて言う。黄金ヶ丘クインは遠回しに一人にして欲しいと言われているのだが、ぱぁ、と笑顔を咲かした。


「そうですね兄さま。偶には一人、羽目を外したい事もあるのでしょう。でしたら、こちらをどうぞ」


そう言って黄金ヶ丘クインがベッドの近くに置いたお泊りセットの中から財布を取り出すと、中から一枚を引き抜いた長峡仁衛に差し出す。


「……なにこれ?」


「私のクレジットカードですわ。限度額は無いのでお好きな様にお使い下さい、ご心配なく、日々任務をしている私はそれ以外にも錬金術で儲けてますので」


にこやかに言う黄金ヶ丘クイン。

それを受け取ってしまえば、……なんだか、彼女の全てを受け入れたようで怖かった。


「やめてくれ黄金ヶ丘。俺とお前の関係は金で繋がっているとは思いたくないんだ」


「兄さま、私の事はクインと呼んでくださいまし」


甘える様な声で黄金ヶ丘クインが言った。

長峡仁衛はある程度の話をして食事をして、結局クレジットカードを貰わなかった。


(……なんだか、おかしい事になったなぁ)


校舎の休憩室で長峡仁衛は一人の時間を過ごす。

だが、昔からの性質だろうか、彼は一人で居る時間が空虚に感じてしまう。

誰かが傍に居ないと、なんだか落ち着かない様子だった。

そんな時だった。


「……先輩、」


休憩室に入ってくる黒髪の少女。

それは鬼童五十鈴だった。

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