第4話〈術式、そして真価〉

(長峡さんの匣、だとすれば……完全に思い出したのでは)


黄金ヶ丘クインは一瞬の希望を抱く。

長峡仁衛は息を荒く吐きながら立ち上がると腕を動かした。

それに応じる様に、複数の黒い匣が宙を動いて厭穢に向かって向かっていく。


「く、らぇッ」


匣は長峡仁衛の意志によって動く。

弓矢の様に弧を描いて、厭穢に向かって匣が飛んでいくが。

厭穢は、その攻撃を回避する。

あるいは素手で弾いたり、尻尾を使って薙いだりして。

長峡仁衛の術式は一部開放されたが、それが決定打になる事は無かった。


「ッ」


厭穢が決して避けられないもの、尚且つ、攻撃を受けてもそこまでのダメージでもない事を理解すると、警戒を解いて殺意を迸る。長峡仁衛に向けて俊敏さを見せつけて接近する。

厭穢が長峡仁衛の方に接近して、槍の様な手刀を長峡仁衛に向けて振り翳す。


「匣ッ」


防御の様に匣を厭穢の前に設置すると同時に長峡仁衛はとんだ。

ハンドボール程の大きさを持つ匣の上に乗ると、空中を浮遊したのだ。


「うをッ」


長峡仁衛は咄嗟の行動に驚きを隠せない。

やはり、肉体に染み付いた昔の彼、その経験が突発的に発揮されている様に感じた。

空を浮かぶ長峡仁衛、かなりの術式を持たない彼よりかは進歩している。

だが、やはりあの厭穢を倒すには至らない。


「何を、してますのッ!」


そう声を上げるのは黄金ヶ丘クインだった。

声に注目する長峡仁衛。腕を抑えながら彼女は声を荒げる。


「完全に思い出したんじゃありませんのッ!?その術式はッ」


其処まで言葉を発した時だった。

厭穢が今度は黄金ヶ丘クインに目を向ける。

手の届かない長峡仁衛よりも、手の届く黄金ヶ丘クインに標的を定めた様子だ。


「ッ!舐めないで下さいましっ!」


黄金ヶ丘クインがスカートをめくる。内太腿に忍ばせた黄金の士柄武物を取り出した。

自分が死んでも、刺し違える覚悟であるらしい。

厭穢が走る。匣を搔い潜って、黄金ヶ丘クインに向かう。


黄金ヶ丘が歯を食い縛って、ナイフを厭穢に向けた。

その瞬間だった。長峡仁衛の頭が響く。

がんがんと、内側から叩きつけられる様な痛みが発生して、足を滑らせて長峡仁衛は宙から地面に向けて落下する。


厭穢に頭部を攻撃されたダメージが残っていたのか。

いや、違う。長峡仁衛の内側に眠るそれが、声を響かせていた。


「――――」


長峡仁衛は、その者に、どういった術式なのか。

匣はどの様な能力であるのかを、落下すると同時に理解して。

そして、長峡仁衛は〈匣〉を扱う。


「―――〈■■ひらけ〉」


その言葉と共に、匣が開かれる。

六方形の形をした匣は一瞬にして十字架の様に開かれて、クロスする部分、その面から黄金の鎖が飛び出した。


その鎖が、黄金ヶ丘クインを狙う厭穢の隙を突いて体中に巻き付くと。

長峡仁衛は、自らの影からその士柄武物を呼び寄せる。


「――――〈王璃覇流魂おうりはるこん双極そうきょく〉」


青い瞳の宝石が埋め込まれた黒色の大剣が、長峡仁衛の前に現れた。




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