第3話〈覚醒、そして術式〉
かちかちと、脳裏に刻む音が長峡仁衛の意識を辛うじて保っていた。
外界に意識を向けてはいない。己自身の意識のみに集中している。
(あれ?俺、何してるんだっけ?)
記憶障害を起こす長峡仁衛、か細い息と呼吸の音が煩く感じる。
何をしているのだろうか、そう長峡仁衛は考える、だが、何も分からない。
意識は外ではない。状況を理解しようとしても、その意識が外では無く内に向けられている以上、現状の把握を行う事は難しい。
だからと言って、内側を覗く事は悪い事では無い。
状況が危機的でなければ、長峡仁衛は自らの内側を余す事無く確認して、そして自らが何者であるかを察する事が出来るだろう。
あくまでも、時間があれば、の話だ。
先程も言った様に、長峡仁衛は危機的状況に陥っている。
状況を打破するには、内側から外側へと意識を傾けなければならない。
だが、長峡仁衛には、外側へと目指す為のやり方が分からない。
(俺は……どこに行けば、良いんだ?)
長峡仁衛は目を瞑る。
このまま、痛みが引いていく先へ、暗い暗い闇の底へと落ちてしまおうかと思った。
だが、長峡仁衛の意識は底に落ちる事はない。
沈んでいく彼に手を指し伸ばす者がいたからだ。
それは、長峡仁衛の手を握り締めて、暗い闇の底から、外界へと繋がる道に向けて引っ張っていく。
(……なん、だ、これ………)
長峡仁衛は呆然と手を見つめる。
その手の暖かさは、何処かで触れたことのある懐かしい感覚だ。
『――――頼むよ』
長峡仁衛を引っ張る者はそういった。
それは懇願だ。外界へと意識を取り戻し。
そして、……『彼女』を救ってほしい、と言う願い。
(あぁ……そうだ、俺、戦って……なんとか、しねぇ、と)
だんだんと、光へと向かうにつれて長峡仁衛の意識が鮮明になる。
だが、その光明は暗影を近づけさせる。
長峡仁衛は自分が扱う士柄武物が壊れた事を思い出す。
自身が記憶喪失であり、現状、あの足が速い厭穢を倒す術はない。
生き返る程に、長峡仁衛には絶望が過ってくる。
だが……それを打ち消すのは、その者の声だった。
『力ならある―――忘れているなら、思い出させよう』
微かな光がその者から零れて、長峡仁衛の体に移る。
すると、長峡仁衛は〈術式〉の一部を理解した。
全貌は以前不明、それでもあの厭穢を祓うには十分な能力であると。
『―――を、頼む』
その言葉を最後に、長峡仁衛は外へ、意識を完全に取り戻すと同時。
黄金ヶ丘クインに意識を向けた厭穢が、肉体を加速して向かい出す。
動くを予測して構える黄金ヶ丘クインにしかし、膝が崩れてよろめく。
先程の一撃が黄金ヶ丘クインに響いていたのだろう。
厭穢が黄金ヶ丘クインの胸元に、槍の如く鋭い手刀を放った瞬間だった。
「〈
ごとり、と。
何か、重たい蓋が落ちる様な音が聞こえると同時。
厭穢の目前に四角形の物体が現れる。
驚き、厭穢は退避する。そしてその四角形の物体が何処から現れたのか、神胤の流れを読んで後ろを振り向いた。
黄金ヶ丘クインは地面に横たわりながらも、長峡仁衛の姿を目を開いて見つめている。
以前、壁に叩きつけられて尻餅を突く長峡仁衛。
しかし、その周囲には四角形の物体が幾多にも存在し。
長峡仁衛はゆっくりと手を伸ばして厭穢に銃口を向ける様に指さした。
「――――〈
血だらけになりながらも。
長峡仁衛は、記憶の縁から思い出したその術式を口にする。
それこそが、長峡仁衛の術式。
その一部であった。
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