第5話 頼ってほしいー2

 黒いものは同時に存在していた。

 梅澤さんに連れられて会社の近くのうどん屋に連れて行かれた。

 僕は普段こんな店には来ないなと思う。少し洒落た店構えだった。大して、店などには興味がないから尚更特別に見えた。

 暖簾をくぐると落ち着いたオレンジ色の照明が僕の目を一杯にした。先に入っていた梅澤さんは慣れたように、指を2本上げた。そのまま店員の指示に従うと、奥の席を案内された。

 僕は梅澤さんを奥の椅子に促した。僕は丁度、照明の下あたりだった。

 メニューを開くと、おいしそうなうどんが並べられていた。

 きつねうどんに、肉うどんに、天ぷらうどんもいい。

 初めてこんなお店に来るから、僕は梅澤さんそっちのけメニューに食いついていた。

 「近藤くんは何ににする?」

 梅澤さんがそういうと僕はメニューから目を外した。梅澤さんはにこりとしながらメニューを見ていた。

 「ごめん。」

 僕は顔をあげると、遠目の目線でうどんの絵を眺めていた。少しだけぼやけて見える。

 僕はどこか上の空にお冷を眺めた。

 早く帰って、音楽を作りたい。口から溢れる前に、何にしますかと声に出してみる。

 「そうだね、だから、敬語やめてって」

 僕が謝罪を口にしようとした時、

 「決まった?」 

 と尋ねられた。僕は頷いて答えると梅澤さんは店員を呼んだ。

 店員は名前も知らない白い機械を片手に席にやってきた。

 「はい。お伺いします」

 店員はハキハキとした声で注文を待った。

 梅澤さんは僕に先を促した。僕はきつねうどんでと言うと梅澤さんは、私は天ぷらうどんでと言った。

 店員がポチポチ機械を押しながら戻って行くと、気まずい雰囲気が流れた。僕はお冷を梅澤さんから目を離しながら口に持っていく。ガラス越しに車が行き交う景色の上で反射した梅澤さんと目があった。

 僕は思わず目を背けると、背けても目の前に梅澤さんがいた。

 梅澤さんはにこりと笑った。

 会社で見る、しっかりとした顔つきと違って見え、新鮮に思った。この人、こんな顔をするんだ。

 僕は申し訳程度に口元を緩ませた。

 「ここ、同僚の女の子が教えてくれたんだ。私も知らなくて、教えてもらったときは会社に近くてこんなお店があるんだ〜、てなったんだよね」

 梅澤さんは楽しそうに喋っていた。身振り手振りとか、よく掴んだ動きをしていた。僕はそれを相手が傷つかない程度に頷きながら時折質問も混ぜた。

 うどんが来ると、お互い黙って食べた。すすった麺が口の中に入って顔を上げると、時折目が合ったけれども、梅澤さんみたいに優しくは出来なかった。僕は食べることに集中した。

 何年ぶりかはわからない。大学ぶりか、それとも最近近しいことがあったのかすら覚えていない。僕は人と机をまたいで食事をすることがどうも苦手なんだ。

 小学生のとき、席を合わせて食べていたときガキ大将が牛乳をこぼした。当時お気に入りだったナフキンにかかってしまった。そのナフキンがあまりにもお気に入りだったのか僕はショックを受けた。ガキ大将は謝ってくれなかったし、周りの人もあーあとした顔だけで後は何もしなかった。その沈黙の空気が僕には耐えられなくて、箸を放り投げて誰にも見つからないであろう場所まで逃げたことがあった。 

 そのショックは中学では戻っているだろうと思って、友達と何回か向かい合わせで食べたことがあるが気持ち悪かった。我慢して過ごしてはいたが、高校では中学からの顔見知りはいなかったから一人で食べることを選んだ。

 そんな僕がこうして一人の人間と食事をしているのが奇妙に思えた。

 「近藤くんは、休みの日何してるの?」

 梅澤さんは不意に声をかけてきた。僕は箸を止めて少し考えた。

 「そうだね、本とか読んでるかな。」

 「どんな?」

 梅澤さんは興味津々に聞いてきた。

 僕は答えるのを少し躊躇ってから、音楽の本かなとそれらしく答えた。 

 「音楽?スコアとか?雑誌?」

 雑誌は本に入るのかと思いながら、そんな感じかなと答える。

 「良い趣味してるね。」

 「そうかな」

 「そうだよ。だから、みんな近藤くんは知的に見えるって言ってるのも納得かな」

 周りからそう揶揄されていたのは知らないし、興味もない。僕は半ば興味が失せながらも、梅澤さんは?と聞き返してみると、

 「うーん。よく体動かしたりしてるかな。」

 全くわからない趣味を出してきた。それは勝の相手の方が楽しいのではないのか。

 僕はお冷を飲みながら、ガラス越しに通り過ぎる車のヘッドライトを見る。

 「あんまり、興味ないかな」

 「いや、そうじゃなくて。僕、そういうのあんまりわかんないから」

 梅澤さんはなら、今度一緒に行かない?と誘ってくれたが断った。あまり、興味がなかった。

 梅澤さんはちょっと口をへの字に曲げると、カバンを開けて財布を取り出した。

 伝票を持って颯爽と立ち上げると、

 「じゃ、もう時間も時間だし帰ろっか」

 と微笑んでレジへ行こうとした。

 「待って、梅澤さん」

 僕は梅澤さんを引き止めると、一緒に出ようとカバンを持つ。財布を出して割り勘を提案しようとすると、

 「いいよ、今回は私が払うよ」

 「いや、しかし」

 「奢らせて、今日ちょっと無理矢理だったし。友好条約ってことでさ。今度、また誘うからさ。そのとき、払ってよ」

 僕は困惑していたが、それで梅澤さんが良いのならと了承した。

 店の前で別れる前に、梅澤さんは今度は食堂がいいね、と言って手を振った。僕も小さく振り返すと、梅澤さんは人通りの多い駅の方角へと歩いて行った。梅澤さんは遠いところで振り返って手を振っていた。僕も振り返すと、雑踏の中に消えてしまった。 僕は梅澤さんとは真逆の方向へと足を向けた。人が少なくなっていくのを感じながら、ボロいアパートから音が聞こえてくる感じが伝わってきた。

 時間まだ8時前だった。

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