第3話 風邪
起きると頭が痛かった。
風邪だった。久しぶりに熱を出して布団に寝込んでいた。
咳が出る。体は重い。動こうにも動けない。僕は布団に入りながら、被っている毛布の隙間から見えるピアノを見ていた。
メロディーが聞こえる。鍵盤が動いているように思えた。陰影の変化はないが、心がそう訴えていた。
昨日、遅くまで曲を作っていたせいだ。何も食べず、ひたすら作っていたら時間はもう深夜の3時だった。明日も会社と思いながら、そのまま敷き布団を敷いて横になると寝落ちしていた。
日曜だったから、油断していた。土曜もそのまま横になって寝ていた。その時は暖かかったからよかった。だが、今朝は冷えこんんでいた。
僕は会社に連絡を入れた。部長は珍しいなと言った。風邪ではなくて、連絡を入れてきたことを珍しく思ったらしい。
スマホを放り上げると、毛布に包まった。そして、そこから動けない状況になってしまった。水を飲みたくて辛うじて、コップに注げはしたが。飲んで布団に戻れば、もう出たくなくなっていた。
日頃の寝不足が当たったのかも知れない。
一応、勝には休むと言った。まじ!?とメッセージが入っていた。仕事終わったら、お見舞いに何か買っていくよ。と添えられていた。
日も落ちてきて、体はちょっとは楽になっていた。薬は飲んでいないから、まだ根本的なだるさは残っていた。
インターホンのチャイムが聞こえると、だるいからだを引きずって玄関を開けた。勝はレジ袋を下げて立っていた。
「大丈夫か?ほら、布団で寝てろ、ちょっと作ってやるから」
勝は僕を布団に寝かせると、ジャケットを脱いで台所に立った。
「ほんと何もないな、お前の部屋」
勝はレジ袋から、アルミ鍋のうどんを取り出すとフィルムを破いて、作り始めた。アルミ鍋をコンロに置いて、出汁の袋を開けてそのまま鍋に流し込んだ。
コンロの火がつく音がして、次第にふつふつと音がし始めた。出汁のいい匂いが漂ってきた。なかった食欲がまるで湧き水のように湧いてきた。
「これじゃ、ちょっと薄いんだよなー」
勝はレジ袋から出汁醤油を出した。
「勝、それは」
僕は台所から離れた布団の中で言った。
「出汁醤油。プレゼントだよ」
そう言って沸騰した出汁に入れた。麺も入れて、沸騰を待っていた。
出汁の臭いが再び漂い出した頃に沸騰が終わった。
布巾を間に挟んで、鍋を持ってきた。
「このまま置いていいか」
僕は近くにあったシャツを下に敷いた。
「まじか、ここに置くのか」」
そう言って躊躇なくシャツの上にアルミ鍋を置いた。目の前に湯気が漂っていた。
勝は箸を渡してきた。僕は体を起こして箸を受け取って手を合わせた。
「うまいか」
「うん」
「そのやつれぐあいだったら、この土日何も食ってなかっただろ?」
「うん」
「そういや、梅澤さんが怒っていたぞ」
「うん」
「なんで、休んでんだって。」
「へー」
「近藤さん、ちょっと愚痴言ってたぞ。部長は風邪と言ってたらしいが時々休んでるから疑ってって。近藤さんの休みは大体無断欠席だって。」
「…それ、本当に言ってたの?」
「ああ、それもすごい顔で。なんで休むかね、てね。俺はお前はちょっと考え込んじまうところがあるから、時々体を崩すんだ、て誤魔化しといたけど。いつか、お前に直接言いよってきても不思議じゃないよな。」
「それは、だるいな…梅澤さんはそんなめんどくさい人なの?」
「別に面倒くさい訳じゃ無いけど、他の人からすると正義感が強いというか、気が強いというか。ちょっと人とのコミュニケーションが不器用なところがあるらしいよ。友達曰くね。」
梅澤さんと聞いてパッと顔が出てこなかった。どこのデスクに座っているかはなんとなくわかるんだけど。僕は最後の一口を梅澤さんと言う未知の人の顔を思いながら平らげた。
「さすが、早いな。」
「お腹空いてたから。朝からだるくて何も食べてないから。」
「まぁ、好物だしな。」
「うん。また、買ってきてよ。」
「今度はお前が奢れよ。」
そう言って勝は笑った。僕も釣られて、布団の中で肩を震わせた。
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