第50話
「そういうところですのよ、兄様」
「本当に」
王女達から小言を言われても気にしていないデルヴォークは自分の用事を伝える。
「伯母上はどこにおられる?」
「お母様はあちらに」
「呼んで来ますわね」
王女二人で連れ立ち、王妃を呼びに行ってしまった。
帰って来たらもれなくアリアンナの母も付いてくる。
デルヴォークと話すなら今しかない。
アリアンナはデルヴォークの腕を取り、バルコニーへ引っ張って行く。
「昨夜振りだが、体調は変わりないか?」
デルヴォークの言葉にアリアンナの足が止まる。
王女達は女性への配慮に欠けると言っていたが、今も今までもこうして自分を気遣ってくれるデルヴォークに好感を持ってしまう。
「……お気遣い頂きありがとうございます。それで……」
「?」
デルヴォークに言いたいことも聞きたいこともたくさんあるはずなのに、如何せんアリアンナの思考は全くまとまっていない。
まとめようにもまとまらなかったし、時間を置こうにも母の襲撃で今となっている。
「さ、昨夜のお申し出を」
「受けてくれるか!」
「いえ!」
「……そうか」
「い、いえ!」
「?」
訳が分からないと、デルヴォークの顔に浮かぶ。
アリアンナとて同じなのだが、一つ確かめておきたいことはある。
「失礼ですが、その、殿下は……こちら側であったように思うのですが」
「……こちら側とは?」
「私が以前殿下に妃選抜に残るか否かを問われた時に、王立魔術学院に通えるならその立場でもいいと答えました」
「うむ」
「その時に、何というか、ご結婚には殿下もご興味がないのではと感じてしまいまして」
「……」
「でしたら制服を贈って下さった理由も分かりますし、今回の件で妃選抜が白紙となったのは……ご都合が良かったのではないでしょうか?」
「……」
「王命とはいえ、今までお決めにならなかったお妃様候補を安易に私にされるのは申し訳ないと言いますか……」
アリアンナなりにデルヴォークへの気持ちを伝えていけている気がする。
勿論、全く取り留めもない質問になっている自覚はない。
正確にデルヴォークに理解されているかも分からない。
ただデルヴォークといえば静かにアリアンナの話に耳を傾けていたが、急に大きな声で笑い出した。
その声に思わずアリアンナの肩が震える。
そして笑いを収めたデルヴォークがゆっくりと声を落として話し始めた。
「本当に貴女という人は」
「?」
「まず……。そちら側だったことは認めよう。俺には思うところがあって結婚などしないつもりだったんだが……アリアンナ殿の不興を買ってもいい言い方をすれば、腹を括ったというだけだ。叔父上に貴女のお父上にその他小父共に、煩うるさ方に歯向かうにはあまりに不利な旗色だ。いづれしなくてはならないなら諦めようと」
「……」
「次に、俺が思うにご令嬢、というかそのものが苦手だ。その上で妻に望める女性など皆無だと思っていた。俺のすることに小言を言わず放って置かれても怒らず……あー、とにかく日々喚かれるのは遠慮したい。勿論、相手に対してのそういう些事な配慮も俺には無理だと自覚もある。そして、俺はいつ帰らぬ身になるか分からないからな。一人残すも申し訳ないと。だから結婚しない、ではなく出来ないが正しいやもしれん。だが、叔父上に言われて改めて貴女の事を考えた」
「?」
「貴女は王立魔術学院に通いたいという意志があり、馬を駆り、剣までも使う。その上魔術の腕は騎士団とは違う才能を見るに尊敬すら覚える。……では、こんな令嬢が他にいるのか?と」
「……申し訳ございません」
「いや、そうではない。貴女こそ望む人なのかと思ったんだ」
「!?」
「断られたら大人しく引き下がろうと思っていたが、やめた」
「!」
「得難い貴女が諾と答えるまで求婚しようと思う」
(……思うってそんな笑顔で宣言されても!)
先程まで組んだ片手を顎にやり考えながら話していたデルヴォークだったが、今はバルコニーの手摺りに両手をつきその腕の中のアリアンナを逃がさんとするべく側にいる。
「……わ、私は王立魔術学院に通いたいです!」
「いいと思うぞ」
「!……本当は淑女の教育より剣や馬術の方が好きです!」
「俺と今度手合わせ願おう」
「!!……殿下がこういう方だとは思いませんでした!」
「こういう方とは?」
「最初の印象と違い過ぎます!」
「いや。俺は元々こうだ」
「……は?」
「望んだものは絶対に欲しい」
「!!」
「勿論、先程言ったことは極力気を付けようと思う。……戦は避けられんが」
デルヴォークのこの我が儘な笑顔は、少年のそれを纏いその他ご令嬢達が見たら漏れなく全員が卒倒するだろう。
本人は気付いていないが、元々対外に笑顔が少ないデルヴォークのここ最近の笑顔の全てを独り占めしているアリアンナですら眩暈がする。……気がする。
そんなデルヴォークの瞳はいつもの翡翠掛かったものより金が濃くなっており、獲物を見定めた視線に射抜かれる。
こんな間近で標的にされていても何やら逃げられないことが心地よくなってきて変に焦ってしまう。
アリアンナはデルヴォークと見つめ合うことに耐えられなくなり顔を背けた。
小さく笑いを漏らしたデルヴォークの言葉は目も合わぬアリアンナに紡がれる。
「俺が望むのは貴女だけだ」
耳にというか体全体に響いたデルヴォーク声に驚いて振り返ると、間近にデルヴォークの顔があり、それに驚いたアリアンナは思わず両手でおでこを隠した。
顔は自分でも十分わかっている通り多分真っ赤だ。
いや。彼が現れてからずっと顔が熱いからさぞかし変に思われているかもしれない。
その動作を一瞬眺めたデルヴォークはまた声をあげて笑う。
「何がおかしいんですか?」
「いや。防御の姿勢を取られたのは正しい。……だが」
「!」
「貴女が守るべき魅力的な場所は他にもあるということだ」
デルヴォークの親指がアリアンナの唇をなぞり、そのまま髪を一筋手に取るとデルヴォークは口づけを落とした。
瞬間、アリアンナの全身が毛羽立つような、まるで猫が驚いた時のように総毛立った。
抗議の言葉は喉を出ずにはしたなくも口だけを開けてしまう。
それでも何か言わねばと思った時、デルヴォークの背後から彼の名を呼ぶ声がした。
王女達を連れ、お母様を伴った王妃様だった。
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