第49話
そうこうしているうちに王妃の部屋の前に着いてしまった。
ここからこの部屋に入ったが最後出ることは叶わず、会話に加わらないという選択肢もなく、ひたすら笑顔で粛々と話題の変更のみを行う時間がやって来る。
最悪具合が悪いと申し出ようかとも過ったが、自分がいなくなった後の会話が怖い。
扉をくぐるアリアンナは片手を胸に、握ったこぶしに力を入れた。
────────
(……うぅ…)
聞いてない。
王妃様だけでなくその娘達、王女オルガ様にベルレット様までいらっしゃるなんて。
敵とは心の中でも言えないが、アリアンナが防ぐべき相手がお母様含めて四人になることは欠片も思わなかった。
「あちらに座りません?」
入室の挨拶をして、アリアンナがお礼を言うと母と王妃は母が持ってきたキャセラック家からのお礼の品々を見るため、品物が運ばれた部屋へと移動してしまった。
一人残されたアリアンナに声を掛けてくれたのがオルガだった。
アリアンナが肯定の返事を返すと、三人で窓から近い場所に設えた卓に配した椅子に座る。
「初めまして、ではないけど。こうやって話すのは初めてよね?」
侍女たちがお茶の準備をする間も待てずに、下の王女であるベルレットが話し掛けてきた。
「ご挨拶でもほんの数回程度よね?いつもいらっしゃらないから」
(……痛いところを的確に)
オルガにも言われ、アリアンナは素直に謝罪の言葉を告げる。
だが以外にも返って来たのは王女二人の笑い声だった。
「謝らなくてもいいのに。ただ面白い方だなと思っていたのよ」
「そうよ。キャセラック家の息女であるのにいつも霧のように消えてしまうんですもの」
「……申し訳ございません」
返す言葉もなく謝罪する。
「本当にいいのに。デル兄様と結婚したらお姉様になるのだし」
「っ!」
危ない。
持ち上げようとしたカップの紅茶をこぼすところだった。
揺らしたカップは紅茶をソーサーの中だけの被害とした。
しかしカップの底は紅茶に浸され持ち上げたら滴がもれなくドレスを汚すだろう。
緊張からか喉が渇くのだが、口を湿らすことが出来なくなったことを後悔する。
(……一息も付けなくなったわ)
そして聞き捨てならないことを聞いた。
王女達まで昨夜のことを知っているというのか。
確認するならお母様達が来る前がいい。
「そうよね」と微笑み合う王女達に意を決して向き合う。
「あの、結婚とかお姉様というのは……?」
決意はしたが王女達に強気で聞くわけにもいかず、お伺いを立てる。
「あら、デルヴォーク兄様とご結婚が決まったと今朝お父様から聞きましたのよ」
「ええ。やっと私にかこつけて婚約者すら置かないデル兄様がって喜んでおりましたのに……違うんですの?」
(……う”ぅ”……)
違うと言えば違う。
デルヴォークから結婚の申し込みは受けたが承諾してない。
が。
貴族の結婚に拒否権はないなかデルヴォークはアリアンナに聞いてくれた。
少々行動が読めず驚くがデルヴォークが自分が不快になるようなことは絶対してこないことも、隣にいるだけで瞳を反らせなくなることも、ただ王立魔術学院に通いたいだけの理由で退けていけないとアリアンナの中でも見過ごせなくなっているのは確かだ。
オルガへの返事に詰まり固まるアリアンナを気にせず、王女達は会話を続けている。
「まぁ、戦馬鹿の兄様にご不安はあると思いますけど。でも、今までただのお一人も女性の方を側に寄らせたこともないくらいには不器用ですのよ」
「ベル、それは良く言えていないわ」
「あら」
王女達はデルヴォークの良いところを言おうとしているのだろうが、仕事のし過ぎとか、鍛錬の鬼だとか女性からすれば不満が多くもみえるが、彼の生真面目なことが聞こえてくる。
「それで、やはりアリアンナ様は女性への配慮に欠ける兄様では結婚の承諾はしない、ということですの?」
「?!」
「そうよね。ディー兄様と違って配慮、ありませんものね」
「??」
アリアンナが固まっている間に王女達の間で、いつの間にかアリアンナがデルヴォークを振ったことになっている。
「い、いえ、そうではなくて、まだ私も言われたばかりで」
アリアンナが王女達に自分の状況を説明しようと口を開き掛けた。
その声に低い美声が割って入る。
「我が婚約者殿に俺の悪口か?」
アリアンナのところへの訪問と変わらずバルコニーから部屋へ入ってくる人影に、王女達も慣れているせいか突然現れたデルヴォークへ不満を返している。
デルヴォークはそんな彼女達に笑い掛けながら、アリアンナへ目線を合わせる。
(……だからそういうことを今はしないで欲しい!)
極上の笑みをデルヴォークから向けられ、顔の熱さを隠すためアリアンナは両手で顔を覆うしかなかった。
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