第48話
翌日、アリアンナは昨夜のデルヴォークからの話を反芻し、結婚の申し出やおでこへのごにょごにょやら怒涛の出来事を思い出して、よく眠れなかったことも相まって朝食を断った。
そんな食欲のないアリアンナを看かねたサーシャが、林檎の紅茶にミルクを入れたものと果物を用意する。
アリアンナの回りは林檎の甘酸っぱい香りとシナモンが香り、良い香りで満たされていく。
だがアリアンナはそのお茶に手をつけることなく、紅茶の水面を心ここに非ずといった体で見つめていた。
時折頭を抱え、左右にぶんぶん振っている。
体調が戻っていないわけじゃないと分かっているだけに、今までのアリアンナを知るサーシャでもこのアリアンナは見たことがない。
だから心配は別のところへ馳せる。
昨夜デルヴォークとの面会で只ならぬ何かがあったのは分かるが、如何せんアリアンナが何も話さないのだ。
それだって今だかつてないアリアンナだ。
いつもであればどんなことも話してくれていただけに、今度ばかりはいくらサーシャでも完全にお手上げとなっており、せめてものとアリアンナの身の回りを細々世話を焼くしかない。
主が静かな部屋はやけに広く感じられ、サーシャが常々言っている淑女の鑑のような趣きでも笑顔の絶えないアリアンナの部屋ではないと思うのだ。
ミシェルも心配そうにアリアンナを見つめている。
俯いているアリアンナの背にサーシャが手を掛けようとしたところで、扉の方から声が上がった。
「アレーヌ・キャセラック様のお着きです」
瞬間、アリアンナが立ち上がりサーシャも直立不動になる。
その動作にミシェルが一瞬怯むが、声を掛ける前に二人が扉の方へ走るように移動したので慌てて後を追う。
「お母様!」
アリアンナが声を上げるなか、サーシャが深く礼をしたのでミシェルもそれに倣うが状況が分からず訪問者を伺ってしまう。
「おはよう。……アンナはもう大丈夫そうなのね?」
昨日、今日と見るキャセラックの奥方はアリアンナと似ているが、小柄ながらに名門侯爵家の妻君としてのオーラが漂いアリアンナとの淑女の差が歴然とある。
「で?用意は出来ていて?」
「…用意とは?」
「昨日言ったはずですよ。王妃様へのご挨拶」
確かに言われていた。
王妃様が見舞いに来られた折にも謝罪はしたが、改めての謝罪と見舞いのお礼と王宮を辞する挨拶と、諸々を含めた謁見を申し入れたと母は言っていた。
(でもこんな早朝とは聞いてない!)
相手の身分が高過ぎるくらい高いのだ。当然、昼近くに何なら午後になるのではと考えていたのに。
お母様にしたって早過ぎる。
「お部屋に伺うには少し早過ぎるのでは……」
「カーシアには伝えてあります。とりあえず大丈夫なら行きますよ」
────そうだった。
お母様と王妃カーシア様はカーシア様がお輿入れをされてからのお付き合いだった。
既にキャセラックの細君に収まっていたお母様と、同じ歳で一人異国から嫁いで来られたカーシア様とお二人が仲良くなるのは当然で、それ以来親交は深い。
アリアンナが返事をする前にアレーヌが部屋を出て行こうといたので慌てて後を追う。
(……どうしよう。昨夜の殿下のお申し入れは知られていないわよね)
デルヴォークは陛下の命によると言っていた。
ならば父にも知られているのだろうか。
お母様には?
王妃様には??
考えをまとめようにも昨夜のことを思い出すとデルヴォークからのキスを思い出すこととなり、アリアンナの思考は取り留めもなく零れていく。
前を歩く母からは特に変わった様子はないから平気なのでは?と無理やり心を落ち着けようと深呼吸をしてみる。この際、早朝なことは捨ておくことにする。
(よし。話題が結婚話になりそうな時は逸らしていきましょう!)
勝率が低い案しか浮かばなかったが、母や王妃様相手に出来る事などほとんどないと確信するアリアンナだった。
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