第41話

 近づいてくる蹄の音を魔術で聞きながら、変装したアリアンナが椅子に座って待っていると、五分ほど経ったであろうか、馬が小屋に到着したようだった。


 扉を開け入って来た男に見覚えはない。




 「キャセラックの奴らが動き出した。こっちも移動するぞ」


 「……」




 声を聞くと先程の一人で喋っていた男の声だと分かる。




 「娘はどうした」


 「……」




 変装したアリアンナと気付かない男に親指を立て、無言で向こうの部屋を指す。


 男はちっとばかりに舌打ちをすると、隣の部屋へ確認をしに行く。


 横たわるアリアンナを男は部屋を覗くだけで目視した。




 「娘を運ぶぞ。手を貸せ」




 小声ながら怒鳴ってくる。


 仕方がないので手伝いに行くと、男は一人で袋入りのアリアンナを抱えようとしているところだった。




 「案外重いから気を付けろ、ってお前……何だか縮んだか?」


 「(!)」




 (この私に対して重いだなんて!……いくら中身が違えど由々しきことですわ)




 悔しいが声を発せばアリアンナだと気付かれてしまうので無言を貫く。


 男達の会話を思い返せば目の前の男しか話していなかったので、投げやりに交代したと指だけで伝えれば、「一言、言え」とか「薄気味悪い奴らだ」とかブツブツ言っている。


 アリアンナは袋アリアンナの足を持つときに魔術で軽くなるようにすると、男は軽くなったと声をあげた。


 そのまま袋アリアンナを馬車に積み込み男は御者台に座る。


 アリアンナは男から行き先は告げられず、ただ付いてこいとだけ指示され騎乗の人となる。


 走り出した馬車の後を風と音を頼りに、暗闇に身を投じる状況は淑女としてのアリアンナではない。


 キャセラック家の女騎士として馬車の護衛に付いて行くのだった。




 (……おかしいわね……)




 小屋から馬をどのくらい走らせただろうか。


 向かっている先はどう考えても王城。


 こんなに簡単に帰れた上に、黒幕が分かるなんて事はないはずなのだが……




 そして着いた先は王城の三の郭、外からの貴族たちが滞在する為の簡易の屋敷が並ぶ区域だった。


 その一画にある屋敷の裏口へ馬車は入っていく。


 二の郭までの貴族はアリアンナでも把握しているが、この三の郭は国内の貴族をはじめ諸外国の貴族も泊まれるようになっている為、いつも決まった家がいるわけでもなければ空いている場合もあり、今この屋敷に滞在している家が誰なのか見当もつかない。


 御者の男は慣れた様子で馬車を止めると、車内にいる袋アリアンナを覗き、動かないのを見てアリアンナに向かって手招きをする。


 馬車の中の袋アリアンナは眠り薬がよく効いているせいか、まだ眠っているようだ。


 小屋の卓がある部屋で多分アリアンナに使ったであろう薬の瓶を見つけたので、最後に麻の袋の上から男に瓶の全てを掛けておいたのだ。


 その袋アリアンナも連れていくかと思いきや、馬車に鍵を掛け自分達だけ屋敷の中へ入るという。アリアンナも大人しく従って後をついて行くと広間へ着く。




 中では貴族の格好をした男が怒鳴っているところであった。


 貴族の男はサンディーノ侯爵だった。


 怒鳴られている相手は今のアリアンナと同じ格好の男。そばに三人同じ黒装束の男達が立つ。


 男は話す気がないのかサンディーノ侯爵の怒声を相手にしていないように見える。


 そこへアリアンナと来た男が割って入る。




 「そんなにかっかするなよ、予定通りだろ?」


 「予定?キャセラック嬢を攫って来るのが?そんなことは聞いてない!」


 「旦那、今更ですよ。娘はこのまま西に渡す。あんたは自分の娘を王家の嫁に。予定通りじゃないか」


 「西に?何を言っているんだ!私は娘以外の候補者の邪魔を頼んだだけだ」


 「だから、俺の主が邪魔をしてやってるんじゃないか」


 「だったらキャセラック嬢を家に帰して貰おう」


 「主はあんたからの礼金だけじゃ足りなんだとよ」


 「……貴様、約束が違うではないか!」




 部屋に入ってから会話に加わった男と違い、アリアンナは扉を入ってすぐの壁に立っていた。


 話を聞く限り、初めはサンディーノ侯爵が画策した作戦であったが、途中から西の手が掛かった奴らに利用されることになったらしい。


 今サンディーノ侯爵と話す男の裏に別の者がいる。


その誰かが西に渡りを付けて、この暗殺者達をタルギスに招き入れた。


 考えをまとめるには一片の数が少なすぎると思っていると、いきなり扉が勢いよく開いた。


 入って来た者はアリアンナが扮している格好と同じ格好をしたまた別のフードの男。


 反応したものは部屋にいる全員。


 しかしその反応は様々だ。なんだ、どうしたと騒ぎ立てる者達に、黙って駆け寄る者。


 アリアンナは一瞬の迷いなく、入って来たフードの男と入れ違うように廊下に出た。


 黒幕が直結している黒装束達が無言を貫くならこれ以上情報は集められないだろうと判断したからだ。


 それとサンディーノ侯爵の前で斬り合いを見せるわけにはいかないし、部屋の中では魔術を本気で使うことも出来ない。




 (もう少し情報があったら良かったのですけれど、多分、袋の私がばれたと考えるのが妥当ですわね)




 廊下をもと来た階下へ下るのではなく、魔術の風を使うなら室内より外の方が何かと都合がいいので上へと上がる。


 出来れば屋根に出られたらアリアンナに分も生まれるのだが、追って来る気配は五つ。


 まさにアリアンナの勘が嫌な方に当たった瞬間だった。

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