第40話

 キャセラック家の斥候からの第一報が届き、どうやらアリアンナは二人組の男達に馬車で連れ去られたらしいことが分かった。


 その男達の風体を聞いて、デルヴォークは直ちに城内にいる全ての使用人の出自と、今日登城していない者がいないかを確認するよう従者に言い渡す。


 結果、侍女に一人、御者に一人、従者に一人と今朝から姿を見ない者が三人いたことが分かり、その内の一人がサンディーノの口利きで採用されていることが報告された。


 デルヴォークは自らが直接指揮を執る騎士団の出撃待機指示を出し、キャセラック侯は先に屋敷に向かったジィルトに合流し持家の騎士団を動かすために、互いの西の情報共有をしてから、今後のアリアンナの救出を目標に各自の動きを決めた。




 「では、私から陛下に報告しておきます。お二人がご不在でも大丈夫なように致しますのでご安心を」




 席を立ちつつ、デイヴェックがそう言ってその場を後にする。兄が前線に出るのであれば、王城の留守を守るのを暗黙の了解としているので、国王などへの報告を含めデルヴォークがやっていることを全て引き継ぐ為である。




 「……此度の件、貸しになりますかな?」


 「何だ突然」




 やることが決まれば、時間を無駄にはしないのでデルヴォークとキャセラック侯もデイヴェックの後を追うように部屋をあとにする。


 向かう先は同じく厩舎になるので自然と並んで歩くこととなった。




 「いえ。制服の一件で殿下を釣り上げようと致しましたが……何とも旗色が悪い」




 デルヴォークは一瞬何のことやら分からなかったが、すぐに口の端だけを上げた笑いを浮かべる。




 「王族を釣りあげようなどと、不謹慎ではないか?」


 「そうですね。……ただ先程殿下自らキャセラックだけの問題ではなく致しましたので、いかように致せば……」




 キャセラック侯の一計はあくまで制服を娘に贈った事実をデルヴォークからのお手付きにしようとしたことだが、この誘拐事件で貸しを作る形になってしまったので、予定外に困ったと話している。


 デルヴォークからキャセラック侯の表情は相変わらずの笑顔のままで、心意は読み切れない。


 けれど、二人だけになってから話し出したなら曖昧にはするつもりがないのであろう。


 デルヴォークは一つ大きな溜息を吐く。




 「一人娘が誘拐されたという今に確認したいことはそれか?……まぁいい。出来れば本人からも承諾を取ってから話したかったんだが」


 「……ふむ。……殿下とあろう人が零点のご返事ですな」




 アリアンナの心配は勿論しているが、大事ではないと判断していると言われる。奪還する準備も万全だとも。


 キャセラック侯の気掛かりは別であった。


 貴族にとって、子どもの結婚は親が決めるものであり、一族のものである。


 ましてその頂点である王族のデルヴォークとの婚姻となれば政治的絡みも大いに反映するもので、自身の意思が入る余地などはない。


 それなのにデルヴォークはキャセラック侯にアリアンナ本人の返事を聞いてからと答えたのである。




 「そう言うな。その立場にいるからこその言葉だぞ」


 「何と?」




 暫し考える風をしてからデルヴォークがゆっくりと答える。




 「俺にとって妃とは望めば目の前に用意され、俺が望まずとも相手が望まずとも用意されるものだ。分かるか?政略的なことがなければ強制ではない相手の意思を尊重したい」




 キャセラック侯は驚いた顔で「殿下?」とだけ言葉を切る。




 「では殿下はあくまでアリアンナの意思を尊重すると?」


 「……出きればな」


 「……先程の非礼お詫び申し上げます。義理の息子になる者としての返事としては満点ですな」


 「……何?!」




 デルヴォークからすればアリアンナを望むと、この男が義理とはいえ父親になることを失念していたらしい。


 思わず大きな声になり、立ち止まったキャセラック侯を振り返る。




 「……そなたのそのような顔を初めて見たぞ」


 「おや。心外ですね。いつでも殿下には微笑を絶やさぬように努めておりますが」




 デルヴォークが笑顔の種類によると心の中で語ちれば、歩みを再開する。




 「しかし悪いが、何も確約はせぬぞ」




 今回の誘拐事件を逆手に婚姻をねだったとしても、王城での預かり義務のなかでの責任は取るが、それ以外は論外だと暗に伝える。




 「それがよろしいかと。殿下にお立場があるように、我が娘も簡単ではございません」


 「……何だと?」


 「果たして殿下の奥向きに我が娘が合うかと問われれば不敬ではございますが不安しかございませぬゆえ」




 今度はデルヴォークが足を止める。


 一体何だというのか。


 俺を釣り上げるなどと話し始めたくせに、今度は自分の娘をまるで不良品の扱いである。


 押し付けてみようとしたり、差し出さぬとも言う。


 そのデルヴォークを追い抜き様、キャセラック侯は含みのある微笑を浮かべる。


 歩を止めたまま先に往くキャセラック侯の背中を眺め、デルヴォークは己の後頭部に手をやる。




 タルギス国宰相、ジョルト・R・キャセラック。




 美形で優秀と呼び声の高いキャセラック家の子ども達の父親は、見た目の良さはデルヴォークからすれば十分に親の世代であるが、肩下に流れた白髪もない艶やかな金髪も手伝ってか歳を感じさせない整いを見せる。


 しかしながら常に絶やさぬ笑顔で、どれだけの策を立てているか相手には読み切ることをさせない顔も併せ持つと思い出した。


 こうも簡単にやり込められると、まだまだ太刀打ち出来るような相手ではなかったと降参せざるを得ない。 


 誘拐された娘を心配もせず、完璧なる奪還のみを下す冷静さといい、娘に淑女と剣の教育を施す信念といい、我が国の宰相殿の笑顔の裏は煮ても焼いても食えない奴……と早まった感が漂うのをデルヴォークは感じるのだった。


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