第39話
(…………ここは……?)
アリアンナの視界はまだぼやけるが、とりあえず意識が戻ったことをはっきりしない頭で感じる。
体にも先程嗅がされた薬品が残っているせいか、手足に力は入らない。
霞む視界が邪魔で頭を二、三度振ってどうにか自分の置かれた状況を確認する。
腕は後ろ手に手首で縛られ、足首も同様に縛られている。
辺りを見渡せば山小屋だろうか、木造りの部屋に簡易ベッドが一つあるだけだ。
体に痛いところがないので一応丁重に誘拐して貰ったのであろう。なら、アリアンナのやることは一つ。 こちらも丁重に帰ればいいだけだ。
手首の縄を外そうと上下に動かすと、隣の部屋から男の声が漏れ聞こえた。
ぼうっとする意識を耳に向け辛うじて聞こえてくる話に注意する。
「……あの娘の引き渡しは手筈てはず通り、くれぐれも下手な真似はするなよ。娘はあくまで館を空にする餌だ。手薄になったら館を押さえるからな」
返事は聞こえなかったが、おそらく相手がある会話だろう。
返事がないまま男はまだ何事か話していたが、アリアンナは別の事を考えていた。
今の話から想像するに、自分はこれからまた別の場所に移動させられる事、自分の身柄の拘束をたてにキャセラック家の騎士団をおびき出す事、人手が無くなったキャセラックの屋敷の乗っ取りを考えている事。
自分一人ならいつでも帰る事が出来る。
でも今の会話を聞けばやるべきはただ帰ればいいだけと違い、キャセラックの勢力をどこまで正確に相手が把握しているのか……敵とみなした戦力もどれほどか、今回の黒幕まで出来るだけ情報収集をせねばならない。
(……確かにお父様達が動かれたら屋敷はお母様お一人。ジィルトが残っても手薄にるわね……)
ただ……
アリアンナはこれから動く順序を考えながら、体が動かせるようになったところを静かに確認していく。
……さて、いかが致しましょう……
先程から聞こえている男の声がまたする。そして男は二言、三言、言い残すとそのまま小屋から出て行ったようだ。
話している男が出て行ったとなると
(残ったのは何人かしら……)
間もなく残った男の足音が近づいて来て、アリアンナがいる部屋の扉を開ける音がした。
そのまま近づいて動かないのを足先でアリアンナの肩を揺すって確認してくる。
その機会をアリアンナは逃すことはなかった。
魔術の風を使い縄を切り、自由になった片手で相手の胸ぐらを掴んで床に倒した。
その反動を使って自分の身を起こすともう片方の手を敵の腹に当て、魔術で風当てをする。
敵は動かなくなったが、物音を聞きつけもう一人くらい来るかと身構えたが、どうやら今倒した一人だけらしい。体の動きが本調子ではない状態の今では、有難い限りだ。
アリアンナはもう一度敵が動かないのを確認して、全身黒づくめの敵が被っていたフードを取る。
自分より確実に年上の男が出て来た。
ついでに身体確認もして、腰の剣とブーツに仕込んである短剣を抜き取りそのまま失敬する。
男が来た隣の部屋を確認しに行く。
こちらの部屋も簡素なもので、ベッドがない代わりに木製の卓に椅子が二脚と革の袋が二つ。
武器になるような物は見当たらないが、革の袋を見れば中身の一つは食糧で、もう一つは縄と毛布であった。縄が入った袋ごと持って元の部屋へと戻る。
次に準備することは、ベッドにあるシーツを魔術を使って長く一本の布の様に切り裂いていく。
その間に、男を風で浮かせ手早く服を脱がせていく。
アリアンナは今倒した男の話し相手がいつ戻ってくるか分からないので、出来るだけ素早く行動していく。
倒れている男を脱がせ終えると、背中の真ん中にに奇妙な模様の刺青を見つけた。
自分の記憶に違いがなければ、西の国で有名な暗殺を生業とする組織に入っていた気がする。
月の出から入りまでを十二の満ち欠けで分け、描かれる月の色は黒。常に精鋭の殺し屋が十二人稼働可能だという組織だったはず。
(……西の国の者が手を貸したとなると、狙いは本当にうちキャセラックかしら……)
自分もドレスを脱ぎ、たった今出来たシーツの布で胸を巻いてゆく。
そして、男の着ていた服を身に着けると、剣も短剣も男が付けていた通りに自分に戻す。
それから服の調整や靴が脱げぬような微調整を繰り返しつつ、剣を振るう動きに不自由が出ない支度を整える。
仕上げに、床に転がった男にドレスを着せ、手足を縄で縛り、上半身に縄と毛布を出した革の袋を被せ、その上から尚肘の辺りで縄を掛ける。
鍛えた男の体とてコルセットを外し、後ろの紐を全開で緩めればどうにか着せられるものである。
ここまでを終えると、卓がある部屋へ移動して髪飾りなどの装飾品を食料の袋に投げ入れる。
最後に髪を一つに束ね、襟もとから服の中へ一房になった髪を入れ、男の服から余った部分で簡単に作った顔の半分を隠す布を付けるとフードを目深に被る。
(さて。帰宅準備は整ったわ。どれだけお土産が頂けるかしら?)
丁度良いと言えば不謹慎なのかもしれないが、小屋からはまだ遠い所で風にのって馬が走って来る音が聞こえてきた。
多分、いや十中八九、小屋の男の相方だろう。
今までの家での鍛錬と違う本番に臨む気持ちが、自然とアリアンナの高揚感を高めていた。
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