第38話

 帰城してからのサーシャは時間を無駄にすることなく、城内に入るや迎えの従者にキャセラック侯に目通りを願い出、ハンプトン女官長にもキャセラック侯の部屋に来てもらうよう言付ける。


 そのままミシェルを伴いキャセラック侯の部屋に向かって、応接室の扉の前で待つ。


 隣から漏れるミシェルの嗚咽を聞きながら、サーシャは静かに目を閉じて背筋を伸ばしたまま扉の開くのを待った。


 しかし、目の前の扉が開く前に、別の部屋から来たであろう息を切らせた従者から「キャセラック侯はデルヴォーク殿下の執務室にいるので、そちらにお越し下さい」と言われた。


 その者に付いて、デルヴォークの部屋に着くとアリアンナに関わる人達が揃っていた。


 部屋の主であるデルヴォーク、弟のデイヴェック、アリアンナの父親のキャセラック侯、アリアンナの弟ジィルト、女官長のハンプトン夫人の五人にサーシャ達は迎えられた。


 サーシャは、緊張で声が上擦るが、報告をしないと何も始まらないので気を引き締め話し出す。




 「申し訳ございません」


 「謝罪はいい。アンナがいなくなった状況を」




 返事をするキャセラック侯からは怒りというより、アリアンナがいないまま帰城したことを想像しての焦りも感じられるが、表情はいつもと同じく笑顔ともつかぬ穏やかなままだ。




 「……ベルタン様の店を出る時に、私達だけ店内で話し込んでしまいお嬢様がお一人で外へ先に出られました。店の者が馬車を呼びに行っておりましたし、馬車が到着すれば呼びに来るだろうと思い、人目のある日中でしたので注意を怠り配慮に欠いたと思っております」


 「他には?」


 「私が外へ出た時には馬車はおろか、お嬢様のお姿はなく、近辺を探しましたが見つからず、唯一の手掛かりといえばお嬢様の靴が片方だけということでございます」




 ハンプトン夫人から大きく息を呑む声が聞こえるが、キャセラック侯はそれに構うことはなくサーシャに労いの言葉を掛ける。そしてこの部屋に二人いる殿下だが、デルヴォークにだけ視線を投げる。




 「……だそうです。殿下、この件はキャセラックの問題、こちらで対処致しますので全権を頂きたい」




 サーシャからの報告を聞いたキャセラック侯はさすがに真面目な顔になったものの、王子殿下二人を前に態度を崩すようなことはない。


 返事を求められたデルヴォークは、机上についた手を組み、睨むようにしてキャセラック侯を見つめている。




 「……果たしてキャセラックだけが狙いか?」


 「……西ですか?」




 キャセラック侯の返事にデルヴォークは暫し目を見張る。


 デルヴォークからの視線にキャセラック侯は笑顔を返し、さらりと答える。




 「情報はいくつあっても困りますまい」




 その返事にデルヴォークも不敵な笑みを浮かべながら「違いない」と返す。




 「だったら話が早い。今回の件、西のガルーダが関わっているのであればキャセラックだけの話じゃない」




 二人は無言で見つめ合うが、先に視線を外したのはキャセラック侯だった。




 「……いいでしょう。とりあえず今あるお互いの手の内を合わせておきましょう。しかし、先にうちの者を斥候に出してもよろしいか?」


 「かまわん」




 キャセラック家には王家より私設騎士団を持つ名誉が与えられている。それを動かす許可をデルヴォークから取ると、横に控えて立っていた息子のジィルトに手振りで指示を出す。


 それに応じ、ジィルトは部屋を辞す礼を両殿下に取る。


 併せてハンプトン夫人以下の女性陣にも下がるよう指示する。


 部屋には三人だけとなった。今まで人が居たせいか部屋が広く感じる。




 「……西が関わったとなれば今回の俺の妃候補で狙われた可能性も捨てきれない。事は起きてしまったが出来うる奪還の策は講じたい」




 おもむろにデルヴォークがキャセラック侯に気持ちを伝えるが、対するキャセラック侯はどこか飄々としていて、デルヴォークだけでなくデイヴェックも注意を逸らせない。




 「失礼だが、兄が聞かぬなら私が尋ねたいのだが」




 今まで、事の成り行きに口を挟まずにいたデイヴェックが静かに口を開く。




 「キャセラック侯は娘御が心配ではないのか?」




 その質問は娘を拐かされた父親のそれにしては落ち着き過ぎていて、いくら武家であるキャセラック家とはいえ異質に思えたからだ。


 両殿下の目線から逃れる為か、否か、キャセラック侯は目を瞑り、背もたれに身を深く預け直すと話し始める。




 「娘が拐かされるのは初めてではありません。ならばそろそろ帰って来るか……帰らぬのであれば迎えに行くまでのこと。向こうの狙いがキャセラックであれ、タルギスであれ、私からすればあれが少しでも役に立つならば良いと思っておりますよ」


 「「?!」」




 娘を誘拐された父親の言葉とは思えない言い様に、デルヴォークもデイヴェックも驚くが、キャセラック侯の話はまだ続く。


 今、帰ってくるとかも聞こえた。


 いくら剣を使い、馬を駈ろうともたった一人で名家の令嬢が自力で帰って来るなど本当に言っているのだろうか。




 「殿下達はご存知ないかと思うが、我が娘アリアンナにはキャセラックの教育をしてあります。心配をしていないのではなく、信じておるのですよ」




 言い終えると、閉じていた瞳を開きひたと二人に視線を合わせ、またいつもの笑顔を作る。


 それを聞いて納得出来るはずもないデイヴェックと、思い当たる節のあるデルヴォークはキャセラック侯に視線を合わせる。その意味を察したキャセラック侯からウィンクをされデルヴォークは目を見開くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る