第37話
エマの採寸が終わったので、アリアンナのドレス決めはまた後日王城で続きを行うことにした。
やる気を出していたベルタンには悪いが、この舞踏会への期待が盛り上がった空間で勢いに任せて作ったドレスを着た日には、今までの引きこもりが無駄になると気付いたアリアンナが、エマにお互いのドレスを見るのは当日までの秘密と約束したからだ。
ともかく、当初の目的であるエマの王立魔術学院の制服を作る詳細を決めてしまうことにする。
アリアンナの制服は既存のデザインに自分の希望を入れてしまったので、エマには学院指定の本来のデザインにしようと決めてから始める。
下はドレスのスカート部分という通っている子女達のスタイルなのだが、その裾をどの丈にするかとか、上着の下に着るブラウスの形、レースの量など、決める事を細かく見ていく。
因みに王立魔術学院の制服は、基本になる形があって無きの如しで、騎士服のような上着に下は男子であればズボン的なものになり、女子はドレスで丈やデザインは自由なのである。上に羽織るオーブなどもあるが、それを羽織る羽織らないも自由であれば、いっそ制服を着ていなくても大丈夫なのである。
しかし念願の入学が出来るなら、折角だし制服が欲しい!と拘こだわったのはアリアンナだった。
その為にこうして今しなくてもいい裏合わせをしているが、何も知らないエマは母以外のそれも同年代の女の子と服を作るというのは思いの他楽しんでいて、ドレスを一先ず先延ばしに出来たアリアンナに至っては本来の目的を完全に忘れ和やかな時間を堪能した。
❁ ❁ ❁
次はエマのドレスの生地選びと大体のデザインを決める時間となったが、アリアンナ達は一緒に居られないので階下で待とうかと話していたが、そういえば、とデルヴォークへの贈り物を買いに行って待つ時間に当てようとなった。
刺繍入りのハンカチを贈ってはみたが、よく考えれば考え王族たるデルヴォークへの返礼がハンカチだけとは失礼になるような気がしてきたからだ。
礼服用のタイに刺繍をするのもいいだろう。
生地だけならベルタンの店にも沢山あるのだが、折角なので手芸屋にも出向いてみようと思い付いた。
それを侍女達に伝え、一旦ベルタンの店から出るならとミシェルとサーシャが店の者に声を掛けている。
彼女らが話しているのを見て、アリアンナだけ先に一人外へ出た。
今日は久し振りの天気で、柔らかい日差しの中で冷たい風も心地良く感じられる程だ。
(あら?)
普段なら、終わる時間の分からない今日のような予定であれば一度馬車は馬車が停められる街の待合所まで行ってしまう。帰る時にまた呼び出すのだが、店の前に乗って来た馬車が停まっている。
店の者が呼びに行ったが、それにしても早い。
まるで、ずっと待っていたかのように。
扉のガラス越しに中を覗のぞけば、まだ侍女達は話し込んでいるようなので、アリアンナは馬車の様子を伺うべく、店の前の階段を降り馬車へと近づく。
馬車の本体部分の座席がある中を見ると、予想通り誰もいない。
御者が座る方にも回ってみる。
(……変ね……誰もいない?)
馬車だけが取り残されている訳が分からない。
その時、また風が揺ゆらいだのを感じて、後ろを振り返ると、至近距離に御者が立っていた。
アリアンナは驚いて息をのむ。
ぼうっと立ったままの御者の男を凝視していると、別の誰かに後ろから口を塞がれた。
(しまった!)
そのまま体を拘束される。
口を塞いできた布に薬品でも染み込ませたのか、そのせいで視界がぼやける。
男達二人に馬車に押し込まれる時にはアリアンナは意識を失っていた。
男達は周りを気にするような行動はとらず、具合の悪くなった者を介抱するが如く自然な動きでアリアンナを馬車に乗せた。
一人が着席すると間を置かず馬に鞭を打つ。
馬車は何事もなかったように動き出しその場を後にした。
街を抜けるまで馬車はごく普通に道を行った。
その馬車が最後の民家を過ぎてから、速度を上げ夕闇に溶けるように森を行く頃には馬達が全力疾走し、ただならぬ速度を上げていた。
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「申し訳ございません!お待たせを致しました」
店を出ると、先に出たはずのアリアンナの姿はなく、停まっているはずの馬車もない。
そこに片方だけ残されたアリアンナの靴以外は。
嫌な予感にサーシャの鼓動は跳ねるが、ミシェルと見送りに出て来た店の者達と周辺を呼び掛けながら探がす。
そこへベルタンの店が頼んだ本来の馬車が到着する。
サーシャは急いで馬車の中を確認するが、アリアンナが乗っているはずもなく、主が居なくなった事実だけが絶望と共に押し寄せる。
(お嬢様には魔術もおありにあるし、ご無事なはず)
ここでサーシャが動転して何もしなければ、ますますアリアンナが危ないと自分を落ち着かせるように、隣で涙ぐむミシェルを励ます。
一緒に探すのを手伝ってくれていた店の者達に礼を言い、詳細が分かり次第必ず連絡を入れることを店主であるベルタンに約束して馬車に乗り込む。
サーシャは出来るだけ王城へ急ぐよう言った揺れる馬車の中で、泣き崩れるミシェルを支えながら、忽然こつぜんと消えたアリアンナの身を案じる事しか出来ない自分に腹が立ち、全身汗をかいているのに熱を出す前のような体の冷えを感じる。
額の汗が入ったのを我慢したいのか、沁みる目をきつく閉じれば涙が我慢できる。
行方の分からなくなったアリアンナを思えば自分が泣くわけにはいかない。きつく握り締めたサーシャの拳からは血が滲むのだった。
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