第36話

 昨日の野外茶会はジィルトの協力によるものも多いが無事、上々で終えることが出来た。


 ちゃんと自分で縫い取った刺繍のハンカチも殿下に渡すことも出来た。


 そして現在、アリアンナは昨日の内にサーシャとミシェルと話し合っておいたことを実行するべく、午前中にエマの部屋を訪れベルタンの店へ誘った。


 エマに王立魔術学院の制服を贈るならベルタンの店で採寸をしなくてはならないからだ。


 ベルタンの店に行くのに馬車を頼むのだが、キャセラック家から呼ぶのも時間が掛かるし、ウィラット家のは誘った側なので、論外だ。


 だとすると、王城の馬車を頼むしかない。


 但し、王城の紋章が入った馬車だと仰々し過ぎて、店に申し訳ないので敢えて紋章がない馬車を用意させるように従者に頼んだ。


 勿論これが普通の店なら王室ご用達との宣伝も含めて、王城の紋章入りの馬車で行っただろうが、ベルタンの店はそういった賑やかしがなくとも社交界の名家の顧客を抱えるので、却って悪目立ちになってしまうと店に迷惑が掛からないようにとの配慮だ。


 アリアンナ側が三人、エマ側が二人と、総勢五人で馬車乗り場まで下りて行くと当然頼んでおいた通りの馬車が用意されていたが、馬車に乗ろうとステップに足を掛けると、ふと風が騒いだように感じた。


 周りを見回してみたが、特に何か変わったことはない。




 (……何かしら?)




 「如何いかが致しました?」




 後ろにいるサーシャに声を掛けられる。


 一番最初に乗車するアリアンナが止まっていては皆乗れないからだ。


 後ろを振り向きつつ、返事をすると帽子を目深に被った馭者が目に入った。


 帽子を被っていることも、頭を下げていることも普通のことなのだが顔を伺い知ることが出来ない。


 今日に限っては、顔が見えないことに違和感を感じつつも、後続を待たせてしまっていては皆に悪いと思いそのまま乗り込んだ。




 「お嬢様、先程の何だったのですか?」




 馬車が走り始めて暫くしてサーシャから問われる。「何でもない」と答えれば




 「もしかして王城の方々まで覚えようとなさってます?」


 「そういうわけでもないのよ、規模も違うし」




 その会話を聞いたエマからも同じく問われる。




 「アリアンナ様は仕事をしている者たちを覚えているんですか?」




 それにはアリアンナが答えるより先にサーシャが答えた。




 「そうなんですよ。うちのお嬢様は、ご実家では館の皆という皆、全員顔を覚えてらして。会話も普通になさるんですよ」




 それを聞いたエマの侍女は驚いた顔をし、目を瞠る。


 普段の会話を主家族とはあまりどころか、しないのが普通だからだ。




 「では!私もそう致します!」




 エマがまたも憧れのアリアンナを真似るべく困った目標を立てた。


 エマの隣で侍女が驚いたのを顔に出していたが、アリアンナ側は見て見ぬふりをした。


 そんな馬車内で会話は、実家でのお嬢様について各々の侍女達が話し、時折サーシャが質問を挟み、エマとアリアンナが答えるものとなり大いに盛り上がった。










──────────────────










 エマを伴い店に入ると、予め連絡をしておいたからか、ベルタン含め店全員で出迎えを受けた。


 アリアンナには二度目でも、初めて訪れたエマ達は興奮を隠しきれないらしい。「わ~」と言ってはすべてが珍しそうに店内を眺めている。




 「お嬢様からです。お受け取り下さい」


 「ありがとうございます。ご配慮感謝致します」




 アリアンナの後ろからミシェルが前へ出、手土産を店の者に渡す。




 「それでは早速取り掛かりましょうか。アリアンナ様、ウィラット様、本日はお越し頂きありがとうございます。お嬢様方のお力になれますよう精一杯務めさせて頂きます」




 手土産を受け取った娘が奥へ下がるのを見届けて、ベルタンが挨拶をする。




 「こちらこそ、いつも急で申し訳ないわ。今日も楽しい時間を共に出来たら…よろしくね」


 「私よ、よろしくお願いいたします」




 アリアンナの後をエマも緊張気味に挨拶を返す。


 ベルタン達に続き二階へと上がり、各々用意していくものを確認される。


 そんなドレスの採寸など普通のことがとても楽しく気分が良い。


 綺麗で可愛いものたちに囲まれ、気の置ける女性ばかりの場にいやがおうにも会話も華やいでいく。


 淑女としては少々騒がしいかもしれないが、ベルタン達も楽しそうだからなお気分が良い。


 エマの採寸が終わりかけたその時、お店の娘の一人がベルタンの側へ手紙のようなものを届けた。


 失礼します、とアリアンナ達に断りを入れ後あとの者に指示し、ベルタンが中座をする。


 やはり手紙だったようだ。


 読み終えたベルタンが目を輝かせ、その割に顔は真剣そのものと明らかに手紙による何らかの効果を得てアリアンナ達のところへ戻って来た。




 「お嬢様方は先程の手紙の中身はご存じ……というかアリアンナ様から言われたエマ様の制服は勿論早急に仕立てに入らせて頂きます。それとは別の今回の夜会用のドレスのお仕立ても致しますね」




 一瞬ベルタンが何を言ったのか理解が遅れた。




 (……夜会用のドレス?)




 アリアンナの頭の上に大きな疑問符が浮くが、ベルタンはやることが増えたせいか、大きく二度手を叩きその場を早々に仕切り始める。




 「それでは、アリアンナ様は採寸をしてくださいな。それから奥でドレス生地とデザインを決めましょう。エマ様はアリアンナ様の採寸が終えられるまで先にドレスのお話を致しましょう」




 そうベルタンが言い終えると、店の者達にあれよあれよと二手に分けられる。


 その前に!とアリアンナがベルタンに真相を聞こうとその場に留まった。




 「いきなりドレスまで新調するなんて、先程の手紙は何だったのです?」




 聞かれたベルタンの方が今度は少し目を見張り疑問の表情になる。




 「アリアンナ様はご存じない?」




 頷くことで返事を返すアリアンナにベルタンがなおも言う。




 「オルガ女王様主催の舞踏会です」


 「……まさか手紙はお母様からですか?」




 勿論だとでもいうようにベルタンが満足そうに肯定する。




 「はい。各界のお嬢様方を中心に開かれるそうです。腕がなりますわ!」




 ベルタンの返事を受けるアリアンナからすればやられたとしか言いようがない。


 今は王城に住んでいるアリアンナの方が王城の情報を聞くのが早いはずだが、やはりお母様の伝手つての強さが物を言うというか、お父様からの可能性も大いにあり得るがまだどこからも出ていない情報なのは確かだ。


 アリアンナが知れば欠席をするだろうと見越した母の先手だ。


 どうせこのベルタンの店に行くことも筒抜けなのだろう。


 そこへエマだ。


 自分一人だけならドレスを新調などせず、当日は着るものがないとか何とかからごねればいいだけだったのに、エマがいてはドレスを自分だけ作らないなどは出来ない。


 多分、アリアンナに遠慮してエマも辞退するだろうから。


 そしてそれこそ母の真の目的は……アリアンナの舞踏会への出席だろう。


 少し離れたところにいるエマを見ればドレスを新調し王家主催の舞踏会にエマの期待は溢れんばかりだ。


 そのエマを一人で出席させるのは忍びなく、アリアンナが欠席であればエマもまた欠席だろう……とアリアンナの良心に訴える作戦だ。


 母の策の前に完敗だ。




 「アリアンナ様の採寸をと思いましたが、アリアンナ様から頂いたお菓子でお茶にしてからにしましょうか。忙しくなりますわね!」




 ベルタンの満面の笑みをよそに、アリアンナの胸中は「当日、部屋から出られない病とかになれないかしら?」と全力で脱力するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る