第42話

 同時刻、デルヴォーク側ではサンディーノ侯爵の仮住まいである三の郭の屋敷を包囲する準備を進めていた。


 王城内で大規模な捕り物も出来ないため、少数精鋭にするための人選をしつつ、キャセラックが出した斥候の帰城も待っているところへ、その斥候が戻ったと知らせが入った。




 タルギスから西、隣国のガルーダへ向かう山中に山小屋を見つけ、その小屋の中にあった物からアリアンナが居たことは確かだが、すでに姿はなかったと報告を受ける。


 アリアンナの持ち物が入っている麻の袋と、手のひら大のガラスの様な玉を彼女の弟ジィルトが受け取る。


 報告を聞けばガラス玉は小屋の卓上にあったらしく、斥候に出たうち魔術が使える者のみにしか見えないと言う。




 「……殿下。本当に見えませんか?」




 ジィルトはまだ集まっている途中の騎士団から少し離れたところへデルヴォークを誘い、移動したのち自分の手にある玉をデルヴォークの方に見せ、聞く。




 「見えんな。だが、王家の者は魔術持ちといってもいっかげんに弱い。他に誰か聞いてみるか?」


 「……いえ。多分、我が姉の術だと思います」




 そのガラス玉の様なものは、玉の中で虹色に輝く竜巻がある。


 認めたくないが、玉の表面には光るキャセラック家の紋章があるのだ。


 また何か自分の知らない魔術を成功させたんだろうと溜息を吐くしかない。


 術者にしか見えない玉で、その上うちの紋章入り。


 見えることは魔力を持つ者には見えるが、多分、キャセラックのゆかりの魔術者にしか反応しないようになっているのだろう。


 ジィルトがガラス玉を持った途端に虹色竜巻が玉内部で発生した。


 簡単に玉の状態を説明して、何が起こるか分からないので……とデルヴォークがいる場所から少し離れる。


 ジィルトの玉を持つ手に魔力が帯びると、玉の紋章が光り、ガラスの様な表面が割れ中の竜巻だけ残った。


 暫くののちアリアンナの声が竜巻から聞こえる。




 「聞いているのはジィルトかしら?ご苦労様。お父様なら…申し訳ありません。私は今のところ無事です。私を誘拐した黒幕は西と繋がりを持つ者で、ご丁寧に西で有名な暗殺団も関与しております。で……とりあえずその一人と私、入れ替わりました。情報を集め次第戻ります。あ、それと麻の袋に髪飾りなどを入れておきましたので、回収しておいて下さい。お父様やお母様、殿…いえ、王城の方々にも宜しく伝えてね」




 虹の竜巻はアリアンナの言葉が終わると霧散した。


 今の姉からの伝言を聞いて、父母やまして殿下に何を宜しく伝えればいいというのか。


 新しい術にも驚くが、内容が内容だけにジィルトは無言でデルヴォークの方を見る。


 聞こえていただろうか。


 デルヴォークの方もまた同様に驚いた様子でジィルトを見ている。


 ただ、魔術でアリアンナの声を再生出来たことになのか、聞いた内容になのかは窺うかがい知れないが……




 「……殿下、我が姉は無事で、暗殺団になりすまして潜入しております」




 報告の為に簡略化したら、なお面妖さが際立つが致し方ない。けれど、耳を疑うような報告になっているのにデルヴォークから返事が返ってきたのが救いか。


 ジィルトはデルヴォークの方に戻りながら会話を続ける。




 「……無事なら良かった」


 「ある意味無事ではありませんが」


 「……お前から見た姉君の実力はどの程度だ?」


 「身内の贔屓目を抜きにしても、魔術師としてなら騎士団でも上位。剣技だけでも入団は確実かと」


 「……それ程か」




 キャセラック卿が暗に言っていた娘の実力はデルヴォークの想像以上だが、本当に令嬢一人で敵陣から戻るというのが不安がある。




 「……本人に言ったことはないですが、俺より実力は上ですね」




 今年入った中だけでなく、現既存の騎士団の中でも群を抜く資質の持ち主がジィルトだ。


 そのジィルトからのお墨付きを貰う姉の実力は大いに関心があるが、今はその姉を奪還せねばならない。


 そのまま連立つれだって団員たちが待つ方へ戻る。


 ジィルトは黙ってしまったデルヴォークの横で言い過ぎたか?と思ったが、あの姉に遠慮は無用だろう。


 今更言ってしまった事実も変えられない。


 何より彼女を無事に取り戻すことに専念する時だ。


 今後の作戦を編制を変えるかと呟いているデルヴォークの隣をジィルトは黙ってついて行く。




 「……あの……我が姉が申し訳ありません」


 「む?」




 作戦変更の思案中で少しだけ返しが遅れるデルヴォークが、横を見れば顔を上げぬジィルトがいる。


 そんなジィルトの頭に手を置き、注意を引く。




 「無事、姉君を取り戻すまでは気を抜くな」




 自分も勿論だが、ジィルトはキャセラックの魔術騎士団を率いて貰う立場で気弱にさせるわけにはいかないので、置いた手で彼の髪をくしゃりと混ぜる。


 ジィルトの焦点が合ったのを確認すると、もう一度言う。




 「今はまだ無事だということだ。だがこれからも無事とは限らん。報告通りなら西が関わったことがはっきりしたんだ、いくら姉君とはいえ猶予はないぞ」




 分かったな?とばかりに見つめればジィルトが頷いた。


 そこへ隊が整ったと報告が入る。


 その者に編制の変更を伝え、ジィルトにも自分の持ち場へ行くよう配置の指示を出す。


 まずはサンディーノ侯爵の屋敷でどれだけの手掛かりが得られるか……


 敵がわざわざ出向いてくれた機会に少しでも尻尾を捕まえられればなどと考えつつも、決して見掛け通りだけではないアリアンナを思うと、デルヴォークにしては珍しく焦燥感に追われるのだった。

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