第20話

 と言ってはみたが、アリアンナの魔術は人の役に立つ為に……というか自分の為にだけ鍛錬しているものだ。


 つまり、地味。


 先日四種の異なる魔術を使うことが出来るようになったが……


 とにかくやって見せれば分かることだ。




 さて、何を……と部屋を見渡し、さっきジィルトが置いて行ったキャセラックの紋章入りの箱が目に入る。


 気を利かせたつもりであろう、箱とは別に持って来た水差しからは湯気が見える。


 でしたらと、見せる魔術を決める。




 「殿下」


 「む?」


 「どうか過度な期待をしないで見て下さいね」


 「……何?」




 断りを入れるが情けない限りだ。


 しかし、やると決めたのだから気を取り直し、アリアンナは右手を上げる。




 まずキャセラック家の箱が開き、中から茶器が浮かび出てくる。そのまま流れるようにソーサーとスプーンが自分とデルヴォークの前に、カップには温める為の湯が注がれ、別の皿へとナッツのパウンドケーキが切り分けられていく。


 その様子に凝視したままのデルヴォークの膝に大振りの上等な絹のナプキンが掛けられる。


 用意が出来た物から二人の前に並んでいくが、最後に目の前で浮いたティーポットからカップに紅茶が注がれるとデルヴォークが息を吐いた。




 「お口に合うとよろしいのですが、お召し上がり下さい」




 アリアンナは敢えて恭しくデルヴォークにお茶を勧める。


 デルヴォークから返事はない。


 アリアンナが薄っすら外していた視線をデルヴォークに合わせて伺い見る。




 「……初めて魔術で茶を淹れられたが見事なものだな」




 素直に感心してくれているようだ。


 アリアンナは胸だけで息を吐くと、大役を果たした安心感のまま優雅にカップに手を掛ける。が、その手が止まることをデルヴォークからまた言われる。




 「……はい?」


 「他にも出来ることは?」




 ここで何となく察しがつくようになってきたアリアンナだが、決してデルヴォークが騎士団が使うような攻撃系の魔術を望んでいるとは思えない。


 それは目の前に座るデルヴォークから期待の目を向けられているから……




 (サーシャに言えないことが増えたわね……)




 ただ、この場にはデルヴォークしかいない。


 そのデルヴォークが望むのだ、仕方なしとアリアンナは今一度、分散しまくっている己の気持ちを集め直す。




 「……後から不敬罪に問わないと誓って頂けますか?」


 「?よく分からないが、頼んでいるのは俺だから喜んで誓おう」




 (泣きたくなってきますわね……)




 喜んで誓われては引き下がることも出来ない。


 というか、そもそも他にと聞かれた時点で「ない」と答えていれば良かったと気付いて、二重に泣くしかない。


 アリアンナは力なくもう一度右手を上げる。




 「!!」










───────────────








 「いかが致しました!?」




 突然聞こえたデルヴォークの笑い声に、隣の部屋から控えていたジィルトとコーリーが飛び込んでいる。


 そして目前の光景に緊迫の糸が音を立てて切れたように思えた。


 少なくともジィルトはその音が聞こえたので、そのまま姉への怒号へ変える。


 コーリーは声を立てて笑っている。




 ジィルトがみた光景……


 腹を抱えて笑うデルヴォークが浮いている。


 犯人は分かっている。


 本人も言い逃れなどしないだろう。


 一先ずデルヴォークをソファーに下ろさせ、アリアンナに詰め寄る。




 「姉上、よろしいか?」


 「……分かっております」


 「何をですか?」


 「貴方が言わんとしていることをです」


 「でしたらなぜこのような事になるのですか?」


 「……殿下に望まれましたので」


 「淑女の慎みをどこかへ落としたのですか?」


 「!失礼ですよ」


 「姉上、例え殿下に望まれても断るのが務めではありませんか?」


 「分かっています。けれど殿下の期待に応えるも臣下の礼ではないですか?」


 「姉上は臣下ではありませんが」




 延々と続くキャセラック家の姉弟喧嘩を耳に、笑いを収めたデルヴォークはお茶に口をつける。


 その横にまだ笑いがくすぶるコーリーが気安く座ると、小声でデルヴォークに聞く。




 「いいんですか?」


 「問題か?」


 「……いいえ?」




 口元に笑みを残したデルヴォークになおも問いかける。




 「本当に【キャセラックの薔薇】ですか?」


 「ジィルトを見ればな」


 「……キャセラック卿はどうやって隠してたんですかね?」




 目の前で白熱する姉弟喧嘩をデルヴォークと眺める。


 初対面でのいで立ちからしてこの令嬢は令嬢らしくなかった。


 なぜなら、馬術服だっただけでなく帯剣していたからだ。


 多分飾りではないだろう。


 そしてここまでの馬術の腕といい、噂に違たがわぬとはよく言うが、ここまで違たがうと笑うしかない。


 横目に見るデルヴォークからもそれが伺える。


 久し振りに主の雰囲気が柔らかいような気がする。


 あまり表情を崩さぬデルヴォークを笑わせたキャセラックの姫に興味は沸くが、とりあえず睨み合いになっている喧嘩の仲裁に入るべくコーリーは立ち上がった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る