第19話

 一週間とは実に早いものである。




 今日はデルヴォークとの二度目の対面日だ。


 早めの昼食を済ませ、デルヴォークが寄越したジィルトと共に厩舎で待つ。


 ジィルトが騎乗する馬にサーシャ達が用意してくれた簡易的な茶器道具とお茶請けをつける。


 デルヴォークが甘いものがあまり得意ではないと聞いたので、珈琲に甘さを控えナッツやドライフルーツを入れたパウンドケーキを入れたのだが、折角彼の機嫌を取るべく準備をしたのに、ここに来てまたも不意な出来事に見舞われた。


 デルヴォークが言った『外へ出る』が普通の場所ではなく、タルギス最北の砦ヴィドナへの視察を兼ねてということになったのだ。


 それを聞いてサーシャが喚わめいたのだが、アリアンナですら唖然としたのは事実だ。


 けれどこうして当日になっても目的地の変更がなかったということは、この視察を知らぬはずがない父キャセラック侯が殿下へ変更の意をしなかったことになる。


 よってアリアンナが異論を唱えられるはずもなく、この場にいる。




 ただ……。


 現在アリアンナは男子のそれと変わらぬ服装である。


 勿論、サーシャだけではなくミシェルにも大反対され止められた。


 しかしジィルトから聞いた砦までの距離はドレスで横掛けで騎乗して行くには遠すぎる。


 なので、弟を通して馬で行くことを殿下に伝えたのだ。


 サーシャ達には馬車を出して貰うなり、ジィルトに相乗りさせてもらうなりと散々煩く言われもしたが、魔術を見せるなら乗馬姿を見せても変わらないと反論をして今に至る。




 まぁそれだけが猛反対の理由ではないのだが。




 そもそも、アリアンナの予定はデルヴォークから落選されなければならない。


 侯爵令嬢としての矜持に邪魔をされ、王城という雰囲気にのまれもしたが、落ちた看板は立て直すのではなく、廃棄して貰えばいいことだと思い直せば失敗を重ねることに意欲的にならねばなるまい。


 公爵家の者として王族に対する行動ではないことを率先してする。物凄く恥ずかしくともやり遂げないととアリアンナは決意を新たにしたのだ。


 例え部屋に迎えに来たジィルトがアリアンナを見て盛大に溜息を吐いたとて想定内だ。






 間もなくデルヴォーク達もやって来た。


 アリアンナが名乗ると、殿下が連れて来た従者三人を紹介された。


 二人は名乗るのみであったが、一人は丁寧に自己紹介をしてきた。


 名をコーリー・ロウナン。


 デルヴォークの騎士団の副団長(仮)だと言う。髪も瞳も明るい鳶色でアリアンナに向ける笑顔には人懐っこさが伺える。


 ともかく、集合時間前ではあるが全員揃ったので出立となった。




 途中、中継地点の村で休憩を挟んだが、行程三時間程であろうかまだ日の高い内にヴィドナに着くことが出来た。




 「大したものだ。女の身でありながら、キャセラック嬢の実力は本物だな」




 鞍から降り、手綱を従者に渡すとアリアンナの方へ真っ直ぐデルヴォークが歩いて来た。


 手袋を外しながら、アリアンナへ労いの言葉を掛ける。




 「ありがとうございます。ですが、私の為に休憩を入れて頂きましたから…本来ならもっと早くに着けていたはずですのに」




 確かにアリアンナは女性としては乗馬が上手い方である。


 多分、侯爵令嬢としての乗馬の腕前としては破格だ。


 アリアンナが遅れを取ることはなかったが、途中休憩を入れさせてしまったことが申し訳なさに変わったとて仕方がない。




 そうして話しながらデルヴォーク達と共に砦の騎士に中へと案内される。


 その砦長たる隊長の部屋へ移動する間、アリアンナにとって予想外の出来事が起こった。




 王城騎士団直轄地であるこのヴィドナ砦に詰める騎士達に女性は勿論おらず、その結果、月に一度見るデルヴォークより隊員の視線はアリアンナに集まることになったのである。


 今まで自主的引きこもりをしていた身としては居心地の悪い事この上ない。


 まして今日のアリアンナはドレスという令嬢の戦闘服ではない。


 出掛けのサーシャからのお小言を思い出し何度目になるか分からない『次からは言う事をききます』を胸中ひたすら唱える。


 そんな若い騎士達の熱い視線を一身に浴びながら、精神的にやっと辿り着いた隊長室で座ることもそこそこにデルヴォークに声を掛けられ、続きの隣室に二人で移動する。


 間をおいてジィルトが持参した茶器道具が入った箱を持って来ると、早々に置き立ち去ってしまう。


 また部屋に二人きりになるとデルヴォークに椅子を勧められる。




 「先程も聞いたが、体は大丈夫か?」


 「それは本当に大丈夫です」




 デルヴォークとしてはいくら本人からの申し出とはいえ、馬車の用意をしなかったことを心配してくれているのだ。


 しかし、アリアンナからすればこの程度はまだ大丈夫なのでそう答えるしかない。


 だがこんな事を聞くくらいで二人きりなのはどうしてなのか分からない。




 「ではその言葉、信じるぞ」


 「勿論です」


 「それではだ。……約束の貴女の魔術を見せてもらおう」


 「!」




 一瞬、言葉に詰まるがやはりこの二人きりには意味があったのだ。


 アリアンナからすれば一難去ってまた一難でも決意を新たにここまで来たのだ、デルヴォーク殿下には心ゆくまで見てもらおうと返事を返す。




 「……謹んでご覧にいれます」


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