第21話

 無事?姉弟喧嘩を収めたコーリーは、気が治まらないジィルトを外の鍛練場に連れ出して行った。


 そうするとやっと部屋にはアリアンナとデルヴォークの二人だけになるのだが……


 先程の醜態を見せているだけに居心地の悪さはこの上ないが、向かいに座るデルヴォークを見るとさっきまでの喧騒をよそに涼しい顔で書類に目を通している。


 初めて魔術で空に浮いたのに恐ろしい程の落ち着き振りで。




 (もしかして…本当に気にしていらっしゃらない……?)




 アリアンナとしては、長年培った令嬢技を駆使して対応をしようと思っていただけに、拍子抜けしてしまう。


 家族にしか見せたことのないような姿を見せてしまったことは大失敗ではあるが、妃候補から落ちる為にと思えばむしろ成功したのではないかと考えに至る。


 とはいえ。


 穴があったら入りたい、ではないが穴を掘って入ったら蓋をしたいくらいなのだが、アリアンナが居る事を忘れているかのようなこの状況だ。


 とりあえず、入れ直されたお茶を手に取ると香ばしい林檎のようなカモミールの香りが鼻腔をくすぐる。


 一口飲めば、ほぅっと張っていた気がほぐれる。


 何気なく窓に目を向ければまだいい昼間だ。微かに聞こえる剣士たちの声も耳に心地良い。


 デルヴォークに放って置かれてはいるが、アリアンナもデルヴォークがいる事を気にしないのであれば存外悪くない空間だ。


 先程の事を考えれば驚く程の長閑さだ。デルヴォークが一緒にいるというのにだ。そしてそれをアリアンナが心地良いと思える自分に一番驚いている。




 (……一緒に居ても気にならないって不思議だわ)




 アリアンナは流れる雲を窓越しに眺めながらぼんやりと思うのだった。










 「待たせてすまなかった」




 とりとめのない考えを巡らせていたアリアンナにデルヴォークから声が掛かった。


 内心ドキリとしたのを出さず返事を返す。




 「いえ」


 「貴女が静かなので甘えさせて貰った」


 「……静かですか?」




 アリアンナが首を傾げるのを見てデルヴォークが苦笑する。


 デルヴォークからすれば女性がいるのに仕事が出来たことに驚いているのだ。それがアリアンナには分からなかったのだろう。


 勿論デルヴォークだって放っておいた罪悪感はあるので申し訳ないと思うが、普通令嬢からご婦人に至るまで ”静か” で側にいた試しがない。


 女性……特に妙齢のご令嬢となればデルヴォークの周りで自分アピールに忙しいのである。途中アリアンナを見たが窓を眺めているだけで、機嫌が害われた感もなかった。さっきまでの豪快さといい、ここまで馬を駆る技術といい、素直に興味惹かれる娘だと思えた。




 「貴女が分からずとも仕事は一つ片付いた。礼を言う。詫びと言っては何だが、砦を案内しよう」




 立ち上がったデルヴォークにアリアンナも立ち上がる。


 砦内は外と中の出入りが多い為、コートを持つことをデルヴォークに勧められる。


 そして二人連立って部屋を後にした。




 


 デルヴォークに案内された砦内は北の要所という割に簡素な造りで、見て回るのに丁度いい時間だった。


 ただ、簡素とは建物自体の規模がであって砦としては余分なものが一切ない機能的なことなのであろう。


 砦の一番北の塔に登って見渡す景色は壮観だった。砦のすぐ裏手は急な山並で、砦が山の一部であるような造りである。反対側を見れば、タルギス側には街道が敷かれている。


 素晴らしい景色ではあるが、高いところまで登ったせいか風が強くて早々に降りる羽目になった。




 「ところで殿下。今回の謁見、なぜこのような視察になったのですか?」




 鍛練場へと続く回廊を歩いている時に、色々と説明をしてくれていたデルヴォークの話が丁度良く切れたので、気になっていたことをアリアンナが聞いてみた。いくらなんでもこの視察に同行することが妃候補者への扱いとは思えない。




 「貴女の父からの提案だ」


 「?!」




 まさかのキャセラック侯の登場にアリアンナが思わず足を止める。それに合わせてデルヴォークも止まり、なお話を続ける。




 「貴女の魔術を見たいが王城内では障りがある。外に出るにはどうしたらいいか相談をしたらこの視察を組まれた」


 「……」


 「始めは俺だって視察に同行させるのはどうかと何度も聞き返したんだが、心配はいらぬと念を押されてな」


 苦笑交じりでアリアンナを見るが、彼女は俯いたままで表情までは分からない。


 「だが、卿の言う通り思い掛けなく魔術に触れられたのは大いに楽しかったぞ……どうした?」


 「…他に何か父は言っておりましたか?」


 「ん?あぁ、本来の娘を見て頂きとか何とか……大丈夫か?」




 立ち止まったまま、俯いてしまったアリアンナをデルヴォークが心配する。


 砦内を案内している間も特に疲れた様子もなく会話をしながらついて来ていたが、やはり女の身で馬での移動をさせた上にきちんと休ませていなかったのが悪かったのかと思ったのだ。


 そのデルヴォークの心配を余所に、佇むアリアンナの胸中は荒れていた。




 (私としたことが迂闊でしたわ……)




 キャセラック卿がどこまで関わっているかは分からないが、この視察の全てを想定しているなら娘がデルヴォークに対して多少の粗相をしたところで迅速に処理をするだろう。むしろ愛娘の株を上げる特典を付けるくらいのことすら用意していそうだ。


 まんまと郊外だからと羽目を外し、デルヴォークを浮かせた罰が返ってきたとしか思えない。


 軽い頭痛を覚えて片手をこめかみにやる。


 デルヴォークが何事か言っているが、返事を返す余裕がないアリアンナの体が急に浮いた。


 何事かと思えば、至近距離に心配顔のデルヴォークがある。




 「返事がないのでやむを得ずだ。どこか休めるところまで我慢してくれ」


 「お、下ります!」


 「駄目だ。具合が悪いのに遠慮はいらん」




 突然の状況にアリアンナが身をばたつかせるが、対するデルヴォークは物ともせずアリアンナを横抱きにしたまま歩を進めて行く。


 いわゆるお姫様抱っこをされて移動することになったアリアンナは赤くなったり、青くなったり忙しい。




 (こんなはずじゃ……すべて、こんなはずじゃ……!)




 デルヴォークの腕の中でどんな顔をしていればいいか分からず、両手で顔を覆うアリアンナはひたすら下りる意思を伝えるが、その度に駄目だと返されるのであった。


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