第16話

 普段のアリアンナは外行き用の令嬢像を崩す事無く生活をしている。


 確かに各夜会の欠席など最たるものだが、侯爵令嬢として色々と付き合いもあれば常に人目にある身だと認識はしているので、こうして何度も笑われるということに慣れていないのだ。




 (また何かしてしまったのかしら?)




 熱が燈る頬に片手を添え、アリアンナが俯く。


 確かに昨日も問われた事に返答せず、今日は様子を伺いつつ非礼を詫びて深く追求されないように話をもっていこうとしていたのにだ。


 完全に出鼻を挫かれることになっている。


 遅れて来た上に、窓から入ってくるなど国民はおろか貴族の長として見本になるはずの王族の礼儀では間違ってもない。


 絶対にない。


 そもそも殿下というお立場で窓から現れるってどうなの?


 私よりむしろ殿下の方が色々とダメなのではないの?


 というか王子様って今をときめくんじゃなかったの?


 良いか悪いかで言ったら、すべてを許される殿下とはいえこれは無作法よね?


 むしろ、王子様じゃなかったら衛兵沙汰よね?!


 会話にしたって、貴族の嗜みもなく直球の用件のみとは。




 (はっ!もしかしてこれが王城流なの?……今時の流行というものなのかしら?後でミシェルに確認をしてみようかしらって、違うわね!)




 デルヴォークの行動のおかしさに自分の優位を確認すべく考え込むアリアンナだが、考えが逸れてしまいまとまらない。


 逸れたついでというかあまり関係ないことだが……


 黒獅子と言われ近寄り難い存在であるなかに、戦場であっても顔色一つ変えずあると聞いたけれど、よく笑う方に思える。


 まぁ淑女の失敗に面白がっている風に感じはするが。




 「では、お茶をするのに卓と椅子が必要であのようなことを?」


 「……はい」


 「貴方はお茶をする為に王城内であの様に魔術を使った、ということか?」


 「……はい」




 アリアンナのお腹はコルセットの中でキリキリと痛みが増す。


 俯いている今なら見掛けだけは泣いているようにも見えるだろう。


 盛大に反省してる風に見えているはずなので、これ以上強く追及されないだろうが、蛇に睨まれた蛙の気持ちが痛い程分かる。


 しかしデルヴォークは、お茶に口を一気に煽るとカップの皿へ戻す。




 「面白い」


 「……はい?」




 思わず顔を上げてしまうと、口の端を上げたデルヴォークと視線が合ってしまう。


 泣いてなどいないことを見抜かれないといいと思うが、デルヴォークの意識は違うところにあるらしい。




 「いや。今まで王城内で危険が伴わぬ限り魔術を使うなど暗黙の了解でいなかったところに、女性で、しかも名門キャセラックとなればいくら俺でも驚くのは当たり前だ」


 「………」


 「いや、キャセラックと分からなければこんな悠長な話にはなっていないが」


 「………」




 王城の暗黙の了解などと聞いて返事はおろか、二の句が告げられず黙るアリアンナの前で口元を隠すように指を添えくつくつと笑うデルヴォークに見惚れてしまう。


 さっきまでの雰囲気を一変させて、まるでいたずらを思いついた時のように笑うデルヴォークは決して表情の乏しいわけではなく感情がちゃんとある方なのだと。


 冷たい印象に思えた顔も正面で静かに笑うデルヴォークの気配は先程から和やかで、アリアンナの緊張もほぐれる。




 この方のこの顔を何人のご令嬢がご存知なのか……




 アリアンナに浮かんだ疑問に訳もなく胸の鼓動が早まるが、気を引き締めなくてはと横に捨て去る。




 「あの…私は何かお咎めが……?」


 「前例がないものに咎めるもないだろう?」


 「そう…なんですか?」


 「時に、キャセラック嬢は王立魔術学院には興味はないのか?」


 「?!」




 まさか、デルヴォークの口から王立魔術学院が出てくるとは夢にも思わなかった。


 今の流れでいい方向へ流れ着くようには思えず、一難去ってまた一難と小さく溜息を吐くアリアンナだった。


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