第17話
「勿論、ありますわ!というかその為にここに来たのですし!」
って声を大にして言いたい、けれど……
器用に笑顔を保ったままアリアンナは小首を傾げる。
そうよ、無難にこの場を乗り切ると決めたじゃないの。
声を上げるだなんて淑女にあるまじき行為だわ。
しかしデルヴォークにすれば返事がなくとも特に構わず話を進めている。
「お父上は勿論、ジィルトも魔術は相当使うだろう?貴女がどの程度なのかは分からぬが」
(あぁ…言ってしまいたい……)
アリアンナは卓の下でドレスを握る手に力が入る。
いつまでも返事をしないアリアンナの窮地と知ってか、サーシャ達がデルヴォークの空いた杯の給仕につく。
空のカップは下げられ新たに温められた茶器が二人の前に置かれていく。
多分、一煎目と茶葉も変えているのだろう匂いが先程とは異なり少し甘く香る。
おかげで一呼吸つけたアリアンナであった。
……そうね。もう最終幕最高の敵ラスボスというべき方に見られてしまったのですし、無事花嫁候補から落ちて、これからの王立魔術学院アカデミーへの出入りも考えると、いっそ私の思い描く王城生活を満喫するための希望を全て話してしまった方が良い様な気もするわね……
思い切ってデルヴォークに胸の内を吐露してしまおうと心を決め、その決意の目でサーシャを見る。
(……そうよ!勿論すべてをお話しするのは今ではないわね)
恐らくアリアンナにしか分からないであろうサーシャからの最上級の笑顔には『余計な事は言わぬように』が見て取れる。
急いでサーシャにも名ばかりだけの笑顔を返し、デルヴォークに向き直る。
「……あの、殿下」
左斜め下を向いて、口元にハンカチを持った右手を添えて瞳は潤んで伏し目がち、あくまで相手から見える姿は守ってあげたくなるご令嬢最大値の演出をしなくては。
「昨日さくじつは大変な失礼を致しました。名乗らなかったばかりか、王城の家具を勝手に持ち出して……咎がないとはいえ誠に申し訳ございません」
「うむ」
「実は私……殿下の花嫁のお話など知らぬ事で登城致しました」
「……」
「父からも花嫁見習いと言うより王城での生活で得られる事を学べと言われております。王城での生活には勿論、王立魔術学院でも学べればと思ってもおりますし……心の準備もせぬままではまた殿下並びに皆様にご迷惑をお掛けするような気がしまして……」
「……なるほど」
殿下の機嫌を損ねないで、通じた?
あら?……考え込んでいらっしゃる?
「貴女が今回の件を知らぬまま来たのは分かった。王立魔術学院へも興味があるなら私からも話を通しておこう」
「有難きお言葉にございます」
拍子抜けするほどすんなり話が通じたと胸中歓喜しているアリアンナに、考え込んでいたデルヴォークがなおも話を振ってきた。
「時にキャセラック嬢」
「はい」
「その魔術、私が見る事は可能か?」
「……はい?」
今度こそ令嬢がする返事としては先生から咎められるだろう返事をしてしまった。
「自分が使えないせいか魔術を見るのは嫌いでなくてな」
「……はぁ」
「うむ。では次回は茶ではなく魔術を拝見しよう」
「えぇ?」
アリアンナの情けない返事を受けて、それと気付かぬ振りなのかデルヴォークが笑顔になる。
デルヴォーク本人は楽しい約束に嬉しいといったところであるが、その笑顔を向けられるアリアンナからすれば、一策持った人を試すような笑みに見える。
アリアンナは笑顔すらもう作れずに、固まったままでいる。
しかしそれを気にしないデルヴォークは、次の用への時間だと言い容赦なく席を立つ。
その動く気配に慌ててアリアンナも視線を上げる。
「殿下!」
咄嗟に作戦など思いつくわけもなく悲鳴じみた声になってしまったが、とにかくこんな約束など即刻反故しなくては大変なことどころか、アリアンナの首を確実にぐるぐる巻きに締めてくるに違いない。
「何だ?」
「……王城内での魔術の使用は禁止なのでは……?」
アリアンナはゆっくりとデルヴォークに問い掛ける。
一縷の望みを掛け、絞り出したにしてはなかなか的を得たのではないかと返事を待つ間、アリアンナの細い喉が小さく上下する。
「……確かに暗黙の了解と言ったばかりか。……では外へ行くか」
「……は…い?」
アリアンナの返事を了承としたのか、デルヴォークは入って来た窓の方へ歩き出す。
来るだけでなく帰りも窓か?!と大いに言いたいが、事態はそれどころではない。
「殿下!」
「迎えを寄越すから、動きやすい服装でいてくれ」
(「嘘でしょ?!」)
デルヴォークへ見送りの挨拶も出来ぬまま、話も唐突に終わらせてデルヴォークは外へ出て行ってしまった。
「お嬢様?殿下が……お帰りになりましたけど?」
辛うじて「窓から」は口にはしなかったらしいサーシャ達が駆け寄って来る。
「……えぇ」
「お話、大丈夫でした?」
サーシャの質問も、ミシェルが声を弾ませているのも遠くに感じる。
何という約束をしたしまったのか……
後悔どころか自責の念で埋もれそうである。
登城したり、デルヴォークの妃候補見習いだったり、毎日目まぐるしくこれ以上驚くことはないと記録を更新している中でも今までの比にならぬ脅威がやってきた。
やはり本物の黒獅子に猫程の獅子の毛皮では太刀打ち出来なかったのか……
アリアンナ・キャセラック、産まれて初めて意識を手放すことになった。
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