第14話
会話を聞いたサーシャとしては、明らかにアリアンナの敗北を感じてはいたが、まさか本格的にアリアンナが誤作動を起こしたと痛烈に思った。
「帰る」とは何事か?!
旦那様のお返事は?!
「ふむ。じゃぁ……」
「お待ちください!」
普通であれば絶対に口など挟まないサーシャも、キャセラック侯の返事次第で帰宅にするわけにはいかないと、何としてでも止めなくてはと思った。
「どうした、サーシャ」
「お話の途中口を挟むことをお許し下さい。先程、予期せぬ王子殿下との対面をいくらお嬢様のご意思とはいえ、お止めせず大変失礼になったこと、私からもお詫び申し上げます。ですから、帰宅だけはご容赦頂きたく思います」
「先程……。あぁ。庭園でのことかい?あれはアンナが殿下と話せば解決するから、サーシャが気に病むことはない。そして、帰りたいと言っているのはアンナで、私は帰すつもりはないからね」
旦那様の口から帰宅の許可を出さないと聞いて、一安心し、無礼ながらも口を挟んだ甲斐があったというものだ。
安心したサーシャは謝罪と共に頭を下げる。
「さて。アンナ、帰りたいとは忘れ物か何かかい?」
「……い、いいえ」
たった今までは帰宅するのが名案だと思って言ってみたが、許可が下りないのを聞いてからなお主張するのは難しいことこの上ない。
思い付きまかせで勢いよく立ってもみたが、父からそろりと目を逸らす。
「では、家に帰るとは?」
「え、え~……と」
完全に父から顔を逸らして返事にならない返事をする。
「あ~…っと。そうですわ!殿下のお好きな茶葉!茶葉が分かれば家から持って来ようかと!」
(お可哀そうに、お嬢様……。完全に棒読みです)
聞いている侍女側からしても明らかに旗色が悪くなる一方に不憫になる。
(今日の明日で茶葉の心配なんて、これじゃ、お茶をしなくてはならないじゃない!)
「なるほど。ではジャスティンに言って用意させよう」
「あ、ありがとうございます」
「他になければ、改めてここでの生活がアンナにとって実りあるものになる事を祈っているよ」
「……はい」
「明日はアンナらしく会ってみたらどうかな?それと。入学はさせないと言ったが出入りの許可は取れるんだから王立魔術学院アカデミーにもきちんと行きなさい」
「……は、い」
キャセラック侯は言い終えると席を立つ。
アリアンナはその場でお辞儀をして挨拶にかえる。
サーシャは見送りの為、キャセラック候より先に扉へと向かう。
アリアンナの下げた頭にキャセラック候から「明日の衣装は華美にならぬように」と言われた。
顔を上げた時には歩き始めたキャセラック候が扉の外へ出るところで、その背に「はい」と返事を返せば、キャセラック侯を部屋の外で待っていた従者達に隠されてしまった。
❁ ❁ ❁
さて。
とりあえず聞きたいことも、準備することも沢山あるが、まずはうちひしがれているお嬢様の機嫌を上げてやらねばと心の腕まくりをしたサーシャだった。
それからの彼女の動きは早かった。
ミシェルに新しいお湯を替えに行かせ、アリアンナの着替えを手伝う。
お昼に食べ損ねたサンドウィッチを中心にアリアンナの好きなお茶受けを用意していくと、ミシェルが帰って来たのでアリアンナのお気に入りのお茶を淹れる。
まずは自分が座り、戸惑うミシェルを座らせ、そうして全部の用意が終わった時点で、長椅子に寝そべり背を向けたままのアリアンナに声を掛ける。
返事はないが聞こえてはいるだろう。
だったら、先に始めてしまえばこちらに来るだろうと見越して、普段なら絶対にしないお茶を飲み始める。
ミシェルはどうしていいか分からずに、おろおろとサーシャとアリアンナを交互に見ている。
「……もう!もう少し呼んでくれてもいいのに」
「お返事がなかったのでいらないのかと」
「……」
クッションを抱えたまま拗ねモードで近づいてくると着座する。
それを見計らい、ミシェルが新しくアリアンナの為にお茶を淹れる。
「で?ただのご挨拶ではなかったようですけど?」
「……」
答えたくないのか、お茶にも手を付けずにそこはかとなくやさぐれた態度で、アリアンナはティーカップを見つめている。
しかしサーシャはアリアンナを見ることなく、お茶を飲みながら先を促す。
「とにかく。話して頂けないことには何も出来ませんが?」
しれっと言い放つ。
「……ただの見習いではなかったの」
「はい?」
聞こえてはいたが、敢えて聞き返してみた。
「だから!ただの行儀見習いではなくてデルヴォーク殿下の花嫁見習いだったのよ!」
「きゃ──────っ!」
(……あ~ぁ。私が我慢して飲み込んだ悲鳴を、叫んじゃったわ……)
サーシャは突然の悲鳴に目が点になるアリアンナはさておき、さっき聞いたばかりの事実を改めて教えられ気を引き締める。
「ミ……ミシェル?」
「おめでとうございます!おめでとうございます!!!アリアンナ様付きになって、初日なのに驚くことばかりで正直、続けられるか心配になったんですけど!」
((えっ?!そんなこと思ってたの??))
立場は違えど、ミシェルと接した時間は同じアリアンナとサーシャは同時に同じことを思う。
「本当ですよ~、深窓の薔薇様のお噂は聞けど、実際に会われた方って誰もいらっしゃらなくて!要するに謎!謎のご令嬢だったんですよ、アリアンナ様。なのに、アリアンナ様って実際にお会いしてからも型破りもいいとこじゃないですか?!」
((…………こらこら))
「それなのに、デルヴォーク殿下のお妃様の座をゲットなさるなんて!尊敬します!大好きです!アリアンナ様に一生付いていきます!!」
「ちょっ、ちょーっと待って!お妃様の座は得てません!」
「へっ?」
「そうよ。ミシェル、ちょっと落ち着いて」
きらきらの輝く瞳に興奮状態のミシェルを二人で止める。
「どういうことですか~?」
「そんな一気に残念な顔をされても困るわ。お妃決定ではなくあくまで、花嫁候補。だいたい、私以外にもお二人いらっしゃるし。決定されるまで、半年も掛かるのよ!その間、私が選ばれるようなヘマをすると思って?」
「「?!」」
サーシャの耳に聞き捨てならない事が聞こえたような気がした。
「そうよ!私はここは魔術の為に来たのに!……そうだわ!自分を失い掛けてましたわ!今まで見てきた他の方々の数々の失敗を優雅に取り入れて、名に恥じぬよう立派に花嫁候補を落選してみせるわ!」
「えぇ~~?本気ですか?」
(……魔女会議サバト……)
ミシェルではないが、今アリアンナが決意したことには賛同しかねる。
しかねるどころか、反対…では生温い。
なおも目の前で繰り広げられてる光景は何かしら?
やっと、うちの大事なお嬢様が日の目を見るって時に!誰がこんな風にお育てしたのか!!
(…この私だ!!)
雷に打たれたような衝撃で猛省すれば、サーシャは今一度育て直すまでと、怒らず、焦らず、かつ迅速にと心に誓う。
サーシャは最大級の笑顔をアリアンナとミシェルに向けながら優しい声音で
「アンナ様。とにかく謁見の間の扉を開けたところから、一度全てお話頂きたく思います」
と、こめかみの青筋を隠さず言った。
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