第13話

 扉が開き、この執務室の主が顔を見せた。


 前室で既にあらかたの衣裳を脱いできたのか、白のシャツのみの軽装だ。


 しかし、無造作に切り揃えられた黒髪に濃い金瞳、遠目にでも分かる鍛え上げられた肢体は我が兄ながら同じ男して惚れ惚れする。


 彼の名前はデルヴォーク・カヌア・タルギス。


 この国の王位継承権第三位の男だ。




 「お疲れ様」


 「あぁ」




 予想していたよりは機嫌が悪くない。




 (何かあったかな?)




 「どうだった?」




 デルヴォークは、自分の執務机に片手で頬杖を付き笑顔で座る自分とよく似た男をちらりと見る。


 彼の名はデイヴェック・クレイム・タルギス。


 自分とは違い伸びた髪を一つに結い、身形や身のこなしなど王子然とした男だ。


 しかしながら、共に戦場を駆け、政務で見せる処理能力は決して見掛け通りではない男だ。


 今も普段この机にデイヴェックが座ることはないが、決裁する書類が少々溜まっていた為、兄の仕事がし易いように書類の優先順位の振り分けをしていたのであろう。




 真っ直ぐ机に向かって来る兄に椅子を空ける為に、デイヴェックは立ち上がりながら謁見の様子を尋ねる。


 兄のデルヴォークは着座するなり書類を読み込み始めたので、もう一つの執務机に向かう。


 椅子の背もたれに深く腰を掛けながら、兄の返事を待つ。


 デルヴォークは無言の弟からの視線に嘆息する。




 「……予定通り陛下は俺の妃選びをしたいらしい」


 「で?」


 「……で?」


 「どうだった?妃候補」




 (やはり、何あったな)




 普段なら、書類から目を上げずに会話を続ける兄の手が止まり、顔を上げたのだ。




 「……一言で言えば…名門、騒がしい、大人しい、だな」


 「へぇ?」




 (会話を続けるつもりみたいだな)


  兄は顔を上げただけでなく、そのまま顔を自分に向けた。




 「いや、ご令嬢方に使っていい言葉か?」


 「別に聞かれてる訳ではないし、大丈夫でしょう。じゃあ、兄上のお言葉だと?」




 この部屋には今、自分達二人しか居ないのに珍しく気にしている兄を初めて見たような気がして微笑ましく思う。




 「……あ───他言無用だぞ」


 「兄上のお心のままに」




 座ったまま目礼をする。




 「煩い、だんまり……へんてこ、だな」




 (それだ)




 「へんてこ、とは?」


 「む?……ますます令嬢に向けていい言葉ではないな」




 弟との会話が長くなってきたせいか、書類を読む集中力が切れたのか、デルヴォークは書類を手放し肘掛に両腕を預けている。




 しかしご令嬢に「へんてこ」とは。兄がおかしくなったことを疑うより、兄に変だと言わしめる令嬢がいると考えた方が早いだろう。ただ……へんてこに対した言葉は「名門」だけだ。






 本来なら正式文書として通達した内容を二人が知らぬはずはないのだが、今回は叔父である国王からの下知があり、兄デルヴォークと自分デイヴェックに極秘にされている為どこの家の娘達が集まったのか分からないのである。


 兄が黙ってしまったので会話が途切れる。




 (笑った?)




 今、微かに口の端が上がったように見えた。


 これは本格的に何かあったと言える。


 聞きたいという逸る気持ちはあるが、からかいたい訳ではないから丁寧に聞いていくしかないだろう。




 「兄上、どちらの家が入られたのですか?」


 「あぁ。キャセラックにサンディーノ、ウィラットだ」


 「!」




 まさかキャセラック家が来るとは。確かに兄の地位を考えれば筆頭五家が入ってきてもおかしくはないが……






 ここタルギス王国は建国の折、王家を守る為に魔術の要素で強い筆頭四家を決めた。


 建国と共に七三九年ある家が、火のモルド家、風のキャセラック家、土のサニレー家。


 一度、交代劇があった水のレイス家。


 その四家より聖魔術が特化した子が産まれると、家を関係なくある一定の歳になると聖のタビュア家となる。よって、五家となる。


 このタビュア家は基本、本人達一代限りで存続していくので、いなくなることはないが少人数しかいない。


 それに対し、王家の者は絶対に魔術を持たずに産まれてくる。


 その代わり王家のみにある、魔術を滅する力がある。


 王となる即位の時に、四家の代表と血の誓いを交わすことにより、王家に仇名すようなことが起きれば、その報復として、どんなに薄れていようとも、自分にその家の縁戚などの自覚がなくとも魔術がその身に僅かでも備わっていたら消滅させられてしまう魔術である。


 過去に水の家であった、謀反など起こそうものなら、ただの人となってお家取り潰しとなる。




 つまり。


 四家以外に一族ごと魔術に長けた人員を輩出出来る家はないので、四家は王家を守る替わりに地位の優遇を求め、その四家を完全に掌握できる力を持つ王家はその望みを叶えた。




 それから王家、四家共に国家の安寧の為に取り決めを交わしていくことになる。


 王家は常に四家から尊ばれる国政を、それを助ける四家は王家を常に支え、お互いを監視する為にも王に近い役職などは五年交代で仕事を回していく。


 それと、王家との繋がりを強くするために建国当初は四家からの参内や、王家からの降嫁など婚姻での強化も図られたが、近年は諸外国との結びつきも強化せねばならぬ為、久しく婚姻の話はなかった。






 そして、キャセラック侯は現宰相職にある。


 自分の手元に最高権力がある時になお望むものがあるとは……




 (やはり只ならぬ笑顔の御仁といったところか)




 キャセラック侯といえば、常に笑顔を絶やさず温和な雰囲気を纏ってはいるが、隙が見えないのはさすがと言うべき男だ。






 それにしても。


 キャセラックの息女と言ったら、深窓の薔薇と言われるご令嬢のはず……と思い至るが、顔が出てこない。




 (?一度顔を見たら忘れないはずだが……)




 まして、この兄から変と言われる娘とは……




 「キャセラック侯のご息女は…アリアンナ様でしたか?」


 「今度はそう言っていた」


 「今度?」


 「そうだ。初めて会った時には名乗らなかったからな」


 「初めて?先程の謁見が初見ではないのですか?」


 「あぁ」






 ますます不思議な娘だ。忙しい兄といつどこであったというのか。


 まして、入城していたら分かる程の家の娘だ。






 「いつ兄上と会われたのですか?」


 「会ったという程の事でもない。さっき、西の庭園を歩いている時に見たんだ」


 「彼女を?」


 「あぁ。それもだ。魔術を使って、二階の彼女の部屋から家具を運んでいた」




 (何と?)






 「……それは、変ですね。一体何の為に?」


 「───多分、お茶だ」


 「お茶?」


 「本当のところは分からんがな。茶の道具が入った箱があって、その箱にキャセラック家の紋章が入っていたから身元は分かったんだが。何せ、尋ねたが答えなかったんだ」


 「なるほど」




 想像するにキャセラック嬢が兄に対して答えに窮したのは分かる。


 しかし。


 王城で。


 しかも女性が。


 魔術を使って家具を運ぶとは……それもお茶に?






 「確かに少々変わった方でいらっしゃるようですね」


 「だろう?」




 今度こそ、くくっと笑う兄を見る。




 (……興味を持たれたのは確かみたいだ……でも)






 「兄上は花嫁を選ばれない?」


 「む?…まぁそうだ。こちらも予定通りというわけだ。どうしてもと言われたら……破談となっても支障のない娘が来るまで延ばすさ」






 (「キャセラック嬢はよいのですか?」などと気安く聞ける名でもないか……)




 「私はいいと思いますが」


 「……来年には戦死するかもしれないが妻になれと?」


 「死ぬと決まったわけではないですよ」


 「では、お前も妃を娶れ」


 「こういうものは年功序列ですからね」




 お互い目を合わせ、にやりと笑みを交わす。




 「生きて帰れれば考えよう」


 「そうですね」






 近年、西の方よりきな臭い話が耳に入る機会が増えた。


 だから半年も前から水面下で準備を進めてきたのだ。あと半年……こちら側に少しでも有利なように開戦を迎えたい。


 そんな中で、本気でデルヴォークへ王太子の地位を返還したいと願う叔父が、実力行使に出た来たわけだが、王太子に未練はなくとも、叔父の気持ちを無下に出来ない兄はこの半年を茶番と考えている。


 そういう自分も戦場で兄に迷惑は掛けない働きをしなくてはならないので、兄の言葉ではないが、半年先に命があるか分からぬのに結婚などは元より、自分達は叔父夫婦も大事だが、従妹達も大事なので、上の従妹オルガに子が出来ぬ前に嫁を娶ろうなどは考えられないのである。






 自分達が両親を亡くしたのは、兄が十三、自分が十歳の時だ。それから父王の双子の弟である叔父が即位し、自分たちの後見として変わらずにいてくれ、王位継承権が娘のオルガに移ってもなお、継承権をデルヴォークに戻そうとするくらいには良く育てて貰った。


 兄は両親の死を無駄にせず、ひたむきに努力をし続けている。


 その兄に少しでも追い付こうと、少しでも助けになればと自分自身も成長しているつもりだ。




 従妹のオルガが即位となれば女王となる。


 近隣諸国ではまだ女王を王と認めない国もある。


 ならば、近隣を一掃しておこうと二人で決めた。


 そのくらいの恩を返すのは現陛下に捧げられることと素直に思えたからだ。




 けれど、至らない自分ではない兄に妃が来ることに反対はない。というのも嘘偽りのないデイヴェックの気持ちだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る